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S-70 「若さ故の……ノリか」

挿絵(By みてみん)

攫われたイル

バイレスリーヴ/地下/拠点ウーガ・ダール【視点:世界】


 カンカン……カンカン……。


「と、言うわけで……今日から黒き監視団スカル・ズーヴで下働きさせていただくイルという者です。身を粉にして働く所存です」


 カンカン……カン……。


 ビヴォールが広間の装飾の仕上げにかかるノミの音だけが響く中で、イルはバイレスリーヴ諜報ギルドへの参加を高らかに表明した。


 イルがこのギルドに加入した動機については「アジトを壊滅させた賠償金を働いて返す」という、事故的なものではあった。


 しかし、彼女自身、商人を名乗っているにも関わらず、商売も全くしておらず、実質無職と変わらない現状から脱却したいと考えていたのも事実だ。


 加えて、ルトを解放させるために、《大いなる五つ》の魔石等の情報を収集する必要もあったため、数多の情報を扱う諜報ギルドに加入するきっかけとなったルガルフ達による拉致は、まさに渡りに船だった。


 しかし、広間の円卓に備えられた上座の椅子。


 そこに腰掛け、優雅に脚を組んでいるダークエルフの美女――ディナリエルが、この世の終わりかのような難しい顔をしているのが気がかりだった。


(あれ……なんか歓迎されてない気がする)


「ノエル……これはどういう事か、私でも良くわかるよう、もう一度説明してくれないか」


 ディナリエルは、「まさか忙しい彼女が、真昼間にこの場所を訪れないだろう」と高をくくっていたノエルを、氷点下の視線で睨み据えた。


「は、はい。彼女が、組織に有用かと……判断しました。彼女も、ここで働きたいと言ったので……迎え入れることにしました」


 ノエルは明らかに動揺し、滝のような汗を流しながら言葉を慎重に選んで話す。


「この際、彼女が明らかに攫われたような格好をしていること、私の許可を得ていないのに聖域へ入れたことには目を瞑ろう」


 ディナリエルの声は静かだが、その迫力は彼を押しつぶそうとしている。


「だが、迎え入れるに当たって、この女の身辺調査くらいはしたのだろうな?彼女に関する懸念は共有はしておいたはずだが……」


 ディナリエルは鋭い視線をノエルに向ける。


「あ……はい。もちろん認識しています。……調査も……抜かりなく」


 僅かにノエルの瞳が揺らいだのを、ディナリエルは見逃さない。


「では、彼女は何処出身だ?背の高さは?信じる神は?所属団体は?経済状況は?把握事項をすべて述べろ」


「うっ……け、経済状況は……8銀貨と5銅貨で……ええと」


 ディナリエルはノエルのその情けない様子から、全ての事情を察した。そして、ルガルフに視線を向けた。ルガルフはバツが悪そうに口笛を吹きながら、天井の方へ目を逸らした。


