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S-30 「クッキー・インパクト!」

挿絵(By みてみん)オリアン決闘大会パーティ

バイレスリーヴ闘技場/舞台【視点:学園長ダイアナ】


「今どきの若い子は、使いこなせもしないのに派手な魔法を使いたがるものだけれど?」


 私は、魔法障壁の中で微笑んだ。彼女がどんな魔法を学ぶことに影響を受けたのか、純粋に興味があったのだ。


「師匠が、古めかしい考えの持ち主なので」


(その頃、書店で書をしたためていたニーネッドが、大きくくしゃみをした。)


 彼女は私の問いに、動揺することなく答えた。表情筋が死んでいるのかと思うほど冷静だが、放たれる魔力には焦りの色が混じっている。


「ふふ、そう」


 キノルの放つ火球は、どれもが驚くほど高い精度で、私の魔法障壁のわずかな穴を探すように飛んでくる。火球自体は基礎的な魔術だが、寸分の狂いもない軌道と、一撃一撃に込められた重たい魔力は、彼女の非凡な才能を物語っていた。磨けば光る。いや、すでに光り始めている原石だ。


(あの年の頃の、粋がっていた私に、あの子のようなことができたかしら)


 私は、魔法障壁で彼女の火球をあえて受け流し、霧散した魔力を氷の刃として再構成して跳ね返す。同時に、得意の水氷魔法で足元を凍らせ、彼女の動きを牽制する。


 若い子の体力と瞬発力に、老いた身で勝負するのは愚策だ。だから、盤石の守りで相手を消耗させ、心を折り、確実に倒す。それが「大人の戦い方」だ。


 私は、必ず彼を殺すために、この戦いに勝たなくてはならない。チラリと視線を動かす。貴賓席の近くに設けられた特別席。


 そこでこの試合を眺めている、アドホック陣営の一人の青年、シェルク。あの頬の生傷から感じた魔力の残滓。それは、ローカンの魔剣ドリヒレに帰属するもので間違いない。


 彼の姿を捉えた瞬間、私の心はざわめいた。冷たい殺意が、魔力の制御を一瞬だけ乱す。


「あら……」


 その一瞬の隙を捉えたのか、飛んでくる火球の量が急激に増えた。弾幕のような連射。


(流石、相手の視線まで、よく観察しているわね)


 私は感心しながら、障壁の出力を上げてそれを弾き返した。


 ■ ■ ■


バイレスリーヴ/闘技場/ルーガット陣営控え席【視点:商業者ギルド会長ルーガット】


 ダイアナとキノルの激しい魔法の応酬が、闘技場を揺らしていた。


 その光景を、儂は控え席から静かに見守っていた。だが、儂の瞳は、目の前の戦いではなく、遠い昔の記憶を映し出していた。


 あれは、まだ互いが幼かった頃のこと。貧しい商人の家系に生まれた儂は、身体が弱く、いつも病に伏せっていた。周囲の子どもたちからいじめられても、儂は何も言い返すことができなかった。


 ある日、いつものように路地裏で泣いていた儂の前に、一人の少女が現れた。それが、ダイアナだった。


「あなた、どうして、泣いているの?」


 彼女はそう言うと、泥だらけの儂の手を優しく取った。彼女の手は温かく、その温もりは儂の凍えた心を溶かしていった。


 彼女は、魔法を使うことが得意だった。彼女が魔法を使うと、その周りには、薄い光の壁のようなものが張り巡らされた。それは、儂をいじめっ子たちから守る、強固な盾となった。


「仕方ないわね。これからは、私が守ってあげる」


 ダイアナの言葉は、儂の心に深く刻まれた。儂は、ダイアナに守られるだけの存在ではいたくないと誓った。儂は、ダイアナを守るために、彼女の魔法と同じくらい強固な、金と権力という名の盾を手に入れることを決意した。


 儂は、ダイアナとの約束を守るために、弱かった自分を捨て、商人として頭角を現していった。手段を選ばず、泥水を啜り、今の地位を築き上げた。しかし、儂は、決してダイアナとの友情を忘れることはなかった。


 そして、今、ダイアナは、儂のために戦っている。老いてなお、彼女はあの頃と変わらぬ気高く強い心を持っていた。儂は、その凛とした姿を見つめながら、幼き日の約束を胸に刻んでいた。


(……頼むぞ、鉄花。儂の誇りよ)


 ■ ■ ■


バイレスリーヴ/闘技場/舞台【視点:学園長ダイアナ】


(一つ一つの火球に込めた魔力自体は減っているようだけど、これだけ増やせるってことは……さて、魔力はいつまで持つかしら)


 私は彼女の口元を観察し、詠唱の内容を読み取った。魔法は、詠唱しなければ発現しない。術者が何を唱えようとしているか、口元で読み取ることができれば、対応は容易だ。


(さらに火球の量を増やしてくるのね。駄目じゃない。魔術師相手にそんなはっきりと口を開いて詠唱したら)


 私は、魔法障壁に注ぐ魔力量を上げ、さらなる連打に備えた。同時に霧散した魔力を利用して、彼女の足元に氷の棘を発生させ、移動を制限する。


「なんという魔法合戦!これが本当に本屋の店員と議会議員の戦いなのか!だが、キノルの攻撃は一発もダイアナに届いていない!」


 司会者サファルが叫ぶ。会場は興奮に包まれ、観客たちの顔は赤く上気している。


 キノルは再び火球を放った。これまでよりも遥かに速く、そして正確。ダイアナの魔法障壁を揺らし、その光を明滅させる。だが、私は動じることなく、すべて受け止めた。霧散した魔力から氷の刃を生成し、キノルに放つ。


 シュッ!


