S-21 「彼等は後ほど、しばいておきます」
バイレスリーヴ/闘技場【視点:世界(観測者)】
「では、これより、明日の決闘大会に出場する、各候補者の剣闘士による武闘演舞が始まります!」
金髪に色黒の肌をした、赤い目が特徴の快活そうな中年男性が、そのよく通る声を魔道具を使って会場中に響き渡らせた。
「司会は私、ディーミディウム興行団のサファルが務めさせていただきます!」
彼は熟れた振る舞いで、会場の四方にやや大げさな動作で深々と礼をする。
■ ■ ■
第一演舞:ブーアの巨体(アドホック陣営)
「では早速行きましょう!アドホック陣営の剣闘士、一人目は上級冒険者、《粉砕のブーア》!対するは、帝国万騎軍の兵士たちです!」
司会の号令と鐘の合図により、山のような巨体の持ち主、ブーアが舞台に立った。彼と対峙する三人の帝国兵。模擬試合ゆえ、殺傷行為は禁止され、ブーアの得意武器である鉄槌は、巨大な木槌に変えられていた。対する兵士たちの武器は、あえて殺傷能力の削がれていない金属の片手剣。これは、ブーアの「力の差を見せつける」という傲慢な自信の表れだ。
演舞開始の鐘が鳴る。
帝国兵たちは、三方向から一斉に斬りかかった。ブーアは動じない。彼は、迫りくる三本の剣を、まるで虫を払うかのように、軽々と木槌で叩き落とした。キン!ガキン!鈍い音が響き渡る度に、帝国兵たちの剣は不自然に歪み、その衝撃で腕が痺れて剣を落とす者が現れた。
「おいおい、そんなもんなのか?お前らの騎士道精神はよぉ!」
彼は嘲るように声を上げると、地面に落ちた剣を拾い上げ、力任せに手の中で折り曲げた。観衆は、その残虐なパフォーマンスに、熱狂と同時に本能的な恐怖を感じていた。
「なにやってんだ、情けねぇ」
その様子を来賓席で見ていた、威厳のある壮年の男、《帝国万騎軍》の将軍、《カースラン・ジス・グレングラン》は、黒い革手袋をはめた大きな手で目を覆った。彼は、この大会の来賓として、バイレスリーヴ議会から招待されていた。
「彼等は後ほど、しばいておきます」
カースランの隣には、氷のような端正な顔立ちをした銀髪の中性的な雰囲気を漂わせている女性が立っていた。彼女は、帝国万騎軍の一番隊隊長であり、帝国皇帝ソラスの第弌皇女、《ジーナ・マグ・ファラン》だ。
その冷たい視線が、今まさに舞台へと向かうザインの姿を捉えていた。
■ ■ ■
第二演舞:ザインの妙技(アドホック陣営)
続いての演舞は、上級冒険者ザインと《帝国千弓軍》の兵二人。ザインの武器は木製の短剣二本。
ザインは木製の短剣を空中で回転させるなど巧みに操りながら、飛び交う矢を全て弾き切る。そして、驚くほどのコントロールで短剣を投擲。二人の弓兵の頭部にそれぞれ命中させたところで、模擬戦終了の合図が鳴る。
■ ■ ■
第三演舞:シェルクの精緻(アドホック陣営)
そして、アドホック陣営最後の剣闘士は、美貌の青年シェルク。彼の頬には、赤い一閃の生々しい傷が際立っていた。その傷を見たダイアナは、瞳の中の憎悪の炎をさらに燃え立たせた。一方、彼の登場で、その美貌に打たれた観客たちから黄色い声援が送られる。
「アレが……噂の」
カースランが呟き、視線を合わせたジーナが静かに頷く。二人は既にシェルクに関する情報を共有しているようだ。
シェルクの武器は、ただの細い木の棒。対して相手は五人の帝国兵。片手剣、槍、弓、魔法、そして斧。あまりに無謀で、自己顕示欲の塊だと、男性陣の低い評価が飛び交う。しかし、それは模擬戦が始まる前までだった。
司会の号令と鐘の音が響く。
その瞬間、シェルクは地面を鋭く蹴った。まず狙ったのは遠距離攻撃を仕掛ける弓兵だ。弓兵が矢をつがえるよりも早く、シェルクは一瞬で間合いを詰め、細い棒の先端で弓の弦を正確に叩き折った。
