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S-38 「いけないな。せっかく皆が自滅しようとしているのに」

バイレスリーヴ/闘技場/舞台【視点:世界(観測者)】


「加勢するぞ!」


 闘技場の舞台に飛び降りたカースラン将軍は、その巨体から轟くような声を上げた。

 隣には、しなやかな身のこなしで着地したジーナ皇女が、鋭い眼光を放っている。彼らは疲労困憊の五人の剣闘士たちに合流し、戦場に新たな風を吹き込んだ。


「カルドウー領を襲った奴より圧倒的に強いぞ!ここで仕留めねぇと、この街がめちゃくちゃだ!行くぞジーナ!」


 カースランは雄叫びを上げ、愛用の巨大な戦斧を軽々と肩に担ぐ。


 その全身からは、幾多の戦場を生き抜いてきた歴戦の風格が溢れ出していた。彼は、迷うことなく真正面から異形の魔物へと突進する。豪快で直情的、それがカースランの戦い方だった。


「御意!」


 ジーナもまた、短く力強い返事を返す。彼女は、カースランの隣を駆け抜けながら、漆黒の盾を構えた。彼女のその姿は周りの者から、まるで守護の神ヘレイラのようにも映った。


 ヴュールは、カースランの突進に対し、青紫の体を弓のようにしならせた。全身の筋肉が圧縮され、まるで巨大なクロスボウのように、三叉の矛を極めて速い速度で突き出す。それは、目にも止まらぬ速さでカースランの心臓を狙う、まさしく必殺の一撃だった。


 ギィンッ!


 咆哮と共に放たれた矛が迫る寸前、カースランの前に銀の影が躍り出た。ジーナだ。


 彼女は、その漆黒の盾をまるで舞うかのように巧みに操り、矛の穂先が触れるか触れないかの絶妙なタイミングで軌道を逸らす。矛は空を裂いた。


 異形の魔物の攻撃は止まらない。


 続けざまに繰り出される矛の突きが、嵐のようにジーナに襲いかかる。


 その一撃一撃は、大地を穿つほどの威力を秘めている。だが、ジーナはまるで水の流れのようにしなやかに動き、最小限の力でそれらの攻撃を全ていなしていく。盾と矛がぶつかり合うたびに、甲高い金属音が鳴り響き、火花が散る。


 冷静沈着、盾の達人。

 ジーナの技は、絶望に覆われた闘技場に、一筋の希望の光を灯していた。


 ジーナの華麗な剣捌きによってヴュールと切迫したカースランが、その巨大な戦斧を頭上高くに振り上げた。


 全身の筋肉が隆起し、その顔には鬼気迫る表情が浮かぶ。帝国最強と謳われる将軍が、ありったけの力を込めて戦斧を異形の海人の胴体に叩きつけた!


「ドォリャッ!!」


 カースランが渾身の力を込めた一撃は、ヴュールの分厚い鱗を確かに砕き、深々とえぐった。だが、その肉体はまるで、絡み合った巨大な蔓で編まれた網のように、受けた力を体全体でいなしてしまったのだ。攻撃が通じている手応えはある。しかし、その一撃は魔物に対して効果の薄いものだった。


「こりゃ叩き切れねぇな!」


 カースランの口から、焦りが混じった声が漏れる。


 その一方で、ファルクレオとグリンネルは、師弟同士の息の合った連携で、異形の海人に対して波状攻撃を仕掛けていた。師匠への想いを胸に、グリンネルは必死に戦う。


 ファルクレオが放つ、目に見えない真空の刃。それは、空気を引き裂き、魔物の身体に幾筋もの白い線を描く。しかし、その攻撃も魔物の特異な形状により威力が吸収され、傷つけるには至らない。


 グリンネルが放つ、灼熱の炎を纏った斬撃。それは、魔物の鱗を溶かし、黒い煙をあげるが、それもまた、魔物の変幻自在の尾によって軽々と打ち払われてしまう。


 彼らの攻撃は、一つ一つが強力なものだった。しかし、魔物のしなやかで強靭な体表の前では、本来の威力を発揮できなかった。


 ズドォォン!!


 光の一閃が、上空から異形の魔物へと降り注ぐ。その輝きは、絶望に満ちた闘技場の一筋の希望の光だった。


 雷に貫かれた魔物は、煩わしそうに上空を見上げた。唯一有効な攻撃は、キノルがファイネの操る大鎌の柄の上に座り、そこから撃ち落とす雷駆魔法だけだった。


 その場の者たちは、この状況を瞬時に理解した。


 カースラン、ファルクレオ、グリンネルは、地上で異形の意識を引き留め、キノルの魔法攻撃を主とした戦術へと切り替えた。


 さらに、物理的な攻撃をジーナが受け流し、大規模な魔法攻撃に備え、ダイアナが魔法障壁で仲間を守るという完璧な陣形が、即席で完成したのだ。


 そして、この即席の連携に、わずかな希望が見え始めた。


 ■ ■ ■


バイレスリーヴ/闘技場/アドホック陣営控え席【視点:世界(観測者)】


 その様子を控え席から見ていたアドホックは、歯噛みした。敵陣営の剣闘士たちが、国の危機を前に、次々と消耗していく。


 国の危機を前に、彼は自陣の剣闘士、ブーアとザインに応戦を促そうと目配せをした。


「いけないな。せっかく皆が自滅しようとしているのに」


 その視線を遮るように、シェルクが静かに立ち塞がる。


 その表情には、すべてを見透かしたかのような冷たい笑みが浮かんでいた。シェルクは、ブーアとザインから見えないよう、アドホックの喉元に剣の切っ先を突きつける。


「おめぇ、他所もんが!俺たちの街だぞここは!」


 ブーアが、特有の喧嘩腰でいきり立つ。その隣では、ザインが薬物中毒特有の爛々とした目でシェルクを睨みつけた。


「まさかアンタがあの怪物を呼んだんじゃないだろうな!?」


 ザインの言葉に、シェルクは静かに首を振る。


「濡れ衣だな。僕からすればよっぽどオリアンが怪しい。ま、何でもいい、あまり煩くすると、薬と金は流さないよ?いいから黙って見てるんだね」


 シェルクは静かに二人を威圧する。薬物中毒で身体を震わせるザインは、完全に彼の掌中だ。ブーアもまた、仲間のチンピラたちが薬に浸かっているため、下手にシェルクを刺激して薬が断たれることを恐れ、怒りを収めざるを得なかった。


 アドホックは、屈辱に顔を歪ませながら、闘技場を見下ろす。


 彼の正義感と、目的を達成するための非情な決断が、複雑な心境となって彼の心を支配していた。彼は、この国を彼が思う良い方向に導きたい。だが、そのためには、この男に従うフリをしなければいけない。


 絶望的な状況の中、闘技場で戦う剣闘士たちの姿が、彼の目に焼き付いていた。

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