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S-79 「館の使用人になれました」

バイレスリーヴ/元首の館【視点:元首オリアン】


 昨日の真夜中のことだ。その日の日報に加えて、これまでの議会の議事録、土地の収穫量や周辺地域の財産収支報告書に目を通していたとき……。商業者ギルド若頭、ノエルが突然、館に来訪した。


 彼の名は、商業者ギルドから上がってくる報告書の署名でよく見かける。加えて、商業者ギルド会館を訪問した際、ルーガットに紹介されたこともあるため、その端正な顔は知っていた。


 そんな彼が、使用人も気づかない方法で館に侵入し、音もなく僕の執務室に入ってきたことで、彼こそが、二日前にディナリエルが言っていた「使いの者」だと理解した。


 ノエルが僕を先導し、案内した先は、街の外れにある《海鳴りの洞窟》。ここはかつて、イルと《つめた茸》を採った場所だった。その洞窟の奥へ進むと、彼は何もない洞窟の壁を押し込んだ。すると、岩肌が音もなくスライドし、隠された通路が姿を現したのだ。


 その通路をしばらく進むと、見たこともない形の、巨大な帆船が座礁した、広い空洞のような場所に出た。


 この洞窟に、これほど広大な場所があったことに驚くと同時に、この閉ざされた暗い空間に、巨大な船が存在する謎めいた状況に、僕は言葉を失った。その、不気味ながらも想像が掻き立てられる情景に心を動かされる僕とは対照的に、ノエルは無感情に、歩速を緩める様子もなく、僕を先導する。


 座礁した帆船のあった場所から更に奥へと進む。洞窟の岩肌からがらりと様相が変わり、切り出され、丁寧に加工された石材が張り巡らされた、水没した地下神殿のような場所に出た。


 もはや方向感覚は無いが、まさかバイレスリーヴの地下深くに、このような遺跡が存在するとは思わなかった。


 その石材の劣化具合から、かなりの年数が経過しているのだろう。こんなものが存在するなど、僕が見た限りではどの文献にも載っていない。


 ということは、意図的に隠された場所だということか。(この石組み……どこかで見たような……?)僕は、じっくりと見て回りたい気持ちを抑えながら、今はノエルの歩く速度に離されることがないよう、速足で追いかけていく。


 神殿を更に奥へと進むと、その延長上のような、整備された区画に入り、その先の光が漏れる一室に案内された。僕は、そこで、伝説を見た。


 それは、バイレスリーヴのどこかに潜む諜報ギルド、《黒き監視団スカル・ズーヴ》のアジト。彼らの存在は噂程度に認知していたが、まさか本当に存在し、しかもこんな場所にこの様な巨大な拠点があるとは思いもしなかった。


 僕を案内してくれたノエル曰く、この場所は最近まで100年以上封鎖されており、その間だれも立ち入らないようにされていたという。この場所を知っているのは、このギルドに属する諜報員と、先々々代以前の国家元首のみ。


 僕は、彼らの言葉を受け、忠誠を授かり、儀式に参加し、常闇会議に同席する間、ずっと鳥肌が収まらなかった。これほどに頼もしく、かっこいい人たちが、歴代元首の見えない刃として暗躍してきたのだと考えると、言葉に言い表せないくらいの感動が押し寄せてきた。


 そして、彼らが信奉する《常闇の神、デヒメル》。《深海神、ルヌラ》と並ぶ……いや、それ以上に謎に包まれた《古の神》だ。


 しかし、世界では、世界神教団が布教する《ウニヴェリア》という多神教が支配的な位置づけとなっており、王国や帝国、両岸諸国でも、ウニヴェリアの神々を祭る祠や神殿、教会が立てられ、1000年以上前から信仰されている。そして、ウニヴェリアの神々以外は異端とされており、信仰を否定されているのだ。


 しかし、この街のかつての元首は、信教の自由を理由に、どの宗教が異端で、どの神を信仰すべきだとかいう言論を持ち込ませなかった。


 当時、世界神教団からは、かなり激しい抵抗と嫌がらせを受けたそうだが、ウニヴェリア教会の司祭をバイレスリーヴ議会へ、恒久的に加えることを条件に、その反発を抑えたという。


 世界神教団が、押しつけがましくウニヴェリアを布教することに違和感と拒否感を感じている身としては、こういった、異端とされ、神秘的で謎が多い、誰もが知っているわけではない古の神々――ルヌラやデヒメルのような神々に惹かれてしまうのだ。

