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S-26 「悪い予想が当たった」

挿絵(By みてみん)

オリアンの決闘大会パーティ

挿絵(By みてみん)

ルーガットの決闘大会パーティ

バイレスリーヴ/闘技場/舞台【視点:臆病者オリアン】


「なんということだ!信じられない!誰もが諦めかけていたその時、オリアン・ワードベック氏が、今、この舞台に舞い降りた!」


 司会者、サファルの叫びが、魔道具アーティファクトによって会場中に雷鳴のように響き渡る。その興奮は、数万の観客の歓声と混ざり合い、闘技場全体を熱狂の渦へと巻き込んだ。


 歓声の波が、僕の疲弊した身体を強く押し上げる。


「彼はこの決戦を前にして、我々を、そして何よりも彼自身を信じ続けたのです!この絶望的な状況からの奇跡の生還に、心からの祝福を!」


 サファルは、興奮冷めやらぬ中、手にしていた一枚の金貨を、眩しい照明の下で高々と掲げた。


「さあ、続いては、英雄の神ゾーディアの意思を問う刻だ!今こそ、高く投げ上げよ!おもてならば個人戦!うらならばチーム戦とせよ!」


 係の衛士が、サファルの指示に従い、銀貨を天空へと放り投げた。銀貨は宙を舞い、光を反射しながら目まぐるしく回転する。そして、乾いた土の舞台の上に鈍い音を立てて落ちた。


 サファルは、その結果を一瞬の沈黙の後に確認すると、再び魔道具アーティファクトに顔を向けた。


「決まりました!ゾーディアが選んだのは、表!本戦は、2本先取の個人戦です!」


 そのアナウンスを聞いた瞬間、僕は安堵に胸をなでおろした。


 チーム戦ならば、実質戦力はグリンネルとキノルの二人で、勝ち目は薄い。しかし、個人戦ならば、戦力となる二人が勝てばいい。イルを捨て駒として最も強い相手にぶつけ、無力化することで、安全に敵戦力をいなすことができる。


 僕は対戦相手のルーガットさんに視線を向けた。


 細身の体に、上質な服を身につけた彼は、舞台の向かいで鋭い眼光を光らせている。


(父さんと肩を並べた大商人……)


 かつて、父がルーガットさんのことを語る際に、決まって口にしていた言葉が脳裏に蘇る。


「あの男は、決して正面からぶつかってくる愚を犯さない。あらゆる可能性を読み、最も確実に勝てる道を見つける。そして、その道筋を、完璧な采配で実現させていくのだ」


 今、その慧眼が、僕に向けられている。


 僕は、控え席へと向かう際、無意識のうちに拳を強く握りしめていた。


 控え席は、観客席の下、湿った土の匂いが立ち込める薄暗い場所だった。そこに、僕の仲間たちがいた。イル、グリンネル、そしてキノル。


 僕は、勝利への希望を託すように、彼らの顔を見つめる。しかし、グリンネルの表情は、一瞬にして凍りついた。彼の視線は、僕たちの控え席から、対角線上にあるルーガット陣営のそれへと向けられていた。


「悪い予想が当たった。ルーガット陣営には、俺の師、ファルクレオがいる」


 グリンネルは震える声で呟き、壁際で腕を組むファルクレオを見つめた。


「俺はあそこまで怪物的な人間は見たことがない。だから、他の剣闘士の実力は分からないけど、敵陣の最強はファルクレオだと思う」


 グリンネルは頭を抱えた。


「彼に、勝てますか?」


 縋るように、しかし、聞きづらい質問をグリンネルとキノルに投げかけた。その声は、震えていた。グリンネルは、その問いに即答できず、ただただ、苦笑いを浮かべるしかなかった。


