S-90 「我ら四番隊に栄光あれ!」
バイレスリーヴ領南/隠れ山/クルーア廃坑外【視点:世界(観測者)】
「ぐあぁぁっ!」
クルーア廃坑へ降りる斜面の岩場に潜伏していた百影の一人が、ルガルフの硬質な爪によって引き裂かれた。
彼らは、泣く子も黙る帝国百影。そのひとりひとりが、中級冒険者から上級冒険者程の実力を有しており、非常に手ごわく、黒き監視団の同胞達も、既に何人かが殺されている。
しかし、監視の任についていた同胞が、百影にすり替わっていたことを、ディナリエルが看破しなければ、黒き監視団は出鼻を挫かれ、今頃、甚大な被害を被っていただろう。
「黒き監視団」による、クルーア廃坑掃討戦が、皇帝の彼等に対する依頼を逆手に取った、ゲアラハらによる包囲作戦に、してやられかけていたのだ。
しかしディナリエルは、その洞察力で百影が同胞に扮している事を見抜き、敵の罠を逆に利用するべく、作戦計画を大きく変更した。
ルガルフとゼク、スノゥシャ班は周辺の敵別動隊の検索、殲滅にあたり、イルを囮として単騎で、廃坑内へと送り込んだのだ。
これは、一見無謀に見えるが、道中、彼女の実力を垣間見たノエルの強い提言を受けたことや、この窮地において、化かし合うため、彼女が姿を変えられる事に着目したこと。何より、彼女がヴュールという強者であることを考慮した、取りうる選択肢の中で最良のものだった。
そんな無茶振りに対してイルは、囮になることと引き換えに、ノエルに借金の減額を求めた。そのことを約束されたことで、この極めて危険な任務を喜んで引き受けたのだ。
ディナリエル、ゼク、スノゥシャは半信半疑であったものの、彼女の実力を目の当たりにしているノエルとルガルフの強い説得で、作戦の要を、新人である彼女に任せることにしたのだった。
ルガルフは、この作戦が自身の父の敵討ちということもあったが、イルとの模擬試合に全敗した身として、冷静に、身を引くことを受け入れた。
そんなルガルフは、別動隊の中にこそ、あの時、村を襲い、幼馴染みのクーカとゾラを容赦なく殺害した「真っ赤な口内をした弓兵」がいると信じ、各個撃破していったのだ。
■ ■ ■
バイレスリーヴ領南/隠れ山/クルーア廃坑外/木々が混じるなだらかな傾斜地【視点:百影(第一分隊長)】
月が薄雲に覆われ、その敵の姿が薄ぼんやりとした青白い灯かりに照らされる。ライカンスロープとダークエルフという二人の強敵の姿を直視した俺は、《黒き監視団》包囲戦にあたって、完全に油断していたことを認めざる得なかった。
バイレスリーヴという取るに足らない小国。経済力、人的資源、国土共に、ゼーデン帝国が圧倒している。加えて、軍事組織の代わりに《冒険者ギルド》という傭兵集団に依存した忠誠心の低い脆弱な基盤の上に建つ国。そんな国の諜報機関など恐るるに足りないというのが、我々の見立てだった。
だが、対峙してみて理解した。
その幹部の能力は非常に高く、10人あまりいた敵の数を二人まで減らせたのは良いが、幹部として把握している常闇の影、《ディナリエル》と常闇の手、ライカンスロープ、《ルガルフ》との戦闘では、百影最強とされる我ら四番隊であっても、完全に押し負けている。
これは想定外、あり得ない事態だ。
正に今目の前に立ちはだかったライカンスロープが、一人、また一人と、隊員の喉笛を嚙み切っていく。その黄色い瞳には、とてつもない憎悪が宿っていた。
その強さは、我々が想像していた一般的なライカンスロープの強さをはるかに上回るものだった。
「タイマンではとても敵わない!毒を塗った矢を使え!面制圧でこいつを沈めるんだ!」
