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S-52 「オリアンの時代が来るぞ!」

バイレスリーヴ【視点:世界(観測者)】


 その夜、バイレスリーヴの街は、闘技大会の余韻に浸り、未だ冷めやらぬ熱気に包まれていた。


 酒場は酔客の喧騒で溢れ、屋台からは香ばしい匂いが漂い、朝方まで街の灯は途切れることがなかった。


 ヴュールの出現も、勇気ある剣闘士たちが撃退したという事実から、街の人々は楽観的に考えており、その話題に触れることはほとんどなかった。


 代わって話題の中心となっていたのは、新元首、オリアンだった。


「あの臆病者の息子がよ、あのブーアをぶっ倒したんだとよ!」


「ああ、見た見た!あんな体格差で、よくやったもんだ!」


「誰もがオリアンの負けに賭けてたからな。そういえば、オリアンに全財産を賭けたガキがいたらしいぞ。子供にして大金持ちかぁ。うらやましいねぇ!」


 彼の大番狂わせ、そして自らの身を挺して仲間を守った勇気ある行動が、人々の間で噂になっていた。そして、決闘大会クレイヴァートの直前に行われた、彼の街中での演説が、今になって評価され始めていた。


「『僕は、仲間とともに戦います』って言ってたよな」


「ああ、あの時は笑い者だったが…本当にやりやがった」


 ブーアやザインが惨敗を喫したことで、街の人々は彼らの存在を気にして語る必要がなくなったことも大きかった。特に、オリアンによりとどめを刺されたことから、ブーア一家の凋落はより顕著だった。


 彼らのこれまでの蛮行が、酒の肴として人々の間で語られることはあっても、もはや街の脅威として恐れられることはなかった。


 ■ ■ ■


バイレスリーヴ/衛士団本部【視点:衛士長官ディナリエル】


 そして、その日の夜。街の喧騒から切り離された議会の一室では、公正な裁きが静かに下されようとしていた。


 衛士長官ディナリエルは、厳粛な面持ちで捜査の指揮を執っていた。


 アドホックは、ザーラム中枢とのつながりが暴かれ、外患誘致の罪で逮捕・収監された。その動機は、元首の座を手に入れるためだった。彼の自白により、バージェスとの繋がり、《ヴィガー・ラクリス》の入手経路、不正なコイントスの工作、すべてが明らかになった。


 ブーアとザインは、大会規定に反する薬物、《ヴィガー・ラクリス》を使用した罪で逮捕されたが、収監後、薬物の影響で死亡した。彼らは、その薬物によって理性を失い、その命の炎を燃やし尽くしたのだった。


 一方、姿を消したシェルクについては、アドホック陣営に加担していたとして指名手配された。彼がどこへ消えたのか、誰も知らない。


 そして、決闘大会クレイヴァートの背後で様々な工作を働いていたダイアナについても、政治不安を煽ったとして謹慎処分が下された。


「ふう…流石に疲れたな。今まで地道に捜査を進めていたとは言え、アドホックの自白でこうも一気に進むとは」


 深夜、大会後からめまぐるしく動き回っていたディナリエルは、業務の目処がつき、一息ついていた。


「これ程円滑に事を運べたのも、長官の知識と経験の賜物です」


 衛士幹部の一人がディナリエルに、紅茶を淹れる。


「私に対する世辞はいらん。今宵の祭りに繰り出したい者も居ただろうに…皆よく働いてくれた」


 ディナリエルは椅子に腰かけそのしなやかな脚を組むと、紅茶を一口飲み、大きく息をついた。その表情には、深い疲労と、しかし仕事を成し遂げた満足感が浮かんでいた。


「そう長官におっしゃって頂けると、働きがいがありますな」


 衛士幹部は、ディナリエルに勧められ、その部屋の椅子に腰掛けた。彼も紅茶を飲んでいる。


「そういえば、ご報告が遅れましたが、夕方頃、浜辺に狂信者ダンラの死体が打ち上げられているのが発見されました」


 ディナリエルは視線で報告を続けるよう促す。


「彼女の死体は比較的新しく、怪しげな法衣を着ており、その手には深海神に関するものと思われる書物が固く握られていました」


 彼女は目を閉じて報告を聞いている。その表情は、悲しみに満ちていた。


「彼女の死体が見つかった付近の崖には、何らかの儀式を行ったと思われる形跡が見つかっており、これは推測ですが、気がふれた彼女があのヴュールを呼び寄せたのだと思われます」


