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S-17 「オリアンに失礼だよ」

バイレスリーヴ/潮風通り/噴水広場【視点:幽霊王子ルト】


 喧騒。雑音。


 僕の住まう「器」――イルは、広場の群衆に紛れ、その中心に立つ一人の青年を見つめていた。


 オリアン・ワードベック。この街の元首の息子でありながら、引きこもりの「邪神崇拝者」として忌み嫌われる者。


 彼は今、震える膝を必死に叱咤し、処刑台にでも立つような悲壮な覚悟で、衆人環視の中に晒されていた。


『……愚かですね。これだけの敵意に向けられて、何を話そうというのですか』


『しっ!彼は今、変わろうとしてる気がする』


 群衆から向けられる視線は、嘲笑、軽蔑、悪意を孕んでいた。状況的に彼は詰んでいる。これ以上恥を晒そうと言うのなら、見上げた根性だ。


「皆さん、僕は、オリアン・ワードベックです。皆さんが、邪神を崇拝していると噂している男です」


 そう話し始めた彼の声は震えている。


 書物から借りてきた言葉ではなく、自分の言葉で紡ごうとするその姿は、あまりに不格好で、見ていられないほど脆い。


「それは、半分、本当です」


 群衆がざわめく。民衆からの視線の棘が一斉に彼に向かって逆立った。


 自爆か?


 そう思ったが、彼は続けた。


「五年前、僕は、裏通りでブーア一家のチンピラに暴行を受けました。……その時、僕は、皆さんに復讐してやりたいと思いました。それで、噴水前のダンラに頼んで、邪神を呼ぼうとしました。これは、本当に若い頃の過ちです。本当に、ごめんなさい」


 彼は深々と頭を下げた。


 地面に落ちる汗の雫が、僕の目には白く光って見えた。


(……へぇ。自身の罪と弱さを、こうも隠さず認めましたか)


 人は、自分を大きく見せようとする生き物だ。だが彼は、自身の矮小さを白日の下に晒した。


 それは致命的な失点になるか、あるいは――。


「でも、僕が最も愛する館の本には、皆さんが思っているような邪悪なことは、書かれていません。ただ、父が残してくれた、大切な知恵と愛が、そこには詰まっているだけなんです」


 怯えによる振動が微かに収まる。知識への敬意。父への思慕。それらは僕から見ても好ましいものだった。


「皆さんが僕を信用できないのは、当たり前です。僕が、皆さんと関わることを避けてきた、自分の殻に閉じこもって、皆さんのことを知ろうとしなかったからです」

 沈黙。


 誰も野次を飛ばさない。彼の痛々しいほどの正直さが、毒気を抜いているのだ。


「だけど、もう、こんな自分とは決別します!僕は、この街を、そしてこの国に住む皆を守るために剣闘大会に出たい!……皆さんに、僕が本で学んだ、この街をより良くする、いくつかの提案をしたいんです!」


 そこから彼が語った内容は、僕の興味を引くものだった。


「この街の水源は乏しく、一部で不便が強いられています。でも、父が残した本《豊かなる土地は、豊かなる水を呼ぶ》には、地下水脈を導くための古代の治水技術が記されています。これを応用すれば、この街に新たな水路を引くことができるはずです」


(……地下水脈の誘導。古代イスカの技術の応用だろうか。地形を読み解けば不可能ではない)


「また、別の書物には、『失われし技術が、新たな光を生む』とありました。この街の古い製鉄所は、クルーア鉱山の閉鎖以来ほとんど稼働していない。しかし、本に記された古の技術を使えば、周辺の砂鉄からでも、高品質な鉄を精錬できる可能性がある。これなら、製鉄所が元気になり、新しい仕事を生み出せる!」


(……砂鉄からの精錬。効率は悪いけどね)


 彼の言葉に、群衆の彼を見る目が「拒絶」から、「関心」や「期待」に変わり始めた。


 生活に直結する利益。未来への希望。彼は、ただの夢物語ではなく、知識に裏打ちされた具体的な「益」を提示してみせたのだ。


「僕の本の知識は、皆さんの暮らしを豊かにするために使えるはずなんです!ですから、僕の剣闘士になって、戦ってくれる人を、最後まであきらめずに待っています」

 演説は、不器用で、どもりがちだった。


 だが、そこにはもう、以前のような弱々しい少年の姿はなかった。過去を認め、現在を見据え、未来を語る。それは、「為政者」としての器の萌芽を感じさせるものだった。


『……やれやれ。ただの知識オタクかと思っていましたが、化けるものですね。もしかして幻妖魔法で人格変えたんですか?』


 彼の変化はそれ程に信じられないものだった。


『オリアンに失礼だよ。彼は、私達が手を出さなくても、一人で成し得ようとしているんだから』


 僕達は、どん底から這い上がろうとしている彼を直視し、気づけばその評価を改めていた。


 その後も彼は、街中の至る所でゲリラ的に演説を繰り返した。酒場を回り、冒険者や旅人まで声をかけ、頭を下げ続けた。


 その行動力は評価に値する。


 しかし――現実は非情だ。


 この街に巣食うブーア一家という低知能達が、彼の演説を妨害すべく、街中を脅して回った。


 恐怖による支配。暴力による圧力。民衆のオリアンへの小さな期待は、物理的な恐怖の前に容易く霧散した。


 結局、彼は新たな仲間を得られないまま、決闘大会クレイヴァート前日の《演舞式》を迎えることとなる。


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