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S-47 「……すまん」

バイレスリーヴ/闘技場/舞台【視点:世界(観測者)】


 シェルクとの激しい攻防を終えたグリンネルは、気付かないうちに体力と気力を限界まで消耗しており、その場に膝をつき、ガクリと崩れ落ちた。


「うグッ……僕たち……勝ったんですか」


 オリアンが傷を庇いながら、体を引きずってキノルとともにグリンネルに歩み寄る。


 その顔には、信じられないという表情と、かすかな安堵が浮かんでいた。


「まだ……油断は禁物」


 キノルは、残り少ない魔力を振り絞って、効果が切れ始めていた身体強化の補助魔法を、グリンネルにかけ直した。


 勝利の余韻。つかの間の静寂。


 それを、場を切り裂くオリアンの悲鳴が打ち破る。


「危ないっ!」


 オリアンの絶叫と同時に、グリンネルの背後――倒したはずのブーアの方角から、強烈な殺気が迸った。彼は反射的に身を躱す。


 直後、グリンネルのいた場所が轟音とともに爆ぜ、舞台の土が深くえぐられ、砂塵が激しく巻き上がった。


 その土埃の向こうに、ゆらりと立ち上がる巨大な影。その影は土埃を吹き飛ばしながら、逃げ遅れたキノルに襲いかかってきた。


「ブーア!?」


 グリンネルは声を張り上げ、絶望的な状況を悟りながらもキノルに飛びかかって庇う。その直後、ブーアの巨大な鉄槌が舞台に振り下ろされ、大地を揺るがした。


 ズドォォォン!!


 その鉄槌の威力は、あのヴュールの一撃にも匹敵するほどの破壊力。


 人間が発揮できる膂力ではない。そして、それを振るうブーアの様子は、明らかにおかしかった。


「グルルル……コロス!コロォォス!!」


 ブーアの目は充血して真っ赤に染まり、体中の血管がミミズのように怒張して浮き上がり、口からは肉食獣のように唾液をだらだらと垂らしている。


 禁断の強化薬ヴィガー・ラクリスの影響により、彼は理性を失い、破壊衝動のみで動く狂人と化していた。


 ■ ■ ■


バイレスリーヴ/闘技場/貴賓席


「これは……いくらなんでも異常ではないか?」


 アウルスは、その異様な光景に心底驚愕し、思わず身を乗り出した。彼の目には、闘技場に立つブーアが、もはや人間ではない「何か」に見えていた。


 その隣で、ザーラムの執政官バージェスは、微動だにせず、口元に薄い笑みを浮かべていた。


「なに、冥界の神ハイデスが彼に与えた力に過ぎん。あるいは、彼らの望みが形になったというべきか」


 バージェスは、《ヴィガー・ラクリス》の効果を知りながら、その地獄絵図に満足していた。


 暴君の笑みが、夕闇の中で深まっていく。


 ■ ■ ■


バイレスリーヴ/闘技場/アドホック陣営控え席


 アドホックは、目の前の光景に顔を覆い、深い罪悪感と後悔に項垂れていた。


 彼は、勝利と道徳という二つの綱の上で引き裂かれ、もはやどちらに進むべきか判断できなくなっていた。


(……すまん)


 彼の脳裏には、覚悟を決めていたはずなのに、その凄惨な光景を目にして、後悔が押し寄せる。狂人化した仲間。


 自らの卑劣な選択。理想のために、仲間を犠牲にした。その代償が、今、目の前で暴れ狂っている。


 そして、舞台では、狂気と化したブーアが、再びキノルに襲いかかろうとしていた。


 ■ ■ ■


バイレスリーヴ/闘技場/舞台


「キノル!離れろ!」


 グリンネルはブーアの次の攻撃の合間を見計らい、キノルを後方へと突き飛ばした。


 ブーアは猛り狂いながら、目の前のグリンネルに、防御すれば死を覚悟せざるを得ないほどの鉄槌を叩き込んだ。


 鉄槌の速度は速いが、ブーアの動き自体は単調だ。シェルクの神速に比べれば対応できる。


 グリンネルはその攻撃を慎重に躱しつつ、体を回転させてブーアの脚の腱を狙って斬りつけようとした。


 ヒュッ!


