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S-63 「全て逝ったさ」

バイレスリーヴ/地下/拠点ウーガ・ダール【視点:常闇の手ルガルフ】


 カン……カン……。


 堅い石に硬質なたがねが打ち込まれる。重く鋭い金属音が、地底の冷たい空気に反響し、吸い込まれていく。


「……正気か?」


 ギルドの資金管理を担当する《ノエル》から衝撃的な報告を聞き、俺は思わず叫んだ。


 俺達の諜報ギルド《黒き監視団スカル・ズーヴ》の財政状況。


 その話は、あまりに衝撃的だった。俺は数字に疎い。詳しい計算までは理解できなかったが、多忙な《ボス》からギルドの金庫番を引き継いだノエルは、美しい銀髪を揺らしながら、「しばらく任務の手当も出せない」と目を泳がせて言い放ったのだ。


「お前……無駄遣いしたんじゃないだろうな」


「無駄かどうかは……視点によるかな」


 ノエルは苦しい前置きをした上で、周囲を忙しなく見渡した。言い訳を探している子供のような目だ。


「まず、見ての通り、この拠点ウーガ・ダールの大規模な改装を行ったのさ」


 拠点ウーガ・ダール。バイレスリーヴの地下深くに眠る、長年封鎖されていた古代の遺跡を利用したアジトだ。以前の拠点《黒き森のアジト(ドルハ・ディール)》の老朽化に伴い、ノエルの提案で数年前から極秘裏に改修工事が進められていた。


 カン……カン……。


 新拠点は、ドルハ・ディールと比較して、陰謀団のアジトだとは想像も出来ないほどに立派な造りとなっている。


 磨き上げられた石床、高い天井、豪奢な装飾。まるで王宮の地下室だ。黒き森のアジトは、元首の息子「オリアン」の剣闘士の一人で、最近噂の《ただの商人、イル》に壊滅させられた。この地下拠点への引っ越しには、図らずして丁度良いタイミングだったのだが。


「どうだい?このアジト。設計から改修、繊細なレリーフに至るまで、全て《稀代の職人、ビヴォール》の手によるものだ」


 ビヴォール。


 伝説の鍛冶職人としても有名なドワーフであり、俺たちのギルドの最高幹部《常闇の影》の一人だ。彼は、俺のような在籍十年弱の「新参」と違い、古くからこの組織を支えてきた古株。彼の作り出すものは、武器に限らず、装飾品や建築物、石像など、あらゆるアーティファクトに及ぶ。それら全てが貴族や富豪の間で、目の玉が飛び出るほどの高額で取引されている。


 カン……カン……。


 俺は、その稀代の職人でもあり《常闇の影》でもあるビヴォールに目をやった。


 彼は、ノエルと話しているこの広い円卓の間の中央で、一心不乱に石を削っている。


 禍々しくも神々しい姿で円卓を見下ろす、ギルドが崇める暗殺の神、《デヒメル》の石像。その最後の仕上げに集中しているのだ。唸り声のような荒い呼吸が、作業の激しさを物語っている。


「………どうだ。壮観だろう」


 ガタイが良いその男は、無骨そうな顔に蓄えた茶色く固そうな髭を擦りながら、低くかすれた声で満足げに呟いた。


 そんな彼は、黒き監視団の東方拠点を任されている大幹部。


 俺が組織の末端で茶坊主をしていた時から、黒き森のアジトで毎年行われていた幹部会合《美しき夕部》で顔を合わせていたため、以前から知った仲だった。


「……金がなくなった大半の理由は、これだよな」


「せ、せっかくの拠点だからね。妥協はしない主義なんで」


 ノエルは琥珀色と青色の非対称オッドアイな瞳を泳がせた。焦りが滲んでいる。


 ビヴォールは、その職人技が神域にあると誰もが認める一方で、依頼に対して法外な金銭を要求してくることでも有名だ。組織内でも、世間の人々が金銭を司る神として崇める《ヘルムス》と、金に目がない彼の名前を文字って「ビームス」と揶揄しているほどだ。