 そんな常闇の神、デヒメルの石像が睥睨するなかで行われた幹部会合《美しき夕べ》。そこで話された内容は、僕の想像が全く及ばないものであった。


 確かに僕は引きこもりが長かったため、「10年ほど前に、バイレスリーヴ領南東のライカンスロープ達の村、クレイガンが何者かに襲撃され、村人全員が死亡した」という報告書を読んだことがある。


 その報告書は、バイレスリーヴ衛士団の長官、ディナリエルさんの署名がなされており、調査結果の結びに、「行為者について、ヴュールや亜人の類の可能性」と推測を記載していた。つまり、彼女は、表向きの記録として、その襲撃の真犯人について細かな言及は行わなかったのだ。


 それは恐らく、行為者が帝国内部に潜んでいるであろうことを察し、バイレスリーヴと帝国に軋轢が生じないようにするための配慮だろう。


 なぜなら、当時のバイレスリーヴは西側からの脅威に晒され、帝国の後ろ盾を得ようと画策していた大事な時期だったからだ。


 だが、昨日の会議で真実が明かされた。その事件により《黒き監視団》と帝国のパイプ役を果たしていた幹部が殺され、村の唯一の生き残りで、その幹部の息子が、黒き監視団に所属していること。


 その事件の首魁が帝国の諜報部隊《百影》に潜伏していることが10年越しに暴かれ、バイレスリーヴ領内に追い詰められているということ。


 しかも、その息子ルガルフは、あの森で遭遇したライカンスロープだったとは……。


 僕が国家元首に就任し、彼等の最初の大仕事が、この街の後ろ盾である、人治の平原の二大国が一つ、ゼーデン帝国皇帝からの実質の救援要請。


 何も知らない僕が口を出すには、恐れ多い案件だったが、僕にできることは、僕が大会で得た賞金の残りから、彼らに金銭的支援を行うことくらいだった。


 そして、今僕の頭が最も混乱している原因。それは、イルが《美しき夕べ》の場にいたことだ。


 彼女はいつから黒き監視団に入っていたのか。僕と出会った時からなのか。それともライカンスロープと森で出会った後か。決闘大会が終わってからか。黒き監視団の幹部たちから、外海の侵略者の蔑称である「ヴュール」呼ばわりされており、あまり信用されていない雰囲気を感じた。


 つまり、彼らは彼女の正体を知っているものの、信用度は高くない。と言うことは、最近加入したのだろう。……もしかしたら、あの夜に彼女が消えてからだろうか。


 そして、僕と目が合った時の彼女の表情。直接話せる空気ではなかったものの、やはり僕を避けたがっている気配をなんとなく感じた。


 彼女との現状の関係は、もはや苦痛だ。僕が思考の大部分を、彼女のことに向けてしまうことへの自分への苛立ちを若干感じながら、僕は今の自分がやるべきことをやるため、執務室へ向かおうとしていた。


 その時。使用人に呼ばれた。大広間に向かうと、そこにはファウラさんが待っていた。


「すみません、朝早くから来ちゃいました」


 彼女とは一昨日、黄金の潮風亭が暫く休業することを受け、館で使用人として雇うという事を約束していた。しかし、まさかこんなに早く支度をしてくるとは思ってもいなかった。


 流石、黄金の潮風亭で一番の働き者といわれるだけある。彼女のその仕事に対する実直な姿勢は、見ていてとても気持ちがいいものだった。


「歓迎します。ファウラさん。僕はこれから執務室に入ります。準備ができたら、執務室まで来てくれませんか?」


「は、はいっ!すぐに行きますね、オリアン様」


 むず痒いような、恥ずかしいような、照れるような。彼女にそう呼ばれ、とても幸せな気分になれた。イルとの関係が拗れてしまっていることもあり、僕は余計にそう感じたのかもしれない。


 ■ ■ ■


バイレスリーヴ/元首の館/使用人の部屋【視点:世界(観測者)】


「……館の使用人になれました。今後は対象と更に距離を縮め、信頼を深めていきます」


 ファウラは、誰もいない部屋の隅の暗い影に向かって、誰にも聞こえない声で、何かに話しかけた。


 その顔には、いつもの彼女の控えめな笑顔はなく、感情が抜け落ちたような、冷たい無機質な表情をしていた。

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