S-72 「どういう事ですか、これは」
バイレスリーヴ/地下/拠点ウーガ・ダール【視点:常闇の目ノエル】
「なんでもいいから出てきてよ。キミのこと、多分バレてるから」
深い蒼の異形――ヴュールの姿をした彼女は、自分の右肩のあたりに視線を向けて声をかけた。その声色は、化け物とは思えないほど気安い。
しばらくの沈黙の後。彼女の右肩付近の空間が歪み、紫色に怪しく発光する燐光が集束し始めた。
それは人の形を成し、豪奢な服を着た少年の霊体となって、湧き上がるように現れた。
「いぃっ……!?」
自分の口から、情けない悲鳴が漏れた。ヴュールが人に化け、人の言葉を発する時点で理解の範疇を超えている。
なのに、その体の中からゴーストまで出てくるだと?もはや悪夢か幻覚でも見ているかのようで……思考を放棄したくなる。
確かに、ニーネッド翁からの事前情報では「ゴーストに憑依されている」とは聞いていた。勘違いだと思った後に、それが真実だと知ることにより、受ける衝撃の桁が変わった。
「……イル。どういう事ですか、これは」
そのゴーストは、囁くような、反響するような、掠れた声を発して彼女に問いかけた。
その瞳には、私たちに対する興味など微塵もなく、ただ状況への不満だけが宿っている。
「説明は後からするから、一先ず自己紹介に付き合って。あと今、キミの姿も声も私以外から知覚できるようにしてるから」
意思の疎通ができている。ゴーストが一方的に支配しているわけでも、ヴュールが使役しているわけでもない。二人(?)は、奇妙なほど対等な関係に見える。
「じゃあ、ざっくり説明します」
彼女は人間の姿に戻ると、あっけらかんと語り始めた。
■ ■ ■
「……と、いうわけで。外海の軍勢を率いてこの大陸を侵略しようとか、国を滅ぼそうとか、そういう物騒な意思はありません!どんな国や組織もバックについてません!私は私の意思で行動し、幽霊王子のルトと一緒にいるって感じです」
ヴュールの彼女イルと、ゴーストの少年、ルトの説明が終わった。内容は、常識を疑うものばかりだった。
彼女ら曰く、ある日彼女が目を覚ましたら、深海で地縛霊をしていた元王子の魔法少年ルトハールが憑依していたという。
イルはルトを身体から追い出すため、ルトは蘇りの魔法を完成させるために、彼の故郷があるこの大陸に上陸し、旅をしているのだという。
そんな凸凹コンビが、ルトの故郷を特定する資料を探していたところ、本屋でオリアンと出会った。
そして、彼の持つ貴重な書籍を読みたいがために、本屋で働いていたグリンネルとキノルとともに、決闘大会に参加したのだという。
さらに驚くべきは、決闘大会での大規模な魔法行使の事実だ。その経緯について、彼女は語った。
「オリアンに頼まれたお使いから戻ったら、会場を襲撃したヴュール(ルタルタというらしいが……)に出くわした。私たちが彼を説得して海に帰したところを、観客に見られたため。それを隠蔽するために、大規模な幻妖魔法《ファルサムナ(偽りの確信)》を使って、その場の全員の記憶を改竄した」
と。
そして、決勝戦でも同じ幻妖魔法を使い、オリアン陣営が勝利したという「偽りの記憶」を、俺たちを含む会場全員に植え付けたのだという。
大会への干渉についての弁明はこうだ。
「アドホック陣営の不正(薬物の使用)が無ければオリアン陣営が勝っていた。何よりオリアンが殺されてしまう可能性があったから、仕方なく介入した」
そんなのアリか、と思うくらい滅茶苦茶な論理だ。歴史を、記憶を、個人の都合で書き換えたというのか。
我々組織としては、ザーラムとつながっているアドホック陣営の勝利だけは避けたかった。
