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S-53 「ちゃんと僕が成人するまで待っててよ!」(追憶)

3章 黒き監視団編


とある村の南の丘【視点:少年ルガルフ視点】


 ここは年中雪を冠った山々に囲まれる山間地帯の小さな集落。現在、この村には1年のうちの僅かな期間だが春の陽気が訪れている。


 山々から流れる雪解け水。若い緑の中を流れる小川からすくい上げて飲む。


 口から喉へとキンと冷たい水が流れ、身体に染み渡っていく。僕は透き通ったこの水がとても好きだ。


 雪解け水だけじゃない、この陽気な春の温かい季節、新芽と野草が雪の下から顔を出し、緑の絨毯が敷かれる山々が一望できるこの場所がとても好きだ。


「ルガ!いつまでそうしてるの!早く行こう」


 僕の名を快活そうな女の子の声が呼んだ。


「えー、ホントに行くの。ルガ兄ちゃん…姉ちゃん止めてよ!」


 続いて気弱そうな声。


「こんな寒いところ…《ノルデザイ》の怪物が出てきたらどうするの?」


 その声は僕に向けられる。姉に言っても聞かないからだ。


「ごめんごめん、今いくよ。《ゾラ》は諦めなよ、《クーカ》は言い出したら聞かないんだから」


 僕が振り向いた先には黒狼の女の子が腕を組んでムッとしている。


「なによ、それどういう意味?」


 その隣では、灰色狼の男の子が女の子から距離をとってまごまごしている。


「そうだけどさぁ…」


 この二人は僕の村に住む幼馴染。そして僕はライカンスロープのルガルフ。僕たちは村で三匹の悪ガキと呼ばれている。僕はこれに異を唱えたい、悪ガキはクーカで、僕とゾラはそれに巻き込まれているだけだって。


