表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/176

S-49 「やめろ!やめてくれ!!

【警告】今回は敵キャラクターによる、非常に不快かつ残酷なシーンが含まれます。耐性のない方は閲覧を強く推奨しません。


 ■ ■ ■


バイレスリーヴ/闘技場/舞台【視点:臆病者オリアン】


 僕は死んだ。そう確信して硬く目を閉じていた。しかし、頭蓋を砕く轟音も激痛も訪れない。あるのは奇妙な静寂だけだ。恐る恐る、目を開けると、僕の視界を最初に捉えたのは、イルの顔だった。


 彼女は、僕の上に四つん這いで覆いかぶさるような体勢で、僕を庇っていたのだ。その小ぶりで華奢な顔は、何かに耐えるように激しく歪み、絹糸のような蒼色の髪が、苦悶の表情を隠すように揺れていた。


 彼女が、なぜここに?そして、なぜ僕を?


 僕は疑問と驚愕を置き去りにしたまま、彼女の背後に視線を移した。そこには汚らわしいブーアの顔が。ようやく状況を把握した。


 イルは僕の上に四つん這いで覆いかぶさった状態で震えている。あの巨大な鉄槌の一撃を、まともに受けた華奢な彼女の体がただで済むはずはなかった。


「イ、イル!!」


 僕の絶叫が虚しく響く。しかし、その声は、司会のサファルの声にかき消された。


「な、なんと!オリアン陣営、選手交代です!キノル選手に代わり、イル選手が舞台に上がったー!!し、しかし!!これは…」


 その声が闘技場に響き渡る中、彼女はしばらくの間を置いてから、いつかの木の棒を握りしめながら、のろのろと動き出した。


「いったぁ!!」


 イルはそう呻くと、背中を庇いながら、ぐにゃりと奇妙な角度に曲がったまま、ゆっくりと立ち上がった。その間、ミシミシと、彼女の身体から骨が軋む不気味な音が響き続ける。背骨が完全に折れているはずなのに、彼女は立っている。


「ててて…。ていうか今お前、オリアンを殺そうとしたでしょ?」


 イルの瞳が黄金色に光り、ブーアを鋭く睨みつけている。その目は、先ほどまでの穏やかな表情とはまるで別人だった。


 致死的な一撃を受けたはずのイルが平然と立ち上がったことに、ブーアはわずかに恐怖を感じた。


「ウガァ…グルァァァァア!!」


 その恐怖を振り払うかのように、ブーアは怒りに燃え、鉄槌を振り回してイルの側頭部に強烈な一撃を叩き込んだ。


 ゴキャッ!


 頭蓋骨が砕ける音が、闘技場に響き渡った。


「っ!イル!!」


 死んだ、間違いなく。


 彼女の身体は、まるで玩具のように宙を舞い、砕けるような音を立てて遠くの壁に叩きつけられた。ズガン!という轟音とともに、壁に窪みができる。その衝撃で、手足はあり得ない方向に折れ曲がり、関節が逆向きになっていた。


 彼女は壁から滑り落ち、地面に崩れ落ちる。その身体は、もはや人の形を保っていなかった。


 悔しくて、悲しくて、僕は転がる彼女の姿を直視できなかった。このまま僕も死んでしまいたいとさえ思った。


(イル……ごめん……)


 僕のせいだ。僕が弱いから。僕が何もできないから。彼女が……。


 しかし……。


「イタタ……はぁ。質問に答えてよ」


 聞こえてきた声は、彼女のものだった。僕は、恐る恐る顔を上げる。


 そこに立っていたのは、もはや僕の知っているイルではなかった。


 彼女は、首の骨を鳴らしながら立ち上がっていたが、その頭部は不気味なほどに歪み、右側が完全に陥没している。頭蓋骨の破片が皮膚を突き破り、黒い骨が露出していた。骨が軋む音が耳朶に響く。


 それでも、彼女は立っている。


「ケッケッケ!ヘケッ!ヒィー!!」


 ザインは、イルの異様さに、恐怖を通り越して興奮していた。それは、未知の獲物と出会った捕食者のような、純粋な歓喜だった。彼の血走った目は、狂ったように輝いている。


 彼は、まるで手品師が観客を魅了するように、指先で数本のニードルをジャグリングした後、笑みを浮かべてイルに向かって投擲した。


 ドドドドドッ!!


