表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/176

S-85 「この人の意志、まだ残ってる」

バイレスリーヴ領南/街道【視点:幽霊王子ルト】


 街道を任務の目的地である洞窟に向けて馬を走らせる途中、まだ新しそうな、首を切り落とされた男性の死体を見かけた。首の断面は鋭利な刃物で断たれており、鮮血が土に染み込んでいる。


「さっきの賊に殺された人ですか」


 僕の問いかけに、ノエルは馬をゆっくりと停める。その銀髪が、薄暗い曇り空の下でわずかに揺れた。


「あの賊、『廃坑のアジトを追われた腹いせだ』って言ってたけど……」


 イルは馬上から死体を見下ろす。彼女はあの時、あの距離で賊の声が聞こえたのだろうか。聴覚器官の構造も人間とは異なるのかもしれない。


「アジト……ですか。もしかしたら、あの賊は、僕たちが向かっている、《隠れベイン・ファラハ》のクルーア廃坑から来たのかもしれませんね」


 単純な推測だけど、あながち間違っていないだろう。

「ありえなくはないな。あの一帯には、巨大海門からグレスクへ向かう商人たちを狙う野盗が多く潜んでいる。もしかしたら奴らは、百影のネズミが廃坑を根城にしたことで、追い払われたのかもしれない」


 ノエルは顎に手を当てて推測を深める。


「ルト、この人の霊と話せない?」


 イルは死体から視線を外し、僕が宿る肩へと顔を向けた。


「……いいえ、出来ませんよ。前にも言ったとおりですけど」


 と僕。彼女はそのことを知っているはずなのに、ノエルの手前、僕を弄るつもりでそう言ったのだろう。


「幽霊同士なのに?」


 ノエルは興味深げに、僕の姿をじっと見つめた。そのオッドアイには、恐怖よりも知識への渇望が滲んでいる。


「幽霊は、基本的に自分の話したいことしか話しません。他者の言葉に耳を貸すような理性的な霊など稀です。……そもそも、この人の意識は幽霊化していませんし」


 僕は、ノエルの視線から逃れるように霊体を少し引っ込めた。


「だからルトは何言っても聞かないんだ」


 イルは呆れたような口調で言った。自分で言うのもあれだけど、最近イルに僕の捻くれた性格が感染ってきているように感じるのは気のせいだろうか。


「幽霊化する魂としない魂があるのか」


 ノエルが食いついてくる。


「……はい。恐らくですが、その者が死ぬ時に、強烈な執着や魔術的な作用により、死者の意識が周辺の魔力と融合して固定化された場合にのみ、僕のように霊体として可視化されます。なので基本的には死亡したら、意識は拡散し、微かな残滓ざんしとしてその場に残るだけです」


 僕は詳しく説明した。


「その残った意識の残滓から、何か読み取れることは無いのか」


 再びノエルが問いかけてきた。その質問は僕にとって意外だった。なぜなら、僕は生前から死者の意識の残滓が読み取れていたから、それが彼にはできないことだとは思わなかったのだ。


「……貴方には読み取れないのですか?イルは分かりますよね?」


「……うん」


 とイルは、静かに一言だけ頷いた。


「……え?読み取れるのか?俺には全くなんだが……」


 僕はノエルの自身に対する落胆を察して、目の前の死者に意識を集中させ、そこに漂う感情の色を読み取った。


「……『なんて酷いことを……』です」


「……それだけなのか」


 ノエルは、わずかに眉をひそめ、残念そうに呟いた。怨嗟の言葉や、犯人の情報などを期待していたのかもしれない。


「そんなもんだよ」


 イルは、自分の乗ってきた黒馬の鬣を撫でながら呟いた。


「この人は自分が死ぬ前に強くそう思ったのでしょうね。ただ、それは自分ではなく他者に対する感情でしょう。自分への感情ならば『痛い』とか『苦しい』になるはずです。なので恐らく、酷い何かを見たのだと推測できます。例えば……他の誰かが殺されるところとか」


 僕は、静かに推論を述べた。


「野盗の馬で引きずられていた、あの死体が、この人の家族だったのかもしれないな」


 とノエル。彼は静かに瞳を閉じ、悲痛な面持ちで祈りを捧げた。この人は何の罪もない人なのだろう。本当にあの手の類はこの世界にとって害悪でしかない。僕は静かな怒りを覚えた。


 ただ、この人を埋葬する程の時間はない。ノエルは、イルとともに、その遺体を街道の脇の草の中に丁寧に移動させ、胸元に付近で摘んだ野花を添えた。辺りには、風が運んでくる土と血の匂いが混じり合っていた。


「おや……」


 ノエルは、遺体を動かし終えた後に、小さく声を上げた。彼の視線の先には白骨化したもう一体の遺体が、草むらの奥深く、半分土に埋もれひっそりと横たわっていた。


「先客がいるな」


 その遺体は、随分前からそこにあり続けたのだと思わせる程に風化が進んでいた。骨は黒ずみ、苔生している。


「『ごめんなさい』って……。この人の意志、まだ残ってる」


 イルは、その古い骨から意識の残滓を読み取った。


「この付近、ガリヴェール平野は、およそ600年前に王国と帝国の熾烈な戦いの主戦場となった場所だ」


 ノエルは草原を見渡した。


「この白骨は、火山灰に埋もれているだろう。同じ時期に隠れベイン・ファラハが噴火しているが……もしかしたらこの人は、その時に逃げ遅れて死亡した兵士なのかもしれない」


 ノエルは、辺りの草原を見渡しながら呟いた。600年。それだけの時が経ってもなお、謝罪の念がここにこびりついている。


 イルは、さっきノエルがそうしたように、付近で野花を摘み、その白骨化した遺体の胸元に添える。

 その様子をイルの肩の上から見ていて、僕はふと自分のことを考えた。


 何かが違っていたら、僕だって彼らのように、意識の残滓だけを残して消え去る存在になっていたかもしれない。僕がこうしてゴーストとして、死んでもなお明確な自我と記憶を残せている今の状態は、ある意味奇跡だ。


 思念が強かったのか……その場の魔力が作用したのか……。自分がこの世界に留まっている原理は、製作者である僕自身にもさっぱりわからない。


 そして、その原理がわからない以上、いつ意識が消失してしまうかもわからない。


 もし、蘇生魔法を完成させる前に、道半ばでフッと消失するような事態に直面したら。僕はそれに耐えられるだろうか。


 唐突に、焦りと根源的な恐怖が背筋を這い上がった。僕の世界から色が消え、完全な闇に落ちる恐怖。


「そろそろ行こう。すこし急がなければ」


 そんなことを考えている僕の意識を引き戻すように、ノエルが僕達に声をかけた。彼は街道の先の鉛色に曇った空を見据えながら馬に飛び乗った。イルもそれに続き、二人の乗る馬の蹄が、乾いた土を蹴って遠ざかっていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