S-167 「我はお前と添い遂げる」「……馬鹿が。戦場だぞ」
内海/両国旗艦甲板上【視点:世界(観測者)】
更に時間は遡る
王国と帝国の艦隊決戦は、あまりに劇的な形で終局を迎えようとしていた。
轟音と共に、両軍の旗艦が激突する。絡み合うその甲板こそが、この戦争の最後にして最大の決闘場だった。
「ハァァァッ!!」
「ぬんッ!!」
火花が散る。王国国王レガリオと、帝国皇帝ソラス。二人の王剣が交差し、周囲の兵士が立ち入れないほどの剣圧が渦巻く。
その死闘の横合いから、ニゲルネムス騎士団長、ユーストスが、冷徹な目で矢をつがえ、静かに弓を引き絞っていた。狙いはソラスの頭部一点。
「ここで散れ、東の雄よ!!」
張り詰めた弦を放とうとした、その刹那。
「父様の邪魔をするなぁッ!!」
上空から急降下してきた飛竜が、灼熱の炎を吐き出した。ユーストスは舌打ちと共に横っ飛びに回避し、放たれた矢は虚しく空を切った。飛竜の背には、帝国第参皇女ティアが跨り、鷹のように弓を構えていた。
一方、レガリオの背後では、剛腕同士がぶつかり合っていた。万騎軍第二隊長と、近衛隊長トゥーバ。互いの筋肉が軋みを上げ、武器が悲鳴を上げるほどの力比べ。
ソラスの背後では、メメントが操る不規則な軌道の青剣を、ディナリエルがその鞭で巧みに絡め取り、無力化していた。
だが、体調の優れないディナリエルは既に満身創痍だ。荒い息を吐く彼女を守るように、ノエルが剣を振るい、殺到する王国兵を斬り伏せている。
「……ハァ、ハァ……ソラス……!」
「無理をするな、ディナリエル。我が背に預けておけ」
背中合わせに感じる、愛しい女の体温と震え。この危機的な状況の中、ソラスの脳裏には、走馬灯のように彼女との出会いの記憶が蘇っていた。
■ ■ ■
それは、数十年前。帝国と境界の森の民と抗争を繰り広げていた頃のことだ。当時、若き万騎軍第一隊長であったソラスは、伏兵の策に嵌り、部隊とはぐれ、鬱蒼とした森の中を一人彷徨っていた。
そこで出会ったのが、彼女――ディナリエルだった。
彼女もまた、孤独だった。
彼女の故郷、エルフの里に、帝国の侵攻を知った彼女は加勢するためにバイレスリーヴから戻ったものの、里長から石を投げられ、追放された直後だったのだ。
『寄るな!異端の神を信じる、肌の黒い汚らわしい追放者め!』
『お前のような不吉なダークエルフが戻れば、森に災いが起きる!去れ!』
行き場をなくした異端のエルフと、敵国で孤立した若き皇子。二人は奇妙な縁で行動を共にし、互いの孤独を埋め合わせるように背中を預け合い、数日を生き延びた。
だが、運命は残酷だった。森の奥深く、エルフ族の本拠地近くで、二人は包囲された。無数の弓矢が二人を狙う。現れたのは、当時の里長率いるエルフの精鋭たちだった。
「その男……帝国の将だな?そして隣にいるのは、追放された忌み子か」
「……」
「まさか、帝国の兵をこの森へ手引きするために戻ってきたとはな。この売国奴め!」
濡れ衣だ。だが、弁明など通じない。ディナリエルは、ソラスを庇うように一歩前へ出た。
「違う!この者は関係ない」
「ディナリエル、お前……」
「だから、この者は見逃してほしい。処刑されるのは、私だけでいいだろう!」
彼女は、自分を蔑んだ同胞のために、そして数日を共にしたソラスのために、その命を捨てようとしていた。里長が冷酷に手を振り下ろそうとする。処刑の矢が放たれる、その寸前だった。
「――待てェェェいッ!!!」
森を震わせる一喝。ソラスが、王者の覇気を纏って吠えた。
「その者を殺すな!!」
「なんだ人間風情が。命乞いか?」
「違う!その者は……我の后となる者だ!!」
その場にいた全員が、ディナリエルさえもが、時を止めたように硬直した。
「き、きさき……?」
「そうだ!我は帝国の次期皇帝になる男だ!!我が名はソラス・マグ・ファラン!その女は、未来の国母となるべき存在ぞ!」
ソラスは剣を抜き放ち、数千のエルフたちを一人で睥睨した。
「その女を殺せば、それは帝国への宣戦布告とみなす!!我が死ねば代わりの将が来るだけだが、我が妻を殺せば、帝国全軍をもってこの森を焼き払い、貴様らを根絶やしにするだろう!!」
ハッタリだ。だが、その言葉には、万軍を従える隊長としての「器」が宿っていた。里長が狼狽する。ただの追放者を殺すのと、帝国の国母を殺すのとでは、意味が違う。
「……本気、か?」
「我は嘘をつかぬ。……取引だ、長よ。その女を我に嫁がせよ。そうすれば、帝国はこの森の自治を認め、王国軍からも守護することを約束しよう」
静寂の後。里長は弓を下ろした。
こうして、ディナリエルは「忌み嫌われるダークエルフ」から一転、「森と帝国を繋ぐ架け橋」となった。彼女を迫害した旧体制派は一掃され、新たな里長が立ち、森は帝国の庇護下に入った。
その証として、ソラスとディナリエルの間に生まれた子供たちは赤子の頃に、エルフ族に伝わる秘儀を受け、人の身でありながら精霊の加護を持つ、半亜人として育った。
それは、政略ではない。あの森で叫んだ言葉に、嘘偽りはなかった。
■ ■ ■
(……あの時から、何も変わっておらぬな)
ソラスは、背中に預けた最愛の妻の鼓動を感じながら、口元を緩めた。彼女は今も、こうして自分の背中を守ってくれている。世界中が彼女を「常闇の影」と呼び、恐れようとも。ソラスにとってディナリエルは、あの森で出会った、等身大の彼女のままだった。
「……ディナリエル」
「なに」
「我はお前と添い遂げる」
「……馬鹿が。戦場だぞ」
背中越しに、彼女が照れて顔を赤らめているのが分かる。満身創痍の身体に、再び力が漲るのを感じた。
「行くぞ!!この戦、我らの勝利で終わらせる!!」
皇帝ソラスの剣が、雷光のごとく閃いた。国王レガリオの豪剣を弾き返し、二人の王の戦いは、最終局面へと加速していく。