「で、金がなくなった理由が『まず』……ってことは、他にもあるんだろう」


 俺はノエルを逃がさない。普段は「君はお金の計算もできないのかい?」と、すかした表情で言ってくる奴が、運営に支障をきたす程に勘定を誤っていたのだとしたら、追及の手を緩めてはいけない。


「そ、そうだね。ある……のかな」


「何やったんだ」


 俺はノエルに顔を近づけて威圧した。俺の剣幕に、ノエルはたじろいだ。



 商業者ギルド若頭とこのギルドを兼業しているエリートのノエルと違って、不景気で石工の仕事を失った俺は今、黒き監視団スカル・ズーヴ専従みたいなものだ。


 この組織での報酬は、俺が明日を生きていくために絶対に必要な生活資金。生きるか死ぬかの死活問題なんだ。


「け、決闘大会の賭けに使って……見事に、負けたのさ」


 ノエルの声が情けなく裏返った。


「はァ!?」


 俺は感情が高ぶったことで半獣人化し、唸り声を上げながらノエルに噛みつこうとする勢いで詰め寄った。


「組織の金を賭けたのか!?いくらだ!?」


「まぁ……四十金貨ほど」


「な、なんだと……!?」


 一金貨は街の人々の一カ月の給料に当たる。四十金貨。俺からすれば、一生遊んで暮らせるほどの大金だ。


「……だ……だって、どう考えてもルーガットさんの優勝で決まったようなもんだっただろう!しかも下馬評ではアドホックが優勢で、ルーガットさんの倍率は三倍と高かった!アドホックのチンピラ軍団と比較して、ルーガットさんの剣闘士は最強の布陣だ。これは全額突っ込むしか無いだろう!」


 早口でまくし立てるノエル。俺は言い返す気にもなれず、あきれ果てた表情で彼の動揺を眺めながら、明日からの飯のタネへと思考を移すしかなかった。


「それに関しては……すまないと思っている」


 ノエルは俺から視線を反らし、冷や汗を流しながら引きつった笑いを見せる。


「……お前の財産で少しは補填するんだろうな」


 俺の指摘に、彼は視線をさまよわせた。


「当然……。自分の資産も、全て逝ったさ」


 相変わらず、変なところだけ勢いが良い。ノエルとは長い付き合いだから、分かってはいたが……。


 普段はすかして利口ぶって慎重な態度をとっているが、こいつの本質は昔から変わらないギャンブラーだ。それは金の亡者ビームスよりも厄介だ。


 だけど、これほど愚かなことをしたのは初めてだろう。こいつは、あの闘技場の最上階で、涼しい表情で俺と話していた時も、内心「いてもたってもいられなかった」のだと思うと、哀れさすら通り越して可笑しく思えてきた。


「はぁ……。変わらないな、そういうところは。ボスには?報告したのか?」


「報告なんてしたら殺される!母さんはそういうこと、絶対に許さないから!」


 ノエルの身体が小刻みに震え始めた。珍しく本気で焦っている。


 そりゃそうだ。俺たちのボス、《ディナリエル》はノエルの育ての親。


 あの完璧主義な性格から、その教育も一切妥協がなかった。だからこそ、「こう」なってしまったのかもしれないが。


 俺も幼少期に、彼女を頼ってこの街に来てから、ノエルとともにボスに育てられたようなものだから、ノエルが彼女にその愚かな行為を隠したい気持ちは良くわかる。


「どうしよう、ルガ。助けてくれないか」


 こういうときだけ、昔の呼び名で呼んでくるノエル。甘えが抜けないとボスから言われているのはそういうところだ。怒りたい気持ちは既に失せ、俺の目は哀れな兄弟を見るそれに変わっていた。


「……俺は金勘定は難しくてわからない。だが、頼る……いや、『たかる』とすれば、アイツしかいないだろ」


 カン……カン……。


 デヒメル像を打つ乾いた音が、俺たちの企みを見守るように、地下空洞に響き続けていた。

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