「グルルルガァァ!!」
その指示を受けて隊形を変更する隊員の脚に蔦が纏わりつく。足元を掬われたところを、ライカンスロープが背後から飛びついて襲い、その鋭い爪で沈められる。
単純ながらも巧妙な連携。そして非常に厄介な魔法。あのダークエルフが噂に聞く常闇の影。そして黒い監視団の実質的な支配者。ディナリエルか
異端の神を信奉してエルフの森を追われ、流れ着いた先のバイレスリーヴで、当時の国家元首から庇護を受け、その代わりに諜報ギルド黒い監視団を立ち上げ、少なくとも400年にわたり、国を支え続けてきた存在。
今では衛士長官として表にも出て、国の重要な治安維持も担っており、国にとって彼女は無くてはならない存在だ。
今回の我々のこの作戦は、四番隊の国内工作が皇帝に勘付かれ、帝国を追われることとなったことを受け、ゲアラハ将軍により考案されたものだ。
その目的は、帝国を追われた我々が、力を蓄えるまでの「宿り木」を探すこと。
その宿り先の候補地である、バイレスリーヴ。
そこに既に根を張る、ディナリエルら黒い監視団を、奴らがいう《クレイガンの惨劇》を果たしたいと言う目的を出しに、待ち構え、出てきたところを一網打尽にする。
その暁には、我々が黒い監視団に取って代わってバイレスリーヴに宿るというものだった。
これは、我々を秘密裏に支援している《レクイウム連合王国》への言い訳も立つだろう。
何故ならば、我々がバイレスリーヴを静かに侵略して手中に収めれば、王国がこれまで達成しえなかった東岸の足掛かりを作ることができ、同時に我々の宿敵である現皇帝、ソラスの喉首に刃を突きつけることができる。
我々にとっては背水の陣でもあるが、窮地を好機に変える。四番隊が真に君主と仰ぐ、ゲアラハ将軍の卓越した戦略だ。
それを達成するための最大の敵、ディナリエルが目の前にいる。これは好機中の好機。
(今殺らずしていつ殺るのか!)
彼女の魔法は地中の植物を急成長させ、足元を狙うと言った、攻撃を妨害するもののようだ。近接戦闘では、あの腰の鞘に収められた片手剣を使うのだろうと読んでいた。
ならば、ゲアラハ将軍が開発した抜き足走法で、敵の視角外から音もなく近づき、気付かれぬまま速やかに処理する。これまで我々が、数々の敵を屠ってきたのと同じように。
機会を伺い、奴がこちらから視線を逸らし、呪文が発動したその瞬間。絶好の機会と捉えた時には、長年の鍛錬で身体が意識せずとも彼女の元へと動いていた。
耳に届く自分を発生源とする音は皆無。静寂の中、風を切る音が自分の攻撃の成功を確信させる。
しかし、あと僅かなところまで迫った時、ディナリエルから強い視線を感じた。
(だが遅い!次の魔法は間に合うまい!)
その刹那、風を鋭利に切る音が響いたかと思うと、強い衝撃とともに右半分の視界が消失した。
(何が起きた?!)
残った左半分の視野が彼女の手に握られているものを捕らえた瞬間、僅かな月光に反射した煌めきとともに右目の視野も消失した。
先端に刃を仕込んだそれは、植物の弦がごとくしなやかに、鋼がごとく強靭に、そして弓矢のごとく正確に、我の視界を奪ったのだ。奴の腰の武器…。剣では無かった…それは、正確無比な攻撃を繰り出す《刃付き鞭》だ。
両目を奪われた。
このままでは、この戦場で足手まといになるだろう。恥辱とともに捕らえられ、情報が漏洩する可能性もある。
自身の戦闘不能を察した。
「知略の神ミーネルの僕…我ら四番隊に栄光あれ!」
無様に死にたくなかった。潔く、腰から短剣を抜き、迷いなく自分の心臓に突き立てた。




