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S-44 「捨て駒っていうなし!」

挿絵(By みてみん) 

オリアンの決闘大会パーティ

挿絵(By みてみん) 

アドホックの決闘大会パーティ

バイレスリーヴ/闘技場【視点:世界(観測者)】


 闘技場の観客は完全に席に戻っていた。しかし、その熱気は試合開始前とは比べ物にならないほど高まっていた。


 夕闇が徐々に闘技場を包み込み始めるのに合わせ、舞台を照らすための多数の光源が一斉に灯され、会場は黄金色の光に照らされる。


 その光の下で、先ほどの異形の魔物、ヴュールとの死闘の話題が観客席全体に伝播し、会場は再び、興奮と期待に包まれている。


 司会のサファルは、応急的な整地を終えた舞台の前に立ち、高らかに声を響かせた。


「さあ、諸君!この熱き闘技場の真の勝者を決める戦いが始まろうとしている!」


 サファルは、緊張の頂点にある観客たちに向かい声を張り上げた。


「最後の栄光を賭けた戦いは、個人戦か、それともチーム戦か!」


 彼は脇に控えていた係の衛士に、磨き上げられた大きな銀貨を手渡し、指示した。この衛士が、アドホックの手の者と入れ替わっていることも知らず。


「英雄の神の意思を問う刻だ!今こそ、高く投げ上げよ!おもてならば個人戦!うらならばチーム戦とせよ!」


 係の衛士は、サファルの言葉に従い、銀貨を照明の届く限りの高みへと投げ上げた。


 銀貨はきらめきながら回転し、ゆっくりと落下する。観客席の誰もが息を呑み、その行方を見つめた。


 チン。


 銀貨は舞台の湿った土の上に鈍い音を立てて落ちた。


 サファルは、その結果を一瞬で確認すると、その表情にわずかな動揺と落胆の色を浮かべ、再び魔道具アーティファクトに向かって叫んだ。


「なんと……英雄の神が選んだのは、裏!即ち、チーム戦だ!」


 衛士は、両面が裏となっている細工された銀貨を素早く回収し、あたかもサファルに渡された方の正規の銀貨でコイントスを行ったかのようにすり替えて手渡した。その動作は、あまりにも自然で、誰も不正に気づくことはなかった。


 この結果に、貴賓席の来賓たちは口々にささやきあう。


 先の死闘で雄姿を見せたオリアン陣営の勝利を望んでいた者たちは、満身創痍のオリアン陣営が無傷のアドホック陣営とチーム戦で戦うことに、深い懸念を示していた。


「なんてことだ、チーム戦ではあまりに厳しい」


「これは流石に、勝ち目はないだろう」


 しかし、ただ一人、貴賓席のバージェスは、不敵な笑みを浮かべていた。


 薄明るい夕闇の中、橙色のランプの光が、手元のグラスを満たす赤ワインの深紅の色を、血のように濃く、艶やかに照らす。彼は、そのワインを楽しげに傾けながら、眼下の舞台を目を細めて見下ろしていた。


 すべては、計画通り。バージェスの笑みは、深まるばかりだった。


 不正な賽は投げられ、満身創痍のオリアン陣営は、絶望的な戦いに臨むことになる。


 運命の決勝戦が、今まさに始まろうとしていた。


 ■ ■ ■


 司会のサファルの合図とともに、アドホック陣営の剣闘士たちが舞台に姿を現した。


 粉砕のブーア、隠し芸のザイン、そして美貌の剣士シェルク。彼らはヴュール戦に参加しておらず、その表情には一切の疲れが見えない。完全無欠の布陣だ。


 続いてオリアン陣営の剣闘士たちが姿を見せたとき、会場は驚きと戸惑いの渦に包まれた。


 そこにいたのは、傷ついたグリンネルとキノル。そして、誰もが《ただの商人イル》だと予想していた場所に、全く別の人物が立っていたからだ。


 その者こそ、臆病者のオリアン・ワードベック。


「おおっと!どういうことだ!?候補者自らが舞台に立っている!?これは……ルール的に大丈夫なのか?」


 サファルが予期せぬ展開に声を上ずらせる。そこへ、裏でコイントスを行った衛士とは別の衛士が駆け寄り、耳打ちをした。


「ええ……。はい。なるほど!皆さん!!なんと、大会の規定で、候補者にも参戦権が与えられているとのことです!オリアン候補は、捨て駒のイルに代わって、自らの危険を顧みず、戦地に立つことを選んだのかぁ!?だとしたら、とてつもない勇気の男だ!」


