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S-54 「村が燃えてる!?」(追憶)

物見の丘【視点:少年ルガルフ】


 丘を中腹まで降りた時だった。心地よく鼻腔をくすぐっていた若草の匂いが、突如として不吉な異臭に塗り替えられた。


「ねぇ、何か変な匂いしない?」


 三人の中で一番鼻が効くゾラが、耳をぴくりと動かし、異変にいち早く気がついた。


「そう言えば……煙臭いような……」


「肉が焼けるような……」


 僕は近くの木に登り、目を凝らしてあたりを見回した。すると、僕達の村がある方向に、黒い煙が幾筋も立ち昇っているのが見えた。


「村が燃えてる!!」


 クーカが金切り声を上げた。夕焼けで辺り全体が赤く照らされていたため、炎の赤さが紛れて、今まで全く気付けなかったのだ。


 ウォーン……ッ!!


 村の方から遠吠えが聞こえる。腹の底に響く、悲痛な響き。これは……僕の父親の声だ。その遠吠えは、緊急事態を意味する、村に代々伝わる合図だ。それに続いて、村からけたたましい鐘の音が鳴り響く。


 その後聞こえだしたのは、悲鳴と怒号、そして剣戟が混じった地獄のような音だった。


「ママっ!パパっ!」


 ゾラが、全身の力を振り絞るように村めがけて一目散に走り始めた。


「ゾラっ!」


 クーカもゾラを追いかけて村の方に駆けていく。


「ゾラ!クーカ!!」


 村に近づくにつれて、鼻につく焦げ臭い匂いと、生々しい血の鉄臭さが強くなっていく。森の中を駆けていく。ゾラの姿はもう見えない。クーカの華奢な身体は、樹木の隙間からわずかに見える程度だ。


 村の方から、金属と金属が重なり合う、甲高い音が聞こえる。発生源は多数。兵隊に襲われているのか?


 樹木の隙間から村の景色が見えてきた。村人達が、黒いローブを纏った集団に襲われている。子供も大人も、老人も。無慈悲に、そして一方的に。


(何故?!……どうして……)


 僕は森を抜けて村に飛び出した。


 ザンっ!


「がっ……!」


 飛び出した瞬間、僕の左脚の側を冷たい刃が掠め、激痛が走った。剣を振り切ったローブの男が、僕を血に飢えた目で睨みつける。何の確認もせず、いきなり斬りかかってきた。


 これは皆殺しだ。この村の全員を根絶やしにする、大虐殺だ。


 ガァン!!


 僕を斬った男の頭を、巨大な手が鷲掴みにし、容赦なく地面に打ち付けた。頭蓋が砕ける音がする。見たことのある大きな背中。僕の父さんだ。


「くっ、こんな日に限って帰りが早いとはな……《ルガルフ》!」


「と、父さん!これは何?!母さんは?!ゾラとクーカを見なかった?!」


 父さんの身体にはいくつもの傷が出来ており、息も上がっている。


「奴らに襲われた。母さんは……駄目だった。……ゾラとクーカまで帰ってきたか……。全くお前たちは……なんて間が悪い奴らだ」


「……え?」


 母さんが……駄目だった?どういうこと?……まさか殺されたってこと?何で?何か僕たちが悪い事をしたの?思考が真っ白になる。


「ルガルフ……この村の事は忘れろ!何でもいいから逃げるんだ!良いな!」


 父さんは僕を脅すように言って、神に祈る仕草をした後、ローブの集団達を叩きのめしながら村の中心へと走っていった。


 全く理解できない。忘れろ?この村を?僕が生まれ育った村のみんなを?大好きな母さんを?怖いけど尊敬してた父さんを?大人になったら冒険しようと誓いを立てたばかりの……大の仲良しのクーカとゾラを?


 そんなこと……できるわけが無い!


 この思い出がいっぱい詰まった、僕の大好きな村を、忘れて去れるわけがないだろう!