 氷の刃がキノルの頬をかすめる。赤い線が走った。キノルは一瞬怯むが、すぐに体勢を立て直し、再び火球を放った。だが、その動きには明らかな疲労が見える。


「これは分が悪い!本屋の店員は、このままではジリ貧だぁ!」


 その言葉が、私の耳にも届いた。私は、その言葉に微かに口角を上げた。


(そう、このままでは、ジリ貧。この子の魔力はいつか尽きる。その前に、一撃でもいい、私に有効な一撃を叩き込みたいのでしょう。……その焦りが、貴方を蝕んでいくのよ)


 そして、彼女は、これまで口にしなかった、強い魔力を込める言葉を、呪文に加え始めた。


「炎よ、荒れ狂え……!」


(心が揺らいだ?いいのかしら?この火球の量に、そんなに魔力を上乗せしてしまうと、流石に長くは持たないわよ)


 私は、魔法障壁をさらに強固に展開し、粘り強くその時を待つ。魔力探知で残存する魔力を予想するところによれば、彼女は間もなく息切れを始めるはずだ。


 私の視界の端には、憎き敵――シェルクの姿が映っていた。彼の剣技は厄介だ。私の魔力を少しでも多く残しておく必要がある。この子との遊びは、もう十分。終わりを早めるため、こちらの攻撃の手数も増やそう。


 火球一つ一つの魔力が弱まっていく。弾数も徐々に減ってきた。それに合わせて、術者であるキノルの無表情は崩れ始め、口を開いて疲労の色が顕著に見えている。肩で息をし、杖を持つ手が震えている。


(……限界ね)


 私の魔力はまだ四分の一も使っていない。しかし、この後の対戦は物理戦が想定される。対魔法の魔法障壁と比較して対物理の魔法障壁は、魔力消費の効率が悪い。だから、この戦闘で、これ以上消耗しない内に決着をつけるべきなのだ。


 魔力探知で彼女の頭の頂点から流れ出る魔力は、糸のようにか細い。あれほどに重かった火球も、今はただの火花のように軽くなり、それを弾くための魔力はほとんど必要なくなってきている。


「よく頑張ったわね」


 私は、これまでのキノルの奮闘を労いつつ、この一撃で全てを終わらせることを決意した。魔法障壁に割いていた魔力の大半を、一気に攻撃用の水氷魔法へと転換し、集中させる。


「これで終わりよ」


 キノルの魔力は、もはや風前の灯火。空に浮かぶ無数の氷柱が、私の意志に応え、キノルの頭上を覆うように形成されていく。


 その時だった。キノルの口元が、これまでとは違う動きをした。


「うん、これで終わり」


 疲れ切っていたはずの彼女の瞳に、鋭い光が宿った。


(まさか――!)


 直後。私めがけて、轟音とともに激しい雷光が迸った。


「っ!」


 私は、水氷魔法の操作を中断し、咄嗟に魔法障壁に魔力を戻そうと試みる。だが、間に合わない。魔力を攻撃に回した一瞬の隙。障壁が最も薄くなったその瞬間を、彼女はずっと待っていたのだ。


 彼女は不利属性の炎破魔法しか使えないふりをして私の目をくらまし、魔力が尽きた演技までして、私が「勝った」と確信するその瞬間を待ち続けていた。次の試合への焦りと、若者への慢心が、私の守りを緩めるその一瞬を。


「受け取って。私の激ヤバ・クッキー」


 キノルの声が、雷鳴に混じって耳に届いた。


 ズドォォォォン!!


 視界が真っ白に染まる。身体を突き抜けるような激しい衝撃。思考が白雷に焼かれる。私の放った氷柱のいくつかがキノルの身体を掠める光景を最後に、私の意識は遠のいていった。


 ■ ■ ■


バイレスリーヴ闘技場/舞台【視点:世界(観測者)】


「なな、なんと!まさかの大番狂わせ!鉄壁を誇っていたダイアナの僅かな隙を、キノルが狙ったぁ!!」


 司会の興奮以上に、会場の大歓声がやまない。土煙が晴れると、そこには倒れ伏したダイアナの姿があった。


「ダイアナ!」


 ルーガットは倒れ伏したダイアナの元へ駆け寄り、慌ててその首筋に指を当てた。

 トクン、と脈打つ確かな鼓動と、繰り返される呼吸音。


 彼女の命が無事であることを確認すると、彼は心底安堵した表情で天を仰いだ。そして、意識のない彼女を安心させるかのように、その背中を大きく包み込むように抱きかかえた。


 キノルはそんな二人の姿に安堵の息を吐き、ゆっくりときびすを返した。

 

 だが、数歩と進めない。

 

 ガクン、と膝が笑い、その場に崩れ落ちる。指先一つ動かせないほどの鉛のような脱力感。あの一撃で、魔力の底まで完全に絞り尽くしてしまったのだ。


「キノルさん!」


 オリアンとグリンネル、イルが彼女に駆け寄った。キノルはグリンネルの肩を借りて、なんとか控え席まで戻っていく。その横顔には、疲労困憊の中にも、役割を果たしたという微かな誇らしさがあった。


 キノルが控え席に戻り、ダイアナが担架で衛士達に運ばれて行くまで、両剣闘士に対する拍手喝采は鳴りやまなかった。


 オリアン陣営は、格上の強敵を相手に、知恵と忍耐で貴重な一勝を勝ち取った。しかし、この勝利の代償として、キノルは魔力を使い果たしてしまった。


 残る剣闘士は、グリンネル一人。そして、相手には、あの英雄ファルクレオが控えていた。

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