「ルガルフ!」


「はいっ!」


 彼は反射的に背筋をピンと伸ばした。


「ノエルと共に、腕立て500!!ノエルは加えて屈伸500!」


「はいっ!!!」


 二人は即座に床に伏せ、猛烈な勢いで腕立て伏せを始めた。ディナリエルは深くため息をついた。頭痛をこらえるようにこめかみを押さえる。


「…………若さ故の……ノリか」


 ビヴォールは、作業をしながら独り言のようにつぶやいた。


「ビヴォール、お前もだ」


 ディナリエルの矛先が向く。


「この本部は、新参の彼女を入れたとしても、今や四人しかいない泡沫本部。おまえは一体、この巨大なアジトの改修をいくらで請け負ったのだ?」


 ビヴォールは背中から突き刺さる鋭い視線に気づき、ピタリと手を止めて汗を拭く。それは作業の汗ではなく、冷や汗だった。


「…………秘密」


 カンカン……という音だけが、重苦しい空気の中に空しく響いていた。


 ■ ■ ■


バイレスリーヴ/地下/拠点ウーガ・ダール【視点:蒼い髪の女イル】


 困った。


 あの謎のカンテラによって、《エテル》は乱れ、力を行使できず、ルトも深く眠って起きる気配がない。


 私は、未だに裸にガウンを羽織った姿のまま。


 足首の縄こそ解いてもらっているけど、両手は後ろで縛られた状態で、悠然と円卓の椅子に座るディナリエルの前で直立している。


 その脇では、ノエルとルガルフが「イチ、ニ、サン!」と息を切らせながら腕立て伏せをしているシュールな光景。


 カンテラの灯を消さない限り、身の振り方をルトに相談できないし、この部屋に充満するエテルは、紫色の炎に怯えて逃げ惑い、私の意思など届かない嵐の状態だ。


「あのぉ……」


「どうした」


「あそこの、カンテラ。消してもらったり……出来ますか?ちょっと眩しくて」


「駄目だ」


 ディナリエルは間髪入れず即答した。


「この子らが、どういう経緯でお前を組織に入れたのかは知らない。大方くだらない理由だろうが……。私はそもそもお前を信用していない。今の言葉で余計に疑念が増した」


 鋭い。鋭すぎる。その視線も感覚も思考も。すべてにおいて鋭くて痛い。ノエルたちとは格が違う。


 私は贖罪のために、この組織に金貨200枚も収めるまで働かないといけない。


 暫くこの人とも一緒に仕事をすることになるというのに。なのに、何故か私は始めから信用されていない。マイナスから始まるのは辛いものがある。


 今の浅はかな行動は、余計に怪しまれる結果となった。ルトが起きてれば、もう少し慎重な言葉を選べたかもだけど。


 この息苦しい雰囲気は耐えられない。ここは、全て正直に話すしかないのだろうか。それとも……仕事で信用を勝ち取るべきか。或いはその両方か。


 考えていても仕方がない。ここは私らしく、直接聞こう。


「えっと、じゃあ、どうしたら信用してもらえますか?」


 ディナリエルは、私の全てを見透かしたような、鋭い視線を向けた。そして、静かに、しかし重く告げた。


「……お前の、正体を晒せ」


 ■ ■ ■


バイレスリーヴ/地下/拠点ウーガ・ダール【視点:常闇の影ディナリエル】


 我々《黒き監視団スカル・ズーヴ》は、古くからバイレスリーヴ国家元首の影として仕えてきた。


 東の《ゼーデン帝国》と西の諸王国が熾烈に争っていた100年以上前。地理的に両国の狭間に位置し、中立を掲げるこの都市は、大陸のへそであり、様々な思惑に基づいた工作が飛び交う魔窟だった。


 しかし、帝国が大攻勢を仕掛けたことで情勢は一変する。


 それまで思想信条がバラバラだった西の諸王国が、今の《レグヌム・クィンクェ・ウニトルム(レクイウム)連合王国》の国王、《ロマネスティ家》を筆頭に結束し、帝国に対抗したのだ。


 帝国の戦線は押し戻され、おおむね現在の勢力図に落ち着いてからは、比較的平和な時代が続いた。

 中立国のバイレスリーヴは、軍事力から経済力に生存戦略の舵を切ったことで、必然的に我々のような「影」の勢力も縮小していった。


 今に至っては、この人口15万都市のバイレスリーヴとその周辺農村を含めた領土を、地方に散らばる《同胞たち》を含め、百人程度の諜報員でカバーしている惨状だ。


 さらに言えば、この都市内の防諜を担当する諜報員に至っては、黒き森のアジトが崩壊したことで、私とノエル、ルガルフのたった三人しかいなくなった。


 最盛期は都市部の諜報員だけで三百人ほどいた事を考えれば、いかに都市の諜報能力が低下しているかが分かるだろう。


(普通に考えて…正気の沙汰ではない)


 ただ、私が表の顔として衛士長官を務めている兼ね合いから、公的組織の活動で得られる情報もあるため、その不足をギリギリで補えているのが現状だ。


 とはいえ、今まで日々の忙しさに感けて現状維持に甘えてきたが、隣国ザーラムの脅威が高まったこの機に、組織力の強化を行うべき時は来ている。


 特に、諜報ギルドとしての「執行力」。つまり暗殺や拷問、情報操作等の実力行使を担う駒について、ザーラムや西側の脅威が増大している今、我々三人というのは、あまりにも手が足りない。


 そんな我々が、次期元首をルーガットと予測して動いていた矢先。突如として街に現れ、泡沫候補だったオリアン陣営に参加し、書店の子達とともに彼を優勝へと導いた、この女。


 ダイアナやシェルク、ワキールへの監視で手一杯で、正直なところ我々は、彼女のことを巷の評判通り「数合わせ」としか見ておらず、ノーマークだった。決闘大会の後、あのニーネッドから情報を得て、ようやく彼女の動向を注視しはじめたのだが…


(…まさか、向こうから我々のギルドに転がり込んでくるとは)


 彼女は大会で、一試合しか出場していない。


 しかもその一試合は不戦勝。実力は未知数だ。


 ただ、オリアン達からも戦力として数えられていなかった様子を見ると、その正体について、仲間たちにも隠している可能性がある。

 もしそうであるならば…


(一体どのような目的を秘めているというのだ?彼女の背後にいる勢力は?ザーラムか?王国か?それとも……)


 いずれにせよ、大会の結果、彼女は国家元首となったオリアンに最も近い人物となったのは事実。それすなわち、彼女がこの街の意思決定に影響を及ぼす立場にあるということだ。


 本件は、正体不明の懸念人物によるバイレスリーヴ中枢、及び我が組織への不穏な接近動向であり、最優先で対処すべき重大案件なのだ。


 私は、目の前で縛られている蒼髪の女を見据え、小さく息を吐いた。そして、視線を横にずらす。床でハァハァと息を切らしながら、腕立て伏せに勤しむ二人の馬鹿息子たち。


 ノエル、ルガルフときたら、平和ボケも良いところだ。まったくもって判断が甘い。私は少し甘やかしすぎたのかもしれない。


 一方で、《黒き監視団》は絶望的な人手不足から、猫の手でも借りたい状況なのは確か。


「あのニーネッド」ですら脅威に感じる彼女。


 確かに注意を要する人物かもしれないが、今のところ街に対して無害なのも確か。オリアンの信認を得ているというのであれば、我々の監視下において手綱を握り、うまく運用できれば、頭を悩ませている「ある案件」にも投入できるかもしれない。


(ならば……)


 少し乱暴だが、この場で背後関係や真の目的を暴き、問題なければ利用し、問題があれば私たち四人で処分すればよいだろう。


 私は思考を終え、覚悟を決めてイルを見据えた。


「……お前の、正体を晒せ」

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