 その報告を聞き終えたディナリエルは、目を閉じたまま、誰にも聞こえない声で祈りの言葉を捧げた。


「全く…最後まで迷惑なバァさんでした。ヴュールの襲撃で誰も死ななかったのは不幸中の幸いでしたが…」


 幹部は独り言のようにつぶやいた。


「そうだな。しかし、君は知らないかもしれないが、彼女も可哀想な娘なんだ」


 ディナリエルは、誰もが興味を持たなかったダンラの過去を語り始めた。それは、ダークエルフという長寿種族であり、長きにわたりこの国を見てきた彼女の過去の一ページをめくるようだった。


「彼女は若い頃、聡明で快活な少女だった。しかし幼馴染だったフィアンセを海難事故で亡くし、深い悲しみに沈み、気が触れてしまったのだ」


 衛士幹部は、静かにディナリエルの話に耳を傾ける。珈琲の湯気が、二人の間でゆっくりと立ち上っていた。


「ダンラの《深海神ルヌラ》への信仰は、フィアンセの命を奪った内海、ひいてはこの大陸の世界神教ウニヴェリアの神々ではなく、この大陸の外、つまり外海に棲まう深海神に助けを求めようとしたものだ」


 ディナリエルは、遠い目をして、夜の闇が映し出される窓の外を眺める。その瞳には、古い友人を偲ぶような、深い哀しみが宿っていた。


「彼女はただ、愛する人を返してほしかっただけなのだろう。何十年も、人の目も気にせず、老いぼろぼろになるまで、噴水広場で叫び続けてきたんだよ」


「…そんな過去が」


 ディナリエルが明かしたダンラの過去を聞いた衛士幹部は、両手を顔の前で組み、自然と祈りを捧げていた。


「彼女の叫びは、狂気ではなく、絶望だったのかもしれんな」


 ディナリエルは、そう呟くと、飲み干したカップを静かに置いた。


 ■ ■ ■


 バイレスリーヴ/噴水広場【視点:世界(観測者)】


 衛士団の本部から離れた街の中心、ダンラが叫び続けてきた噴水広場では、深夜であるにも関わらず、未だに賑やかで、人々が大会のことを語り合っている。


「オリアンの時代が来るぞ!」


「ああ、エドワルドの息子は、やはり只者じゃなかった!」


 人々の歓声が、噴水の水音と混じり合い、街全体を包み込んでいた。


 その広場にそびえる石壁のスクロールは、街の灯りに照らされ、その掘られた絵の影が静かに揺らめいていた。


 バイレスリーヴは、決闘大会クレイヴァートを終えてしばらくの間、歓喜と熱狂に包まれ、新たな時代の転換期を迎えようとしていた。


 ■ ■ ■


 バイレスリーヴ/元首の館【視点:元首オリアン】


 その夜、僕は眠れなかった。


 決勝戦で追った身体の傷の痛みとは、別の…何かだ。


 あの異形の魔物は、確かに海へと帰っていった。街は救われた。みんなが勝利を喜んでいる。


 でも――


(何か、おかしい)


 ベッドの上で、目を閉じる。


 すると、まぶたの裏に、映像が浮かんだ。


 深い、海。


 暗い、暗い、底知れぬ深淵。


 そこから、何かが這い上がってくる。


 触手。無数の触手。


 それらは、街を、人々を、優しく、優しく、包み込んでいく。


 まるで、愛撫するかのように。


「――信ジヨ」


 声が聞こえた。


 それは、耳から入ってくる音ではなかった。直接、脳の奥底に響く、何か。


「――深海ニ、真実ガアル」


 まるで、母親の胎内に戻ったかのような、安らぎ。


「―― ■■■」


 誰かが、そう言った気がした。


                            


【あとがき】

◆お付き合いいただきありがとうございました。これにて1つの大きな物語は完結となります。

◆この後すぐに、2つ目の大きな物語がはじまりますが、投稿ペースは調節する予定です。なお、全体を通しては4つ目の大きな物語が終えたところで最終完結となります。(もしかしたら、その後も書くかもしれません)

◆本作と同じ世界観を共有する物語を他にも投稿していますので、ぜひご覧になってください。(評価いただけると幸いです)


【以下リンクは「カクヨム」となっています】

◇「地獄へ堕ちろ」と追放されたが、『そこは狂気と進化の《楽園》でした。』魔改造 された元勇者、美しき化け物たちを連れて祖国を蹂躙する。【楽園のロッシ】

https://kakuyomu.jp/works/822139841696633531

◇俺たちマジメな冒険者にタカるク〇野郎は、ダルがらみする相手を間違えた模様。【凡庸のエイダン】

https://kakuyomu.jp/works/822139841642504941

◇魔法の授業で「隣の席の美少女の裸」を超高画質で投影したら、人生が詰んだ。(あるいは始まった)~画家志望なのに手違いで魔術学院へ入学した僕のボッチは加速する~【誤算のアストン】

https://kakuyomu.jp/works/822139841648141135

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