 その時、ブーアが巻き起こした土埃の中から、光る何かがグリンネルの顔に向かって飛んできた。


「ツッ!」


 グリンネル自身が奇跡だと思えるくらいの反応速度で首を振る。鋭利な物体は彼の頬を浅く掠め、闘技場の壁面に大きな穴を開けて突き刺さった。ニードルだ。


「ケッケッケ!!ヘケッ!ヘケッ!」


 その投擲者は、ザイン。彼の目もまた血走り、体中の血管が怒張して浮き上がり、口からは泡混じりの唾液をだらだらと垂らしていた。ザインもまた、人智を超えた猛威に囚われ、狂戦士化していたのだ。


「まともじゃない!」


 オリアンは彼らの様子が尋常ではないことに気付き、全身の血の気が引くのを感じた。確かに、二人はキノルの魔法により、戦闘不能な状態となっていたはずだ。死んでいてもおかしくない傷を負っていたはずなのに。


 ブーアは、グリンネルがザインのニードル連投の対処に追われている隙を突き、再びキノルに向かって雄叫びを上げながら、鉄槌を振り上げ突進していく。


「させない!」


 キノルは渾身の雷撃クッキー・インパクトを放つ。


 スドォォォン!


「ガハハハァァ!!」


 直撃。しかし、ブーアは僅かに仰け反った程度。彼女の雷撃に動じることなく、狂ったような笑みを浮かべ、揺るぎない特攻を仕掛けてくる。


「うそ、効かない!?」


 困惑するキノルに、ブーアは、その大きな手に握られた鉄槌を振りかざし、大地を揺るがすような一撃を放った。


 ズゥン!!


 グリンネルは、体を滑り込ませキノルを庇い、間一髪でその一撃を躱した。キノルは、グリンネルが作ったわずかな隙から、ブーアの顔面目掛けて再び雷撃クッキー・インパクトを放つ。


 顔面への直撃。だが、やはりブーアは止まらない。


 ブーアとザインは、キノルが魔法を放つのを何のためらいもなく肉体で受け止め、攻撃を続行してくる。まるで痛覚を持たないゾンビのように。


 筋肉のたがが外れ、肉体が壊れることも厭わずに暴れまわる。《ヴィガー・ラクリス》が、彼らを人ならぬ怪物へと変えていた。


「こんなの……おかしい」


 オリアンは、もはやこの戦いで自分の役割(囮)は通用しないことを悟り、二人の意識の外にあるシェルクの動向を見張る役に徹していた。


 連戦となったグリンネルの動きは、ブーアとザインの容赦ない攻撃を捌く中で、徐々に鈍くなっていく。そして遂に、ブーアの鉄槌のかすり傷が、彼の左肩を砕いた。


「グッ!」


 その一瞬。片腕を焼かれながらも、彼らの攻防を冷酷に観察していたシェルクは、その隙を見逃さなかった。彼は、残された気力を振り絞り、音もなくグリンネルの死角へと滑り込んだ。その手には、冷たく光る細剣。


「グリンネル!後ろッ!」


 オリアンが叫ぶ。


 しかし、グリンネルにとってそのタイミングは最悪だった。正面のザインの投擲に対処するため意識を割かざるを得ず、威力的に最も低いであろうシェルクの攻撃を、あえて無視するしかなかったのだ。


 ズシュッ。


 シェルクの細剣が、グリンネルの剣を持つ右肩の関節を正確無比に貫いた。


「グッ……!」


 グリンネルの右肩から腕にかけて、赤い鮮血が滴る。神経を断たれた手から力が抜け、魔剣ドリヒレがカランと音を立てて地面に落ちた。彼はその場に膝をつきそうになるも、よろめきながら何とか後退し、距離をとる。


 しかし、グリンネルは彼らと距離を取ってしまった。これが意味するところは……オリアンとキノルを守る「前衛の壁」が崩壊したということだ。

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