「クーカ!ゾラ!!」


 斬られた足を庇いながら、必死で駆け巡って探す。


「ゾラっ!!」


 クーカの声だ。怒号と悲鳴に混じって、間違いなくクーカの叫びが広場の方から聞こえた。

 広場に入った瞬間、別のローブの男に出くわし、出会い頭に蹴り飛ばされる。僕は塀の壁に背中を強打し、全身の空気が抜けた。男は僕にジリジリと近寄ってくる。


 広場では、多くの村人たちが血の海に倒れており、生き残った武装した村の男衆が黒いローブの集団に包囲されていた。


「パパっ!」


 ゾラは、武装した男たちの中に自分の父親を見つけて、無我夢中で駆けていくところだった。


「来るなっ!ゾラ!!クーカ!逃げろ!!」


 ゾラとクーカの父親は、絶望的な大声で怒鳴りつけた。しかしゾラは止まらない。


 広場の離れたところで指揮を執っている、赤黒いローブを目深く被った男が、ゾラに向かって弓を構えた。その弓は血のような赤に染まった、見た事もない異様な形をしている。そして、異常なのは、その男の周りに無数の矢が停止したように浮かんでいたことだ。


「ひゃはは、こっちにも犬っころ!」


 血の抜けたような白い肌をしたその男は、真っ赤な唇を歪めて薄く笑い、弓を引き、放った。


 ■ ■ ■


 僕の身体は塀に打ち付けられた衝撃で言うことを聞かない。


「止めっ……」


 男が放った矢は、怪しい赤黒い光を帯びながら、吸い込まれるようにゾラを襲う。不味い……!


 トドドッ……!


 複数の矢が、ゾラの華奢な身体を無情にも貫いた。そして、赤黒い炎がゾラの身体を瞬時に包み、黒焦げにしていく。


「う、うわぁぁっ!!!」


「きゃぁぁぁっ!!」


 僕の頭の中が黒く、冷たい絶望に染まっていく。この世界の神は何をしている?……僕の最愛の友人を……救ってはくれないのか?


 ゾラが目の前で殺される様を見た大人達は、怒号を上げて黒いローブの集団に無謀にも突進していく。


 ゾラに駆け寄ったクーカは、その黒焦げになった弟を抱き上げて、何度も何度も呼びかける。しかしゾラはピクリとも動かない。炭化した手足が崩れ落ちる。


「ゾラっ!ゾラぁっ!!」


「あひゃひゃ!黒い犬っころ!みっけ!」


 ゾラを射ったその男は、赤い口を大きく開けてゲラゲラ笑いながら、無慈悲にも空中に停滞する矢をクーカに向けて放った。停滞した矢は次第に速度を増し、あらゆる角度からクーカに襲いかかる。


「クーカ!逃げッ!!!」


 トドドドッ!!


 クーカの華奢な身体に、無数の矢が容赦なく突き刺さる。クーカは何かを言いたげに僕の方を見たあと、力無くゾラに覆いかぶさるように倒れた。その瞳から、光が消えていく。

 僕の中の黒い絶望は、赤黒く濁り始めた。


「くっ!お前らァァァ!!!」


 憎悪の念が、喉を裂くような叫びとなって噴き出す。しかし、僕を突き飛ばしたローブの男が剣を振りかぶって僕を殺そうとしている。僕の身体は情けないくらい動かない。自分の力の無さに、ただただ絶望する。


「すまん……」


 男が剣を振り下ろした。


 ドゴォ!


