S-71 「お前は何者だ」
バイレスリーヴ地下/拠点ウーガ・ダール【視点:常闇の影ディナリエル】
「あはは、正体って……見てのとおり、ただの貧乏商人で……」
私の命令に、蒼髪の女は、愛想を振りまくようなわざとらしい態度を見せる。
(そういう浅はかな演技が、余計に不信を招くのだ)
「お前の背後に居るのは、誰だ?」
私の言葉に、彼女はキョトンとして、慌てて自分の背後を振り返った。
「えっ!?だ、誰も見えませんよね?」
(……コイツ、天然か?)
妙に慌てた素振り。「見えません」とはどういうことか。
ニーネッドから聞いた「邪悪な霊に憑依されている」というのは本当なのか。
私は、認知している情報にハッタリを織り交ぜ、彼女にカマをかけることにした。
「決闘大会で、大規模な魔法を使ったのはお前だろう。この期に及んで隠す意味はない。私たちは、お前に関する全ての情報を把握している」
ニーネッドの忠告。
―――あれは、亡霊に支配された蒼髪の女が、闘技場全体に及ぶ高度な幻妖魔法を行使した可能性がある
それが真実であるならば、彼女のこの飄々とした人格は偽りのものである可能性がある。
問いただせば、彼女の中からその「亡霊」が姿を現し、その目的や背後関係を知ることができるかもしれない。
何が現れようと対策は万全だ。この部屋には《魔封じのカンテラ》がある。
私はノエルとルガルフにも目配せをしておく。ビヴォールも、それとなくノミを置いた。私の意図は感じ取っているだろう。
「もう一度聞く。……お前は何者だ」
私の言葉に、彼女は今まで作っていた、取り繕った愛想笑いを消失させた。スッ、と表情が抜け落ちる。
私は警戒水準を引き上げた。即座に動けるよう、腰の武器に手をかけ、その一挙手一投足に細心の注意を払う。
ノエルとルガルフも、ただならぬ気配を感じ取り、腕立て伏せを止めて、すぐさま行動できる体勢へと入った。
(さぁ、出てこい。お前の中に潜む亡者よ!)
■ ■ ■
バイレスリーヴ/地下/拠点ウーガ・ダール【視点:常闇の手ルガルフ】
蒼髪の少女の顔から、表情が抜け落ちるように消えた。
「……なんだ。バレてたんだ」
奴は不気味に笑いながら俯いて、ボソリとつぶやいた。
「結構頑張ってイデア散らしたんだけどな。バレないだろうって思ってたけど……あの場所に、視える人が居たんだね」
俯いたまま、独り言のように意味不明なことを囁く。
ボスが真っ先に身構え、俺は勿論、ノエルも奴の動きに全ての神経を集中させた。空気が張り詰める。来るか、中の「ゴースト」が。
「ルトは起きないし……こういう時、ほんと役に立たないなぁ」
ため息のような呟きの後、奴は顔を上げてボスに視線を送った。
「あの、正体、晒しますから。葡萄酒もらっていいですか?もう、さっきから喉が渇いて」
奴はそう話しながら、後ろで拘束されていた両腕を軽く広げた。
ブチブチッ!!
麻縄が、まるで脆い糸のように容易く引きちぎられる。俺たちの背筋が凍った。
奴は自由になった手で、羽織っていたガウンを無造作に脱ぎ捨てた。白く滑らかな裸体が露わになる。その途端。
彼女の瞳が、黄金色に爛々と発光し、白目の部分がどす黒い漆黒に染まっていく。
「なんだ……コイツは……」
俺の口から、意図せず言葉が漏れた。本能的な恐怖が、全身の毛を逆立てる。
奴の全身が、くすんだような、それでいて透き通るような深い青色へと変化していく。蒼い髪の毛に見えていたものは、ぬらぬらとした紺色の触手のような質感に変わり、うごめきだす。そして、彼女の尾椎のあたりから、光を吸い込む黒く太い背骨のような、禍々しい尾が現れた。
形容しがたいその姿。陸上の生物には見えない。二足歩行の人形。深海の悪夢。となれば……。
「なッ?!……ヴュール?!」
ノエルが声を裏返しながら叫んだ。
「なんてことだ!ゴーストじゃないのか?!」
ボスまでもが取り乱している。
それはそうだ、俺たちの共通認識では、奴は「ゴーストに支配された人間」というものだったからだ。
だから、魔法はもちろん、魔力で体を成すゴーストの力を弱めるアーティファクト《魔封じのカンテラ》を持って彼女を攫ったのだ。
しかし……完全に想定外だ。
ゴーストどころか、実体を持つ正真正銘の怪物。
(思っていたのと…違う!)
俺は、彼女を攫うことを提案した。結果、とんでもない化け物をアジトのど真ん中に引き込んでしまったのだ。
■ ■ ■
バイレスリーヴ/地下/拠点ウーガ・ダール【視点:蒼髪の少女イル】
(え?思ってた反応と違う)
私は困惑していた。正体を見せろって言うから、素直に見せたら、途端にこの慌てようだ。あんなに鋭く問い詰めてきたのに、どういうこと?
