S-46 「まさかの……大番狂わせだぁぁぁッ!!」
バイレスリーヴ/闘技場/舞台【視点:黄金衆シェルク】
「……チッ。使えないゴミ共めッ!」
所詮は三流のチンピラだが、それでも肉壁くらいの役には立つと踏んでいた。それが、あんな小娘の魔法一撃で蒸発するとは。
だが、この結果は彼らの弱さだけが原因ではない。
(あの光……)
あのキノルとかいう小娘が放った、あの翠の光。あれは異常だ。ただの魔力ではない。未知の脅威だ。
(……あの娘は、最優先で処理しなければならない。しかしッ!)
僕の剣技は「柔」と「精緻」。床を滑るような足さばきで、重力など存在しないかのように舞う。呼吸を読み、瞬き一つの遅れも見逃さず、毒蛇のように急所を穿つ。その速度は音速の領域。
常人であれば、剣が煌めいたと認識した時には、すでに肉体は冷たくなっているはずなのだ。
なのに。なぜ、この男は立っている?
「シィッツ!!」
切っ先が男の頬を裂く。だが、浅い。致命傷になるはずの一撃が、紙一重で回避され、あるいは剣で弾かれる。
(なぜだ!貴様は満身創痍のはずだ!)
ヴュールが放った激流で全身を強打し、骨の髄まで悲鳴を上げているはずの死に損ない。私の剣速についてこられる道理がない。小娘の補助魔法か?それとも、死線を越えて成長したとでもいうのか?
「くっ……どけッ!雑魚がぁッ!」
攻撃に、焦燥が混じり始めたのが自分でも分かった。賢く、優雅に、圧倒的な差を見せつけて勝利するはずだった。それがどうだ。泥臭く、血にまみれた奴隷ごときに足止めを食らい、時間を浪費させられている。
男の背後では、小娘が次なる破滅の呪文を紡いでいる。その気配が、チリチリと私の肌を刺す。
(殺す。今すぐ処理する!)
焦燥が剣速を上げる。
だが、僕は冷静だ。奴が後ろの魔術師の詠唱の時間を稼いでいることくらい分かっている。
『死ね!……早くくたばれ!!』
殺意を込めた一撃を放とうとした、その刹那。奴の背後で膨れ上がる魔力を感知する。
(――いまかッ!)
僕は即座に反応し、大きくバックステップで回避行動をとった。
ズドォォォォン!!
耳をつんざく轟音。僕の残像を、翠の雷撃が焼き尽くしていく。
間一髪……。やはり、あの小娘こそが最大のイレギュラーだ。
だが、距離は取れた。中距離戦なら僕の独壇場。
有利を確信し、体勢を整えようとした――その時だった。
「躯に刻まれし、炎破の起源よ、今、剣に宿れ!」
男が吠えた。手に握った赤錆びたような剣が、紅蓮の輝きを帯びる。
「燃え盛る炎の礫となって敵を討て!」
間髪入れずに、小娘が追撃の炎弾を放ってくる。無数の炎の雨。私は舌打ちし、左右に激しくステップを踏んで回避する。当たるものか。こんな単純な弾幕攻撃など……!
(……ッ!?足が!)
回避行動を取った右足が、ズブリと沈んだ。泥濘だ。
ヴュールの水魔法と、先ほどの雷撃で地面が掘り返され、足元は深い泥の沼と化していた。
まさか、僕があのザインと同じ愚を犯すとは。それ程に奴らは、僕を追い詰めていたというのか……。
思考が一瞬、停止する。
その致命的な隙を、眼前の男が見逃すはずもなかった。
男の剣に、莫大な魔力と感情が奔流となって流れ込むのが見えた。その背後に、死んだはずの男――ローカンの亡霊が重なって見えた気がした。
「――翔べッ!!炎波斬!!」
男が剣を振り抜く。
来る。斬撃か? いや、違う。剣から放たれた炎が、生き物のようにうねり、形を成した。
炎の騎馬。
揺らめく幻影が、嘶きと共に、回避不能の速度で僕へと跳びかかってくる。
「なんだと!?」
驚愕に目を見開く。泥に足を囚われた僕は、翼をもがれた鳥も同然だった。
かろうじて身をよじる。直撃だけは避ける――!
だが、幻影の炎は僕の甘い見切りを嘲笑うかのように、左腕へと喰らいついた。
ジュワァァァッ!
肉が炭化する不快な音。遅れてやってくる、脳を焼き切るような激痛。
「ぐぁぁぁ!!」
僕の口から、獣のような絶叫が漏れた。
膝をつく。地面の冷たさと、左腕の焼ける熱さが、敗北の現実を突きつけてくる。片腕を失い、バランスを崩した僕に、もはや戦う力など残されていなかった。
「これはっ、まさかの……大番狂わせだぁぁぁッ!!?」
実況の声が、やけに遠くのほうで聞こえた。