次に、シェルクの視線は魔法兵に向けられた。シェルクは魔法兵に接近し、棒の側面で喉仏を正確に打った。魔法兵の詠唱が不自然に途切れ、そのまま膝から崩れ落ちる。
遠距離の脅威を無力化すると、シェルクは流れるように近接兵たちへと向かう。片手剣兵の剣の軌道をわずかに逸らし、その隙に懐へ入り込み、棒で鳩尾を突く。男は呻き声を上げて後退した。
間髪入れずに、斧兵の重い一撃が振り下ろされる。シェルクは斧の重さを利用するかのように、体を半回転させ、その勢いをいなす。そして、懐に深く入り込んだところで、斧兵の腕の関節を棒で叩き、武器を手放させた。
最後に残ったのは槍兵だ。槍が放つ正確な突きを、シェルクは最小限の動きでかわし続ける。そして、槍が完全に伸びきったその瞬間、シェルクは棒で柄の先端を強く叩いた。木製の柄がしなり、衝撃で槍兵は武器を弾き飛ばされた。
すべての敵を無力化した後、シェルクは静かに棒を構え直した。彼の呼吸は乱れておらず、表情にも一切の焦りがない。わずか数十秒の出来事だった。観衆は、その圧倒的な強さと優雅さに、ただ息をのむことしかできなかった。
静まり返った闘技場は、シェルクの退場とともに地鳴りのようなどよめきが起こる。
「ふーむ……これ程とは……」
カースランは、これまでの調子とはうってかわり、シェルクの戦い方を注意深く観察していた。それは、一人の武人としてではなく、指揮官としてのものだった。
「《百影》の情報が確かなら……脅威どころの話ではないですね」
ジーナもカースランと同じく、シェルクの身体、剣術のほか、その動きから彼の思考を読み取ろうと注意深く観察していた。
二人は彼の存在に関して、何らかの情報を得ているようだった。
■ ■ ■
第四演舞:ファイネの異形(ルーガット陣営)
暫くの間を置き、ルーガット陣営の剣闘士による武闘演舞の開始の合図がなされた。一人目は、不気味な仮面をかぶり、全身ローブをまとった人物、ファイネ。
常に身体を横に揺らし、まるで幽霊のような存在に見える。その異形に、観客らは不吉さを覚える。その感情を増幅させているのは、木製ながらも死神の鎌を思わせる大鎌だ。
その異形に対峙するのは、弓、片手剣、魔法の三人の兵士たち。心なしか、対峙する彼らに動揺の色が見える。
司会の号令と鐘の音が、静寂を切り裂く。
その瞬間、ファイネは地面を蹴ることなく、まるで氷上を滑るかのように、スッと身を滑らせた。最初に反応した弓兵が矢を放つ寸前、ファイネはまるで突風に流された木葉のように弓兵の背後に移動した。ヒュンと風を切る音と共に、大鎌の柄頭が弓兵の首筋に正確に叩き込まれる。弓兵は呻き声一つ上げられず、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
次に、片手剣兵が斬りかかってきた。鋭い剣閃がファイネのローブを掠めるが、ファイネは意にも介さない。再び、物理法則を無視したような滑る移動で剣兵の側面へ。その動きは予測不能で、まるで幻影を見ているかのようだ。
剣兵が体勢を立て直す間もなく、ファイネの大鎌が横薙ぎに払われ、剣兵の脇腹を鈍い音を立てて打ち据え、男は吹き飛ばされた。
残るは魔法兵一人。魔法兵は焦りからか、詠唱を早め、ファイネに向かって炎球を放つ。しかし、ファイネはその炎を直視することすらせず、大鎌を頭上に掲げた。次の瞬間、舞台に突如として強い突風が吹き荒れる。ゴーッという唸り声と共に、炎球はあらぬ方向へと押し流され、上空に逸れて霧散した。風属性の魔法。それは、不気味な移動と合わさって、対戦相手の予測を完全に外す。
魔法兵が怯んで動きを止めた隙を逃さず、ファイネは再び滑るように接近する。大鎌の切っ先が、魔法兵の心臓を指し示した。その動きはまるで本物の死神が魂を刈り取るかのよう。魔法兵は恐怖に顔を引き攣らせ、その場にへたり込んだ。
