S-34 「まだ、この差が……!」
バイレスリーヴ/闘技場/舞台【視点:商業者ギルド会長ルーガット】
ボウズが怪しい動きを見せたかと思うと、突如手に持ったその剣が燃え盛る炎を纏った。
それはファルクレオ仕込みではない。新たなボウズの力だ。
奴とは、別れて久しい。当時の儂と奴の関係は、奴隷商と数多の奴隷の一人に過ぎなかった。しかし、当時から異彩を放っていたボウズが、今目の前で、これほどの成長を遂げた姿を見せている事には、感慨深さを覚えずにはいられない。
あの頃の泥だらけの原石が今、これほどの輝きを見せるとは。気付いたら、自然と笑みがこぼれていた。
(ほう、やるではないか、ボウズ)
儂は、しがない宝石商から奴隷商、そして今の立場まで成り上がる中で、様々な人物や村、町、国の栄枯盛衰に触れてきた。経験から得た多くの悟りなかで、最も揺るぎないものだと感じているのは、「人は死ぬ際に何を残したか」だ。
後世に、「財」を残せば、後継の者達の争いを生む。「名」を残せば、歴史にその者の軌跡は刻まれるが、先祖の栄光に縋る怠惰な子孫を生みかねない。では、何を残せば良いのか。
それは「人」だ。
この世界には宝石の原石が至る所に転がっている。それらは、自らの努力で輝く者もいるが、手を差し伸べなければ、泥に埋もれて輝くこと無く終わってしまう者もいる。
ならば、去りゆく者は、その輝ける可能性のある原石を一つでも多く拾い上げ、未来に託す。そして、この精神が受け継がれてゆけば、その者の周りは、後世に至れば至るほど、多くの輝きが増していくだろう。
儂は、その思いで、グリンネルという原石を拾い上げた。奴は、見事に自分を磨き、唯一無二の輝きを放つ存在となった。
「人」を残す。儂からすれば、かつての原石が、自らの足で立ち、輝きを放つこと以上に、喜ばしいことはこの世にない。
■ ■ ■
バイレスリーヴ/闘技場/舞台【視点:奴隷剣闘士グリンネル】
司会者、サファルが、興奮を隠しきれない様子で叫んだ。
「信じられない展開です!奴隷剣闘士グリンネル、彼の剣が炎に包まれました!この熱い炎が師弟対決の行方を左右するのか!」
俺は、師匠との体術の応酬で消耗しきった体に鞭を打ち、自らの片手剣に魔力を全て注ぎ込む。剣身に紅い炎がゆらめき、夕闇が迫る闘技場を鮮やかに照らし出した。
(これで、全てを出し切る……!今の俺の全てだ!)
炎を纏った剣を、師匠へと向ける。奴隷として生きてきた日々、必死に這い上がってきた日々、そのすべてを込めた一撃を。
師匠は、その様子を、わずかに目を見開き、静かに見つめていた。その口元は、まるで弟子の成長を喜ぶかのように、わずかに微笑んでいるようにも見えた。無口な師匠が、言葉ではなく、その表情で「来い」と語りかけているかのようだった。
俺は、炎の勢いそのままに攻勢に出た。低く身構え、火炎を纏った剣を横に薙ぐ。
「炎波斬!!」
剣身から放たれた炎は、三日月状の斬撃となり、炎と金属が風を切るような鋭い音を立てて師匠へと飛んでいく。
ゴオオォォッ!
炎の斬撃が迫るも、師匠は微動だにしない。彼は大剣を盾のように構え、その巨大な刀身で炎の斬撃を真正面から受け止めた。
バチバチッ!!
火花が散る。炎は霧散し、凄まじい熱気が闘技場に広がった。
怯まずさらに炎の斬撃を放つ。
連続で放たれる炎の斬撃が、師匠に襲いかかる。
師匠は、巨体に見合わない大剣を巧みに操り、すべての攻撃を弾き、受け流していく。
俺たちの間には、炎と鋼鉄がぶつかり合う音が絶え間なく響き渡っていた。
この間も、師弟の間に言葉はない。ただ、剣と剣が語り合うだけ。それが師匠の教えだった。
しばらくの間、炎の斬撃を放ち続けた。その一撃の炎が、師匠の防御をかいくぐり、喉元へと迫った、まさにその時。
「ぬぅん!」
師匠が短い唸り声を上げた。彼は一瞬の間に体をひねって炎を躱し、右手に持った大剣の刀身を横にして大きく振り回した。
ブォン!!
空気を押し退ける重い音と共に、師匠の前方に真空波が巻き起こる。その暴力的な風は、俺の炎を消し飛ばしただけでなく、そのまま体を貫いた。
「がはっ……!」
強烈な衝撃が全身を襲い、大きく後方へと吹き飛ばされた。
「な、何と!皆さん、信じられますか?!ファルクレオは魔法ではなく、その圧倒的な筋力で真空波を作り出し、弟子の炎を打ち消してしまった!」
土埃の中、地面に片膝をついたまま、震える手で剣を握りしめている。肺は再び空気を絞り出され、全身が悲鳴を上げていた。
(この差だ……!まだ、この差が……!)
奴隷から這い上がり、ここまで来た。だが、まだ足りない。まだ、師匠には届かない。
師匠は、その大剣の先を見据え、ゆっくりと、しかし確実に、俺のほうへと歩み寄ってくるのだった。その一歩一歩が、勝負の終わりを告げるように、重く響いた。