彼女の干渉が、結果的に我々の望む結末へと導いたことから、容認できなくはない。だが、そんな神ごとき所業が出来る者が実在するという事実に、俺は恐怖を通り越し、震えるほどの畏怖を抱かざるを得なかった。
そして、最も恐ろしいのは…
この今、彼女により記憶が改竄されたとしても、誰もそれに気付けないということだろう。
■ ■ ■
「……確認しておきたいのだが」
彼女の話を、眉間に皺を寄せたまま聞いていたボス――ディナリエルが、説明を終えた二人に言葉を向けた。
「お前達のスタンスとしては、その力を無暗に行使することを良しとせず、その目的以外で積極的に我々地上人に干渉することはない。……ただし、オリアン、ひいてはバイレスリーヴ、そしてこの組織のためには、その力を使ってもよいと?」
後段は、ボスがイル達に「はい」と言わせようと誘導しているように聞こえる。
「まぁ、そうです。200金貨返さなくちゃいけないし、元首の館に居候する身としては、この国にも貢献すべきだと思ってます」
「なるほど……。ん?……200金貨?」
ボスが怪訝な顔をする。
まさか、非現実的な話を聞いた後で、そんな世俗的で現実的な話題が出てくるとは思わなかった。
「いや、あぁそういえば!あのヴュールはなんで会場を襲撃してきたんだ!?」
俺は慌てて声を張り上げた。この話はここで断ち切る。
200金貨の根拠(俺の賭博の負け分)がボスにバレたら殺されかねない。話題を無理やり捻じ曲げる。こういう機転は利くタイプだと自負している(冷や汗が止まらないが)。
「あれね。ルタルタが……あのヴュールが言うには、魔法で呼ばれたんだって。私も大会の後で少し調べてみたんだけど、自害岬ってところで、あの広場にいたおバァさんが儀式をやって、その儀式がヴュールの救援魔法として発動しちゃったみたい」
「ダンラか。……なんと皮肉な」
ボスは静かに呟いた。狂信者が呼び出したのは神ではなく、ただの災害だったということか。
「しかし、となると。あのヴュールが再びこの街を襲うことは無いということか?」
「うん。もししたら、私がしばくから大丈夫」
イルは驚くほど速く断言した。
そして、あの海の王とも思えたヴュールを「しばく」と…
「彼らは、圧倒的に広い海に住んでる。喉や肌が渇き、身体の自由が効かず、重力が重く、皆から敵意を向けられまくるこの大陸に、魅力なんて感じないよ。……ほんの一部の頭おかしい奴が、実力を誇示するために這い上がってくることはあるかもしれないけど」
確かに、彼女の説明を聞く限り、その通りだ。自分が逆の立場でもそう考えるだろう。彼女が、ヴュール側を代表して、その認識を自分たちに共有してくれたことは、この大陸に住む僕たちにとって、何よりも価値のある情報だった。
そして、それを知ったのは、もしかしたら、ここの四人が人類史上初なのではないだろうか。気に留めなければスルーしそうだったけど、これは国家予算レベルの価値がある情報だ。
なぜなら、バイレスリーヴに対するヴュール襲撃の噂が周辺国を駆け巡る中、海に面した周辺国はその対応に莫大な資金や軍事力を割かなければいけない。一方で、バイレスリーヴはその必要がないと知っているのだから。
ボスもそれに気づいた様で、既に鋭い眼光で思考を巡らせていた。
(この情報を情報屋に売ったらすごく儲かる……ボスに殺されるから絶対しないけど)
それ以上に、我々は、結果的に恐ろしい力を持つ味方(?)を得てしまった。
姿を変えることができ、幻妖魔法を使って記憶すら書き換えることができる怪物。彼女をうまく使えば、二度と賭けに負けない……いや、組織の任務において最強の切り札になる。
これも常闇の神、デヒメル様の思し召しだろうか。
俺は、彼女の借金を完済させないような仕組みを考え始めた。