「あの時のライカンスロープと同じだ。勝てる人間なんて、いるのかな」


 その言葉は、まるで口からこぼれ落ちたかのように無力感に満ちていた。僕は、グリンネルの言葉を聞いて静かに頷いたキノルに視線を向ける。


「私もムリ」


 彼女の言葉は、まるで揺るぎない真実を述べるかのように淡々としていた。


「私は、聞かれることすらないんだ!」


 その隣で、イルは両手を口に当てて、あざとくショックを受けた表情をつくった。その声は、冗談めかしてはいるものの、この場の深刻な雰囲気を変えることはできなかった。


 それでも、始まる前からあきらめることなんか、僕には許されない。


 僕にできることは、ルーガットさんの思考を読み解き、彼がどの順番で剣闘士たちをぶつけてくるかを予想し、その相手に応じた最善の順番で剣闘士を送り出して勝率をあげることだ。


 僕は、グリンネルとキノルの戦闘スタイルを再考する。


 遠距離型の魔術師のキノルは、懐に入りこまれたら勝ち筋はない。魔法対魔法や魔法対飛び道具の相手の他、動きが遅い重量級の相手であれば対等もしくは有利に戦えるだろう。


 対してグリンネルは身軽さが売りの近距離型の剣士。動きの遅い相手や、遠距離型でも懐に入り込めれば有利に戦えるだろう。


 僕は、目を凝らし、ルーガット陣営の控え席を見た。ルーガット陣営の他の剣闘士は、仮面を被った大鎌持ちや、ローブを深く被っている人影など、全く判断がつかない。


 最も勝率の高い組み合わせは、イルとファルクレオをぶつけて、相手の戦力をいなしつつ、グリンネルとキノルを温存。グリンネルを大鎌持ちにぶつけて速さで圧倒し、キノルで最後の一人を倒し切るというものか。


 では、ルーガットがどの順番で出してくるかを思案した。


 父はルーガットを「根っこは気が早い人物」と評していた事を思い出す。だとすれば、初めに勝ちを取って、試合の流れを掴むのが彼のやり方なのかもしれない。


 すなわち、ルーガットは最も強力な手札、ファルクレオを一番手で出してくる。それに最も有効なのは、捨て駒であるイルをぶつけることだ。


 しかし、その考えはあまりにも単純すぎるのではないか。ルーガットの慧眼を思い出し、焦りが募った。


(僕の思考など、あの人には手に取るように分かるのかもしれない)


 もし、僕がイルを一番手にぶつけると読んで、別の手を出してきたらどうなる?裏の裏を読み、グリンネルを一番手で出すべきか?いや、それこそ彼の思うつぼかもしれない。


 頭の中で何十もの可能性が駆け巡り、混乱していく。


(どうすればいいんだ……)


 時間がない。司会のサファルが、僕たちに早く剣闘士を選ぶように急かしている。


 僕の全身から冷たい汗が噴き出すのを感じた。心臓が早鐘を打つ。この一手が、この国の未来、そして仲間たちの運命を左右する。


 僕は、震える声で決断を口にした。


「い、イル、さん。一番手、お願いします」


 油断して革袋から葡萄酒を飲んでいたイルは、一瞬「へ?」と首を傾げた。しかし、僕のただならぬ雰囲気を察し、すぐに理解したのか、彼女は反応を改め、真剣な眼差しで僕を見つめる。そして、微笑んだ。


「いいよ!」


 その言葉には、一切の迷いがなかった。イルは、僕の決断を尊重し、そして、それに従うことを誓ったのだ。


 僕は、ルーガットが最強の手札であるファルクレオを先手で切ってくると予想した。彼は、この初戦で確実に勝利し、その勢いでこの戦いの流れを掴もうとするだろう。だからこそ、僕は、捨て駒であるイルをぶつけることに決めた。


 ただの商人?のイルは、ファルクレオに勝てない。それは、イル自身も、そしてグリンネルやキノルも、誰もが理解していたであろう現実だ。


 しかし、僕たちにはこの道しかなかった。イルをぶつけ、ファルクレオを無駄に切らせることで、グリンネルやキノルが戦うための道を開く。


 これは、勝利への唯一の道だった。

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