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S-156 「死ね。クソ豚野郎」

バイレスリーヴ南/巨大海門/橋上【視点:世界(観測者)】


 異形と化したボルバの蒼い触手が、狂乱する黄金衆を次々と飲み込み、橋の上に血と肉の回廊をこじ開けた。


 その千載一遇の好機。死臭と轟音が渦巻く中、二つの巨影が並んで戦場を疾駆した。帝国最強の万騎将軍カースランと、黒き監視団の幹部、リザードマンのゼク。

 種族も、立場も異なる二人の戦士が、示し合わせたかのように同時に踏み込み、眼前の敵を吹き飛ばす。


「ぬんッ!!」「フンッ!!」


 カースランの大戦斧が黄金衆の胴を薙ぎ払い、ゼクの戦斧が頭蓋を叩き割る。圧倒的な質量と膂力が生み出す破壊の旋風。


「ガハハハッ!やるではないか、蜥蜴の戦士よ!その腕力、我が精鋭部隊にも欲しいくらいだ!」


 カースランは返り血を浴びて豪快に笑う。

 ゼクは、並走するカースランを一瞥し、喉を鳴らして応じた。


「……人間にしては……やる。お前……オーガみたいだ」


「ハッ!褒め言葉として受け取っておこう!」


 二人の猛攻の背後では、醜女ミセイラが杖を掲げ、援護の呪文を紡いでいる。


「虚ろなる魂の深淵より……彼らの歩みに、疾風の加護を!」


 赤紫の光が前衛二人の背中を包み込み、その速度をさらに跳ね上げる。


「助かるぞ、魔女殿!」


「……感謝だ、ミセイラ」


 彼らが目指すのは一点。戦場の奥に鎮座する、諸悪の根源――執政官バージェス。

 だが、その進路を阻むように、残存する黄金衆たちが壁となって立ちはだかった。


「行かせんッ!!」


 薬物により理性を失い、黄金の血管を浮き上がらせた狂戦士たちが、死をも恐れぬ特攻を仕掛けてくる。

 剣戟の嵐。肉が裂け、骨が砕ける音が絶え間なく響く。


「チィッ!湧いてきやがる!」


 カースランが斧を振るうが、倒しても倒しても、ゾンビのように食らいついてくる黄金衆の厚みに、突進の勢いが削がれる。

 その時、銀色の疾風がカースランの脇をすり抜けた。


「道は、私が開く!」


 帝国第弌皇女、ジーナ。彼女は精緻な装飾が施された白銀の盾を構え、弾丸のように黄金衆の壁へと突っ込んだ。


 ガギィィィンッ!!


 凄まじい衝撃音。だが、ジーナはたたらを踏むことなく、盾の縁で敵の首をカチ上げ、体勢を崩したところを剣で刺し貫く。


「今だ、ウィスカッ!!」


 ジーナは叫びと共に、盾を水平に構え、低く身を沈めた。

 その背後から、影のように飛び出した小柄な人影。帝国第弐皇女、ウィスカ。彼女は姉の意図を完全に理解していた。迷いなくジーナの背中を踏み切り台とし、さらに差し出された盾の上へと足をかける。


「――ッ!」


 ジーナが全身のバネを使って盾を跳ね上げた。

 ウィスカの身体が、砲弾のように空中へと射出される。黄金衆の頭上を飛び越え、戦場の喧騒を置き去りにし、彼女は空中で身を翻した。


 視界が開ける。


 眼下には、豪奢な輿の上で果実を貪る、憎き肉塊の姿。ウィスカの灰色の瞳に、どす黒い殺意の炎が宿る。かつて、あの薄汚い寝室で、心も体も踏みにじられた屈辱。仲間を殺された怨嗟。


 その全てを、右手の指先に集約させる。彼女の手には、一本の毒の短剣が握られていた。

 それは飾り気のない、だが冷徹に研ぎ澄まされた処刑の刃。空中で時間が止まったかのように感じられた。


 バージェスが、頭上の気配に気づき、のっそりと顔を上げる。

 その目が驚愕に見開かれ、間抜けな口が開く。その醜悪な額が、ウィスカの視界の中心に固定された。


「死ね。……クソ豚野郎」


 吐き捨てるような呪詛と共に、短剣が放たれた。

 銀色の閃光が、一直線に空間を貫く。


 ズドッ!!


 肉に食い込む重い音。短剣は狙い違わず、バージェスの広い額の中央、眉間の真上に深々と突き刺さった。


「ぐぉぉお!?」


 バージェスが、獣のような悲鳴を上げてのけぞった。短剣の柄まで埋まり、傷口から鮮血が噴き出して、彼の顔面を赤く染め上げる。

 ウィスカは軽やかに着地し、残心もそこそこに距離を取った。


「屠ったか!?」


 盾を構え直したジーナが、信じられないものを見るように叫ぶ。


「やったか!!あの一撃、脳髄まで届いているはずだぞ!」


 カースランも目を見張る。絶対的な支配者、神のごとき権力を振るっていた男が、頭蓋を貫かれて悲鳴を上げている。その光景は、戦場を一瞬にして凍りつかせた。


「へ、陛下!?」


「閣下がお討ちたれらぞぉぉぉ!!」


 輿を担いでいた黄金衆たちが、主の悲劇に直面し、パニックに陥って輿を揺らす。背後に控えていた数万のザーラム兵たちの間にも、動揺がさざ波のように広がっていく。

 絶対的な指導者の死。それは軍隊にとって、敗北以上の混乱をもたらす猛毒だった。


「勝った……のか?」


 誰かの呟きが漏れる。だが、ウィスカだけは、油断なくその肉塊を見据えていた。手ごたえはあった。確かに骨を砕き、脳を穿った感触があった。


 なのに。なぜ、あの男はまだ「座って」いられるのか。

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