 今日はそのクーカの提案で、この前見つけたばかりの洞窟を探検しようって事になっている。


「まぁいいわ。ほら、行くわよ!」


 クーカは先頭に立って歩き出し、村に古くから伝わる春の訪れを喜ぶエルフの詩を歌い、上機嫌で歩き始めた。


 ユーグリシャの洞窟の 蒼の氷柱に 刻む詩遥か昔の 雪深い 誰も知らない物語シャルラ シャルラ シャルラリラ長き冬を 憂う君 


 シンシルダの森林で 碧の風が 紡ぐ詩遥か昔 雪解けの 誰も知らない物語シルラ シルラ サラシルラ冬の終わりを 告げる君


 僕とゾラは、得意げに左右に振られる彼女の黒い尻尾を見つめながら、仕方なく覚悟を決めて後に続いた。


 ■ ■ ■


 情景は一気に変わる。


 世紀の洞窟探検を終えた僕たちは、西に傾き始めた陽の光を浴びながら、村へ戻る道を歩いていた。


「結局これ以外何もなかったね!今回はちょっと期待してたんだけどなぁ」


 クーカは先頭を陽気に歩いている。その胸元には《黒曜石のネックレス》が夕日に光っている。


 彼女は洞窟から拾ってきた《碧色の結晶》を掌で弄びながら、不満そうに肩をすくめる。


 僕たちが綿密に計画を練っていた洞窟探検だったが、途中で通路が崩落しており、奥まで進むことができなかったのだ。


 覚悟していたよりもあっけなく終わってしまった。だけど、僕とゾラにとっては、探検を諦めさせる理由ができたので、それはそれで好都合だった。


「ねぇ、また明日行ってみない?他に奥に通じる道があるかもしれないしさ!」


 クーカは懲りずに僕たちを振り回そうとする。


「えぇ!明日も!?またパパとママに怒られるよ!」


 ゾラが僕と同じ側で尻尾を揺らしながら、心強い反対意見を述べてくれた。


「はは……僕の父さんもカンカンだろうから、明日は厳しいかな」


 今日は夕飯のスープが冷める前には帰れそうだけど、前に森で迷って朝帰りした時の、父親の鉄拳制裁と母親による二日間の食事抜きは苦い思い出だ。


 クーカもその度に父親から鉄拳を食らっているのに、まったくお転婆が治る様子はない。少しは弟のゾラを見習ってほしいものだ。


「ちぇっ……つまんないの」


 クーカは少しの間黙っていたが、碧色の結晶を腰袋にしまうと、くるりと優雅に回って僕たちのほうを向いた。そのまま後ろ歩きをしながら、不満げに僕たちを見る。


「私たちって……子供ってだけで全然自由がないよね。はやく大人になりたーい!」


 クーカ以上の自由奔放な人間を知らない僕は、一瞬言っている意味が分からなかったが、たしかに村の掟や家柄に縛られ、子供というだけで自由度が低いというのは頷けることだった。


「ねぇちゃんがこのまま大人になっちゃったら、どうなっちゃうの?」


 ゾラは、姉の将来の姿に一抹の不安を覚えたらしい。


「ははは、ゾラ。ゾラも大きくなってクーカを支えてあげなよ」


 クーカが今の性格のまま大人になった姿を想像したら、おかしくて仕方がなかった。


「ちょっとそれどういう意味?!」


 クーカの冷たい黄色い視線が僕とゾラに突き刺さる。今にも鋭い牙で噛みついてきそうな雰囲気だ。


「あ、あのさ!誓いを立てよう!」


 僕達は、新芽が芽吹き始めた丘を登り、夕日が真西に沈もうとしている《物見の丘》の頂上に立った。そこにそびえる一枚岩に、僕たちの名前を鋭い爪で深く刻み込む。そして岩のすぐ下の土の中に、洞窟で拾ってきた碧色の結晶を埋めた。


「ちょっと!なんで埋めるのよ」


 クーカが僕の左肩に手をかけ、抗議する。


「これはゾラが成人したときに掘り返すんだ。そして、僕たちはこの村を出て世界中を旅する冒険者になる。この結晶は、その旅の始まりの目印だ」


 僕はそう答えると、不思議な色の結晶を埋めた傍に、目印として《ジャナ》の小さな苗を植えた。この木は、1000年以上も生きる大樹に育つという。成長の遅いジャナの木でも、僕たちが成人するころには、大人の背丈くらいにはなっているだろう。


「ねぇちゃん、ちゃんと僕が成人するまで待っててよ!」


 いつも姉に引っ張られてばかりのゾラが、決意の籠もった声を出した。成人する頃には、クーカよりも大きくなって、逆に姉を引っ張るくらいのしっかり者の弟になるだろう。


「当り前じゃない!ゾラは私の大切な弟なんだから!」


 まだツンツンした態度を取っているクーカだったが、彼女の尻尾は大きく左右に揺れており、その上機嫌さが隠せていない。彼女が成人するころには、多少お転婆が治っていることを願いたい。


 その頃、僕はどうなっているのかな。厳しい父さんは僕に村の長になれって言うのかな。僕もこの二人と世界中を見る旅に出掛けられるのかな?


 僕は、静かに二人に背を向けて尻尾を持ち上げた。二人の灰色の尻尾も僕と同じように背を向けて持ち上げられ、僕の尻尾の上に交差するように載せられた。


 これは、僕達の間で古くから伝わる誓いの印。


「尻尾は見えないけど結ばれてる。我らの絆も見えないけど結ばれてる。大地の神よ……我らを見守りたまえ」


 誓いを終えた僕達は、夕日に長く影を引き伸ばされながら、物見の丘を後にした。


「すっごく楽しみ!ゾラ、はやく成人しなさいよ!」


「まず、ねぇちゃんからだよ」


 クーカとゾラの屈託のない笑みが、沈みゆく夕日に照らされてとても眩しく見える。最高に楽しい今を、こうして過ごせる幸せを感じていたいと、二人の肩を組んで笑いあった。


 この時僕達は、将来の冒険に想いを馳せることはあっても、二度とこの三人で冒険が出来なくなるとは思いもしなかった。そして、その別れの時は余りにも早く、残酷に訪れる。





ダイアナやキノルの通っていた「バラ=エル魔術学院」でのスピンオフの短編物語を掲載しています。こちらもよろしくお願いします。

https://kakuyomu.jp/my/works/822139841648141135/

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