 その時、僕を殺そうとしていたローブの男が横合いから吹き飛んだ。再び僕を父さんが助けに来てくれたのだ。父さんは何も言わず、広場で重なって倒れているクーカとゾラを一瞬だけ悲痛な目で見たあと、僕を担いで走り出した。


「父さん!離して!アイツらっ!許さな、ふぐっ……」


 父さんは、暴れる僕の口を塞いで村から離れ、森の中へ入っていく。


「夕食までに帰れと言っても帰ってきた試しがないお前が、今日に限って帰ってくる。逃げろと言っても逃げない。忘れろと言っても忘れない。……本当にお前は……」


「森に逃げたぞ!!」


 遠くで敵の声が聞こえる。


「クーカとゾラは……残念だった。お前は……母さん……私……そして村の皆の分も生きて欲しい」


 父親の大きな身体は傷だらけで、おびただしい程の血が流れている。その血が、僕の頬を濡らす。


「あそこだっ!」


 後の方から敵意に満ちた声が聞こえてくる。


 ドドドっ!!


 父親は、鈍い音と共に身体が痙攣し、ガクンと膝が折れてその場から動けなくなった。父親の背中には、無数の矢が突き刺さっている。


「父さんっ!!父さん!」


 父親の肩越しに、クーカとゾラを死なせた、あの弓手が、ローブの男達と共に森に入ってくるのが見える。弓手は高い笑い声を上げながら、もう一度弓を構えた。


 父親は既に虫の息だ。目の焦点が合っていない。


「いいか……何も考えるな。何も考えずひたすら北へ向かえ。黄金の麦畑を抜けた……先にある港町を目指せ。……その街に着いたら……変わった名前の本屋を見つけろ。……そこの主人に会えたなら、俺の名を出せば……匿ってもらえる筈だ……」


「な、どういう事?!」


 父親は、かすれた声で僕の耳に口を近づけて、必死に語りかけてきた。


「行け!!!振り向くな!!」


 父さんが最後の力を振り絞り、僕を前へと突き飛ばした。


「あひゃひゃひゃひゃ!!逃がすかよ!死ねぇ!!」


 背後から響く弓手の狂気の笑い声。その声は、僕の耳の中に呪いのように残り続けた。


 僕は必死に走った。


 全身が砕けそうに痛むのも。


 斬られた脚が千切れそうに悲鳴を上げるのも。


 全てを無視し、感覚を麻痺させて。頭の中を空っぽにし、父さんの言葉だけを道標に、た

 だひたすら北を目指した。


 何も考えていない、何も思っていないはずだった。


 それなのに、涙だけが止まらなかった。


 溢れる涙は、僕の頬の灰色の毛を濡らし、熱い筋を作って流れ落ちる。


 それは、愛する者たちを守れなかった自分自身の無力さと、理不尽な世界の無情さに対する、魂の慟哭だった。


 何日も、何日も。空腹と疲労に苛まれながら、ただ泣きながら走り続けた。森の木々も、大地の色も、全てが涙と悲嘆のベールに覆われていた。


 そして、限界を超えて疲れ果て、木々の根に躓いた瞬間。意識がプツリと途切れ、全てが霧散した。


 ■ ■ ■


現在/とあるアジト【視点:常闇の手ルガルフ】


 身体を襲っていたはずの矢の痛みも、背後から聞こえていた笑い声も、急に消え失せ、目を覚ました。


「⋯またか」


 アジトの固いベッドの上で、涙で濡れた両目を、手のひらで深く覆った。荒い呼吸と、胸に残る凄惨な記憶の残像だけが、あれが生々しい悪夢であったことを告げていた。


 あの日から、どれだけの時が流れただろう。


 クーカの黒い毛並みも、ゾラの灰色の瞳も、今では夢の中でしか会えない。


 俺は生きている。父さんが命をかけて守ってくれた命を、今も繋いでいる。


 だが、それは本当に生きていると言えるのだろうか。


 俺は、手で顔を覆った後、ベッドから起き上がり、行動を開始した。





ダイアナやキノルの通っていた「バラ=エル魔術学院」でのスピンオフの短編物語を掲載しています。こちらもよろしくお願いします。

https://kakuyomu.jp/my/works/822139841648141135/

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