 放たれたニードルは、雨のようにイルの身体に突き刺さった。首、胸、腹、大腿部といった急所が、音を立てて貫かれる。ニードルは彼女の身体を完全に貫通し、背後の地面に突き刺さった。しかし、そこから流れるのは、橙色の灯りに照らされた、暗い色の液体…いや、蒼い血だ。それは、彼女の透き通るような白い肌を汚していく。


 まるで何も感じていないかのように、イルはただ、うっすらと笑みを浮かべている。そして、首に突き刺さったニードルのせいで、言葉を上手く紡げずにいた。


「ぢ、ぢょっど…ジャべれないじゃん、ごれ」


 その声は、苦痛に歪むことなく、ただ不満を口にしているかのようだった。喉を貫通したニードルから、ごぼごぼと蒼い血が漏れ出している。


 イルは、首に突き刺さったニードルに手をかけると、まるで小枝でも引き抜くかのように、ためらいもなく引き抜いた。


 ズルッ…ブシュッ!


 沼地から剣を引き抜くような不気味な音が響き、傷口から血が噴き出す。彼女の服は、その液体で染まり始めていた。その光景は、あまりにも常軌を逸していた。


「気味の悪い女ッ!」


 シェルクは、その不気味さに顔を歪めながら、舞うように動いた。彼は、イルの瞳から視線を逸らしたいかのように、その細剣を突き立てる。


 グチャッ!


 鈍い音と共に剣はイルの左目に深く突き刺さる。眼球が潰れ、ぐちゃりと中身が溢れ出る感触が、僕にも伝わった気がした。剣はそのまま頭蓋を貫通し、後頭部から剣先が突き出す。その切っ先には、血と、白濁した眼球の残骸が付着していた。


 背中が曲がり、頭の右半分が潰れ、体中にニードルが突き刺さり、左目から細剣が突き出たまま、イルは二本の足でふらふらと立っていた。


 その傷口からは、どろりとした液体がとめどなく流れ、地面に血溜まりを作っている。もはや人間とは思えないその異様な姿で、彼女は呻くように言った。


「あ"ー… ■あ"ぁー。…ぞろぞろ… ■■い"い"よ”ね”」


 そんな彼女は、まるで壊れた人形のよう。いや、人形ですらない。何か、別の何かだ。


「何者…?!」


 シェルクの顔が恐怖で引き攣った。もはや人間とは思えないイルの異様な姿に、彼の心は底知れぬ恐怖に支配されたのだろう。


 ひと時でも早くこの化け物を殺さなければならない。そう判断したシェルクは、躊躇なく細剣でイルの身体をめった刺しにし始めた。


 ブスッ、ブスッ、ブスッ、ブスッ!


 胸を、腹を、脇腹を、太腿を。《精緻》な剣技が、今度は破壊のためだけに振るわれる。


 グチャッ、グチャッ、グチャッ!


 細剣は、肉を、骨を、そして内臓を容赦なく貫く。一突き、また一突き。


 十回、二十回、三十回。


 それを受けるイルの身体からは、噴水のように血液が噴き出し、シェルクの美しい顔を汚していく。彼女の身体は、もはや穴だらけだった。


「やめろ!やめてくれ!!」


 僕の叫びは届かない。シェルクは、まるで何かに取り憑かれたように、ただ突き続ける。


 そして、イルはとうとう倒れ込んだ。ドサリ、という重い音とともに、彼女の身体が地面に崩れ落ちる。


 血溜まりが、彼女の周りに広がっていく。


 誰もが、これで終わりだと思った。

 僕も、そう思った。イルは、もう……。

 その時、イルは深蒼の血溜まりの中で、誰にも聞こえない声で何かを呟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