「捨て駒っていうなし!」


 イルは一人、控え席で頬を膨らませて叫んだが、その声は歓声にかき消された。


 サファルの実況を聞き、会場は割れんばかりの歓声で湧き上がる。「臆病者」「邪神崇拝者」……そんな悪評に塗れていたオリアンを見る目が、一変した。満身創痍の仲間と共に、震える足で死地へ踏み出したその姿に、観衆は心を打たれたのだ。


 両陣営の剣闘士が、舞台の中央で静かに距離を取り対峙する。


 その瞬間。ブーアが、オリアンを見据えて低く重い声を発した。


「……よお、久しぶりじゃねえか。クソ野郎共」


 ブーアの声は、泥のような憎悪に満ちていた。その巨体が一歩踏み出すだけで、舞台の空気が鉛のように重くなる。


「ヒヒッ、親父が死んでから、ずっと引きこもってたって聞いたぜ?それがどうした、英雄気取りか?」


 ザインが、手元でナイフを弄びながら冷たく嘲る。


 ブーアは、オリアンをじっと見つめ、ゆっくりと口を開いた。


「てめぇの親父には世話になった。牢にぶち込まれてな!」


 その声には、長年燻り続けた恨みが滲んでいた。


「あの正義面した偽善者が死んだって聞いた時はな……仲間と祝杯を上げたもんだ」


 ブーアの目が、歪んだ三日月のように細められる。


「だが、息子はこんな腰抜けの出来損ない。……親父が地獄で泣いてるぜ」


「ヒヒヒ、お前がガキの時、泣きながら震えてた顔、今でも思い出すぜ。『助けて、助けて』ってなぁ!あの時の小便臭い匂いまで覚えてるぜ?」


 ザインが、残酷な笑みを浮かべて追撃する。5年前のトラウマを、鋭利な刃物でえぐるように。


 ブーアは、巨大な拳をバキボキと鳴らしながらオリアンに一歩近づく。


「おめェみたいな臆病者が、親父の後を継ごうってか?笑わせるな」


「エドワルドがどれだけ立派だったか知らねぇが……息子がこのザマじゃあ、あの世で顔向けできねぇだろうなぁ!」


 ブーアの声は低く、しかし闘技場全体に響き渡った。


 オリアンの表情が、一瞬強張る。しかし、彼はその場から一歩も引かなかった。その震える拳には、恐怖だけではなく、静かな怒りの炎が宿り始めていた。


「テメェもだ!よくもあの時は恥をかかせてくれたなァ……。だが、今度は殺す。テメェの手足を一本ずつへし折って、ピーピー泣いてる飼い主の足元に転がしてやるから覚悟しな!」


 ブーアの殺意はグリンネルにも向けられた。

 

 オリアン陣営のグリンネルは《生命の丸薬》で、キノルは《魔力の雫》で、それぞれ最低限の体力・魔力は回復しているものの、疲労の色は隠せていない。


 その傷跡が、ヴュールとの死闘の過酷さを物語っていた。対して、アドホック陣営の剣闘士は、気力・体力とも完璧な状態でこの決戦に臨もうとしている。


「オリアン、開始の合図で俺の後ろへ……死にたくなければ、間違ってもでしゃばるな」


 グリンネルは、隣のオリアンに強いささやきの言葉を伝えた。オリアンは、ブーアたちの罵倒を浴びても、その場から逃げ出すことなく、グリンネルに微かな頷きで返した。


 臆病だった少年が、今、この舞台に立っている。どれだけ罵られても、どれだけ嘲笑されても。その成長が、グリンネルの胸を打った。


「静まれ!静まれ!」


 サファルは歓声を打ち消すように叫ぶ。彼の声は、運命の瞬間を告げる。


「今宵、この闘技場イレーナは、単なる戦場ではない!それは、この国の未来を決める、運命の祭壇だ!」


 サファルの声は、一瞬静寂を生み出し、そして再び雷鳴のように響く。


「未来の勝利者の血潮で大地を潤し、敗者の悔恨の涙でこの土を洗い清めるのだ!さあ、己が剣を取り、運命を断ち切れ!最後の戦い、これより開始せん!」


 ゴォォン……!


 その瞬間、彼の合図に合わせて鐘が打ち鳴らされ、試合開始を告げる鐘の音が轟き渡った。


 運命の決勝戦が始まった。満身創痍のオリアン陣営と、万全のアドホック陣営。散々に罵られたオリアンが、今、その答えを剣で示す時が来た。絶望的な戦いが、今、幕を開ける。


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