ファイネは、無力化した兵士たちを一瞥することなく、再び舞台の中央へと静かに滑っていった。観衆は、その異常なまでの強さと不気味さに、畏敬の念と恐怖が混じり合った沈黙を捧げていた。
「おっそろしい化け物だな!何者だ!?」
カースランは目を丸くしてその試合を凝視していた。
「うーむ……」
ジーナは眼下の戦いを見て深く考えこむ。
■ ■ ■
第五演舞:ファルクレオの暴威(ルーガット陣営)
ファイネが退場する。そして、いつの間にか武闘演舞の舞台に、一人の男が静かに立っていた。
その名はファルクレオ。肉厚な胸板と、獣のようにしなやかな体躯を持つ彼は、ただそこに立っているだけで、周囲の空気をねじ曲げているかのようだった。彼の向かいには、片手剣を構えた二十人もの帝国兵が、巨大な円陣を組んでいる。ファルクレオが手にしたのは、模擬戦用の木剣一本。
試合開始の鐘が鳴る。
二十人の兵士は、一斉にファルクレオへと斬りかかった。しかし、ファルクレオは動じない。彼は、まるで獲物と戯れる猛獣のように地面を蹴った。
その跳躍は、人間離れしていた。重力から解き放たれたかのように、彼は数人の兵士の頭上を軽々と飛び越え、背後へと着地する。
兵士たちが一斉に振り返るより早く、ファルクレオの剣が唸りを上げた。木剣の平打ちが、兵士の側頭部を鈍い音を立てて打ち据える。男は脳を揺さぶられ、その場に崩れ落ちた。
次いで、背後から迫りくる剣撃を、ファルクレオは体をひねって回避する。その瞬間、彼は地面に片手をつくと、その勢いのまま、まるでバネのように体を捻り上げ、再び跳躍した。
彼の体が宙で回転する度に、次々と帝国兵が吹き飛ばされていく。
それは剣技というよりも、ただの圧倒的な破壊力だった。男たちは、彼の剣が触れるだけで、まるで木偶の坊のように弾き飛ばされていった。
ファルクレオの動きは、予測不能だった。地面を滑るように走り、壁を蹴って跳躍し、密集した兵士たちの間を縦横無尽に駆け抜ける。二十人という数の優位性は、彼の圧倒的な身体能力の前には、ただの障害物でしかなかった。
ファルクレオは、最後の兵士を、剣の柄で軽く突いて無力化すると、静かに剣を納めた。彼の呼吸は一切乱れていない。舞台には、無残に倒れ伏した二十人の兵士たちと、彼らの手から滑り落ちた剣が散乱していた。観衆は、その光景に言葉を失い、ただただ、ファルクレオという存在に、本能的な恐怖と畏敬の念を抱いていた。
「なんという暴威か」
カースランは、苦笑いをするしかなかった。
「閣下と似ていますね」
ジーナは短く評した。
■ ■ ■
第六演舞:ローカンの技巧(ルーガット陣営)
ルーガット陣営の三人目の剣闘士の武闘演舞を待つ民衆に、司会から伝達が行われる。
「ルーガット候補の残り一名の剣闘士は、欠場となりました。続いて、オリアン陣営の剣闘士の武闘演舞に移ります」
会場の民衆たちが大きくざわつく。ルーガット陣営の最後の一人が、この街の孤児院出身のローカンだと、大勢の市民が知っていたからだ。
「どうしちまった?ローカンは」
「何かあったのか?」
そして、この事は既にベットを終えている、大会当日の賭博の行方が大きく左右されることになる。ざわめきの中、不穏な憶測が飛び交い始める。
「昨晩、ローカンが殺されたとか聞いたけど、本当かよ!」
「嘘でしょ!私、ルーガット勝利に全財産賭けたのに!!」
観客達は、ざわつきながら、オリアン陣営の武闘演舞を待つ。しかし、一向に剣闘士が舞台に現れない。
「えー……オリアン陣営の剣闘士は、現在登録されていません。故に、本日の演舞式は終了となります!市民の皆さん、また明日!」
司会がやや焦りの混じった声で閉幕を告げると、闘技場は、期待と落胆、そして不確実な未来への不安が渦巻く大混乱に包まれた。




