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S-69 「ちょっと『語ろう』か?」

バイレスリーヴ地下/拠点ウーガ・ダール【視点:常闇の目ノエル】


 ルガルフの金策。それは、くだんの蒼い髪の女、イルに、黒き森のアジトを破壊した多額の賠償金を請求しようという、ひどくセコい企みだった。


 しかし、今の自分がおかれた状況は、背に腹は変えられない。どんな手段を使おうとも、当面の運営費くらいは何とか賄う必要があるのだ。そう、決闘大会の賭けで組織の金を全額すったことが、母さん(ボス)にバレないうちに。


 そんな事を考えながら、俺は天井から吊るした蒼い髪の女を注視した。


 彼女は、裸に羊毛で仕立てた質の高いガウンを一枚羽織っただけの姿。白く透き通るような肌と、深海を思わせるような蒼い髪が特徴の女性だ。


 特に太っているわけでもない彼女を担いで運び、縄に吊るした筋肉馬鹿のルガルフが、「やたらと重い」とぼやいていた。美人ほど重く感じるという噂は本当なのだろうか。


 彼女を攫うため、組織の情報力は遺憾なく発揮された。


 まず彼女、イルは、信頼できる情報筋……まあニーネッド翁のことだが……からの、「危険な魔法を使うゴーストに憑依された、注意すべき人物」だという情報に接している。


 加えて、ルガルフも、黒き森で彼女と対峙したとき、「不気味な気配を感じた」と語っていた。他にも、黒き監視団の黒き森のアジトを守る同胞たちも「気づいたら、彼女の不思議な力にやられていた」と口にしていた。


 事実、破壊されたドルハ・ディールの内壁は、巨大な何かが衝突したような跡や、細い何かが貫通したような跡が複数あり、全体として酷いありさまとなっていた。普通の人間の女性である彼女が、力ずくでそんなことをできるとは到底思えない。


 ということで、組織が保有する秘宝の一つ、あの《冥府のマルヴ》が残したアーティファクト《魔封じのカンテラ》を持って、彼女の寝込みを襲うために乗り込んだのだ。


 そのカンテラの効果は、灯を燈せば周囲の空間で魔法が使えなくなるほか、魔力に依存するゴーストの動きを封じる効果も持っている。


「ノエル、もうすぐ起きそうだ」


 ルガルフは、魔封じのカンテラが、怪しい青紫色の炎を燃やしていることを確認した。


 この新しい拠点には今、自分とルガルフ以外、動ける人間は誰もいないに等しい。改修を行っているビヴォールは、その体質上、一度作業に入れば周りが見えなくなるし、昼間は寝ていて決して起きない。かぁさんは、昼間はそもそも忙しすぎて、この場所に来る余裕などない。


 つまり、ルガルフと秘密裏に、イルをうまくやりこめて、賠償金と称して決闘大会で得たはずの大金をせしめることが出来れば、組織の資金を溶かした罪を隠蔽しつつ、任務が完了するわけだ。


 大会の賞金。表の顔である商業ギルドの若頭の立場を利用し、オリアン陣営に運営から1000金貨が支払われたことは知っている。


 四人で分けていたとして、オリアンが半分、剣闘士として戦ったグリンネルとキノルが200金貨ずつ、数合わせの彼女が100金貨ほど持っていれば、我がギルドの運営はしばらく安泰だ。いや、もう少し支出を見直せば、50金貨でも十分に対応できる。


(もし、あの時、オリアン陣営に賭けていたら、今頃25倍で1000金貨。向こう25年分の食料を得られる程の超大金持ちだったのに……)


 なんて、過去のことを悔やんでも仕方がない。


 さて、彼女は鴨葱カモネギか、それともただの鴨なのか。どちらにせよ、今の自分の置かれた状況にとってはプラスでしかない筈だ!ワンチャン、彼女がオリアンの財布を管理していて、1000金貨全額を持っていれば、オリアン陣営に賭けたのと同等!頼む……頼むぞ!


「う……うぅん……」


 睡眠薬が切れ、ついに彼女が目を覚ます。彼女の吸い込まれるような深い青の瞳が開き、焦点が合う。


「寝坊はよくないね」


 俺は余裕たっぷりに声をかけた。


「……ふぇ?なにこれ……どゆこと?」


 彼女は、手首と足首が縛られ、自分が暗くて狭い部屋に吊るされていることに気づいたようだ。きょろきょろと辺りを見回す。


「ああっ!ライカンスロープ!」


 こちらが声をかけたにも関わらず、彼女は先に隣にいるルガルフに気がついた。


「今は人の姿なのだが…何故わかるんだ」


「えっと……なに?私を食べるの?」


 質問に答えようともしない。それに、彼女は、この状況にも関わらず気が動転することもせず、意外と冷静だ。肝が据わっているのか、それともただの馬鹿なのか。


「いや、ちがう。手荒な真似をして悪いと思っているが、君に賠償を請求したいんだ」


 俺は端的にそう伝えた。不要な会話をして無駄に拗れるのは良くない。


「ば、賠償?!お金を払うって事?!私……なんかしたっけ?」


 彼女は自覚がないようだ。


「黒き森の我々の拠点、ドルハ・ディールを襲撃して破壊しただろ。加えて、仲間たちもボコボコにした」


 そう説明し終えると、彼女はしばらく無言で考え込み、やがて気まずそうに笑った。


「えっと……あれは、そちら様の?」


 その言葉に、俺とルガルフは顔を見合わせ、深く頷く。


「うわぁ……。うーん。で、いくら?」


 この反応。お金をある程度持っている人間の態度だと確信した。いくらと言われれば、拠点の賠償金で100金貨、賭けで失った組織の残金だいたい50金貨、自前の賭け資金10金貨、合わせてだいたい……まぁ、アジト改修用の装飾費の一部も加え、多少盛ったとして……。


「200金貨」


「ぶはっ!!!あるわけないじゃん!」


 ……彼女は嘘をついている。あんな反応をしていて、流石にその回答は我々には通用しない。俺は目を細めた。


「ならば、いくら支払える?」


「えぇと……8銀貨と5銅貨」


 その答えを聞いて、動揺を隠しきれない自分がいた。


(この虚無的な反応は、金への執着を失うほど、本当に金がない証拠……。え?もしかして……本当に無一文?)


 俺は冷や汗をかきながら、隣のルガルフに目配せをする。


「……ちょっと『語ろう』か?」


 ルガルフは視線の意を汲んでくれた。一応、彼女が嘘をついているという可能性も僅かに残っている。彼は、魔封じのカンテラが灯っていることを確認したうえで、彼女の細い首を掴み、僅かに絞め上げた。


「うぐぅ……」


 彼女が苦しげに唸る。確かに、嘘をついている可能性が高い。ならば多少脅して吐かせることも試すべきだ。


「そうだね……少しだけ」


 少し可哀想な気もするが……アジトを壊したのは事実だ……少しくらいならいたぶっても問題ないだろう。そう判断した。すると……。


「ま、まって……アジトを壊したのはごめんなさい!でもお金がないのは本当だから、今からここで働いて必ずお金返すから!!許して!」


 まさかの必死の命乞い。この様子は、本当に金がない時の反応だ。演技ではない、魂からの叫びだ。


(なんてことだ……金がない……母さんに殺される……!)


 だが、叫びたいのはこっちも同じだ。


 目の前が真っ暗になった。

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