(いやいや、私のこと、知ってたんでしょ?知ってたん……だよね?)
「なんてことだ!ゴーストじゃないのか?!」
褐色肌のボス的存在、ディナリエルは腰に付けていた黒い鞭を構え、臨戦態勢に入った。
ライカンスロープのルガルフともう一人の青年ノエルも、明らかに腰が引けているが、武器に手をかけている。
これは、厄介なことになった。
とりあえず敵意がないことをアピールしないと。私は両手を挙げ、無抵抗の構えを示そうとした。
「あの……私は、悪いヴュールじゃな……」
ギィン!!
硬質な衝撃。殺気。
私の胸の前に、鋭利な金属が突き出されていた。私は尾を鞭のようにしならせ、それを空中で受け止めた。
攻撃してきたのは、さっきまでアジトの壁に装飾を施していた、ガッシリとした男――ドワーフのビヴォールだ。彼の手には、鋭く尖った工具が握られている。
「………ヴュールは駆除せねばならん。例外はない」
彼の目は血走り、武器を押し込む力は凄まじい。とても人間のものとは思えない膂力だ。明確な殺意。話し合いでどうにかなる相手じゃない。
「えっと……どうすればいいですか?」
私は工具を尾で抑え込みながら、褐色肌のボスに視線を送った。
イデアを乱された状況で、こうなってしまった以上、実力行使で全員ねじ伏せるしかないのか。
「ビヴォール!やめろ!改修代金を払わないぞ!」
ディナリエルがビヴォールを一喝する。
「………ディナ。仲間をヴュール共に殺されたことを忘れたか!?」
ビヴォールは叫び返す。その声には、深い恨みがこもっていた。なるほど、因縁持ちか。それは相性が悪い。
「忘れないさ。決して。だが……それは目の前の彼女では無いだろう!」
ディナリエルは冷静さを取り戻し、言葉を続ける。
「彼女は私の求めに応じて正体を現したに過ぎない。よく見ろ、ビヴォール。彼女は、我々の知る殺戮本能だけのヴュールとは違って、知性が感じられる」
「………」
ビヴォールはしばらく鋭い視線を私に向け、鼻を鳴らすと、ゆっくりと武器を下ろした。
「……チッ」
私は、ほっとしながら胸をなで下ろす。場の空気が少し緩んだのを感じ、裸体を晒しているのが少し恥ずかしくなってきた。
「よかった。やっぱり言葉って意思疎通の重要な手段ですね。人間の素晴らしい発明」
ルトの言葉を借りながら、私は床に脱ぎ捨てていたガウンを拾い、再び羽織った。
陸に上がるまでは何とも思わなかったのに、人間としての生活が長くなると、羞恥心というものも芽生えるらしい。
ディナリエルは、私への警戒心を示したまま、距離をとって恭しく話しはじめた。
「コホン。……私の求めに応じてくれたことには礼を言う。お前の正体は、外海のヴュールだということで良いか?」
ヴュールの定義はさておき、私は静かにうなずいた。
「では、その目的は?なぜ人の姿に化けてこの街に?なぜ決闘大会でオリアンに手を貸したのだ?」
詰問の途中から、彼女の呼吸は整い、すっかり冷徹な長官の顔に戻っていた。切り替えが早い。できる人物だ。
「うーん……それを説明するには、やっぱりそこのカンテラを消してほしいんですけど……まだ駄目ですよね?」
私はチラリと紫色の炎を見る。あれがついている限り、頭の中が霧がかったようでうまく考えがまとまらないし、何より相棒が起きない。
「ですよねぇ。じゃあ……少し省きますよ?消してくれたら全部言いますけど」
ディナリエルは難しい顔をしている。ビヴォール、ルガルフ、ノエルは、固唾を呑んでディナリエルの判断を窺っている。沈黙。
「……ルガルフ。消せ」
「ボス、いいんですか?」
「彼女から敵意や不穏な気配は感じない。だが、怪しい動きをしたら直ぐに点けられるように準備はしておけ」
流石、大した決断力だ。私が逆の立場だったら、未知の怪物の要求なんて怖くて飲めない。彼女は肝が据わっている。
ルガルフは、ディナリエルの指示に従い、カンテラの火を消した。着火具を構えたまま、私を睨んでいる。
フッ、と部屋の空気が軽くなる。カンテラの火が消えた瞬間から、この部屋の、この空間の《イデア》の乱れが収まり、本来の美しい流れを取り戻していく。そして、私の中で閉じられていた「彼」の意識が、ゆっくりと開き始めた。
「ありがと。……あー、やっぱり。凄いアイテムですね!それ。どんな仕組みなんだろ……」
「さぁ、消したぞ。話すんだ」
ディナリエルは一切の無駄話を許さない構えだ。
「じゃあ早速。……ルト、起きた?」




