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S-61 「この部屋にネズミが入り込んでいたようです」★

【警告】今回は敵キャラクターによる、非常に不快なシーンが含まれます。耐性のない方は閲覧を強く推奨しません。


 ■ ■ ■


ザーラム首都/ザハリア城/バージェスの寝室【視点:情婦の潜入者ウィスカ】


「かっ、ガハッ!!」


 肺に空気が強制的にねじ込まれ、私は咳き込んで意識を取り戻した。記憶が、一時的に飛んでいたようだ。


 心臓が張り裂けそうになるくらい、大きく不規則に鳴り響いている。露わになった胸が、酸素を求めて激しく上下する。股関節は外れかけたように痛み、下腹の奥に植え付けられた、消えない不快な感覚。そして、鼻腔を埋め尽くす吐き気を催す雄の臭い。


 それら全てが、私の気を狂わせようとする。


 滲む視界の向こうには、醜悪な下衆豚野郎が、見るに耐えない満足げな笑みを浮かべながら私を覗き込んでいた。


「……おえっ……おえぇぇっ!!」


 今までずっと、鉄の意志で飲み込み、我慢してきた嘔吐感が決壊した。胃液と胆汁が喉を焼く。


 バチンッ!!


 その瞬間、私の頬に火花が散るような衝撃が走った。平手打ちだ。首が鞭のようにしなり、視界が明滅する。


「汚い真似をするな、メス豚が」


 その時。どこからか聞き慣れた、冷ややかな声が響いた。


「緊急のご報告が二つありますが、後にいたしましょうか」


 バージェスの醜悪な肉塊が、不機嫌そうに私の上から退いた。


 声の主は、部屋の入り口に佇む男。バージェスの参謀役にして、ザーラムの頭脳である財務官、ワキールだった。


「構わん。……興が削がれた。大事な方から言え」


 バージェスは、汚物を見るような目で私を一瞥し、ガウンを羽織りながらワキールに促した。


「はい。では一つ目。……西側スポンサーから、東方討伐に向けた準備の指示が参りました」


 東方征伐。その単語が、朦朧とする私の意識を鋭く覚醒させた。つまり、ザーラム共和国が、ゼーデン帝国を含む東岸に対し、本格的な実力行使に出るということだ。


 私は、汚されたベッドの上でなんとか意識を保ちながら、聴覚だけを彼らの会話に集中させた。


「……早いな。金は、出るんだろうな?」


「はい。手付けとして二百万金貨が、既に到着しております」


 二百万金貨。耳を疑った。それは連合王国の一国の年間予算にも匹敵する金額。大国である帝国でさえ、四半期の国家予算に相当する莫大な額だ。連合王国は、これほどの額をザーラムという「道具」に投資できるほど、潤沢な資金と本気度を持っているというのか。


「ほほぉ。ちと少ないが……まあ、それなりの対価というわけか。丁度よい。《フギオ》に準備させよ」


 バージェスは下卑た笑みを深める。フギオとは、五年前にザーラム共和国に武力併合された、バイレスリーヴの対岸に位置する属州サフラヒルへ配属予定の法務官だ。ザーラムはこれまで、併合した国の兵士を、次に併合しようとする国と戦わせることで、属国の反乱分子をすり潰しつつ、自国の損害なしに領土を広げていくという悪辣なやり方を続けてきている。


 この指示は、今回も同じ戦略をとるという宣言だ。サフラヒルの民を捨て石にして、東岸へ攻め入るつもりなのだ。


(……伝えなきゃ)


 これは、即座に本国に伝えなければならない最重要情報だ。この情報を持ち帰れば、帝国の対応は劇的に変わる。多くの命が救える。まさか、逃走を決意したこのタイミングで、これほどの情報を入手することになるとは。


「それで、二つ目はなんだ?」


 奴が、退屈そうにワキールに問いかけた。


 ワキールは、表情一つ変えずに答えた。その視線が、ベッドに横たわる私へとゆっくり向けられる。


「……やはり、この部屋にネズミが入り込んでいたようです」


 その言葉は、私を一瞬で凍りつかせるのに十分だった。感情のない、事務的で、それゆえに底知れなく恐ろしい宣告。


「……ネズミだと?」


「はい。閣下の寝所を探る、薄汚い小動物です」


 ワキールの目が、細められた。そこには、獲物を追い詰めた狩人の、冷酷な光が宿っていた。

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