S-152 「おい、起きろよ。冗談きついぜ」★
【警告】 今回は敵キャラクターによる、非常に不快かつ残酷なシーンが含まれます。耐性のない方は閲覧を強く推奨しません。
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バイレスリーヴ南/巨大海門/橋上【視点:結縁団の要ベーガン】
敵将ラーガンの死により、ザーラム軍の銀色の波が引いていく。橋の上に、不気味なほどの静寂が訪れた。俺は愛用の大剣を杖にして、肩で息をする。隣では、傷だらけのカエル団の連中が座り込んでいるのが見えた。
「……勝った、のか?」
誰かの震える呟きが、乾いた風に溶けていく。俺もそう信じたかった。俺たち《結縁団》の連携は完璧だったし、何より、俺たちの前には鉄壁の男、トルクがいる。あの大盾がある限り、俺たちは負けない。そうだろ、トルク。
だが、その安堵は一瞬で切り裂かれた。
ヒュンッ!
風を切る鋭い音。金色の閃光。何かが、濡れた雑巾を絞るような音を立てて落ちた。
「……あ?」
目の前で、トルクの上半身が、斜めにずり落ちた。彼が構えていた自慢の重装盾ごと、その巨体がバターのように両断されていた。断面から溢れる赤が、視界を染める。
嘘だろ。おい、起きろよ。冗談きついぜ。なぁ、トルク。
俺の喉から、引きつった悲鳴が出る。いや、出したつもりだったが、声になっていたかは分からない。思考が追いつかない。脳が現実を拒絶する。
金色の影は止まらない。人間離れした速度で舞い、俺たちの陣形の中央で停止した。現れたのは、戦場には不釣り合いなほど白くなめらかな肌を晒した美青年。腰に薄い絹を巻き、首や腕に重厚な黄金の装飾具だけを身につけたその姿。
そいつは、無表情のままダラハの懐に潜り込み、あいつの愛斧を奪い取ると、流れるような動作でその首を刎ねた。
ゴロリ。ダラハの頭が転がる。
「ヒッ……」
ドリンが悲鳴を上げ、矢を番えようとする。やめろ。逃げろ。声が出ない。俺の足は、まるで石畳に縫い付けられたように動かない。青年は既にドリンの目の前にいた。彼の手には、いつの間にかドリンの腰にあった短剣が握られている。
シュッ。
赤い線がドリンの首に走る。ドリンは、自分が何で殺されたのかも分からぬまま、どうと倒れた。
「あ……あ……」
俺の手から、大剣が滑り落ちそうになる。数秒前まで、馬鹿話をしながら背中を預け合っていた仲間たちが。長年苦楽を共にしてきた、家族以上の《結縁団》が。ただの肉塊になって、転がっている。
「雑魚が。掃除にもならん」
その男――黄金衆の隊長シャルドは、美貌に微塵の感情も浮かべず、汚らわしそうに血振るいをした。まるで、ゴミ掃除でもしたかのような手つきで。
(殺す……殺してやる……!)
頭ではそう思うのに、身体が動かない。恐怖か、絶望か。俺はただ、震える膝を抱えて、その場に崩れ落ちそうになっていた。
その時だった。
「クソがぁぁぁッ!!」
獣のような咆哮が、俺の鼓膜を叩いた。俺の横を風のように駆け抜けていったのは、ボロボロのローブを纏った男だ。奴が手にした両手剣の柄には、古びた短剣が括り付けられている。
「ふざけるな……ふざけるなぁぁ!!」
男――ザイルは、俺が竦んで動けない「死神」に向かって、真っ直ぐに突っ込んだ。敵の剣が頬を掠めるのも構わず、一歩も引かない。まるで、自分の命を投げ打ってでも、目の前の理不尽に牙を剥こうとする鬼気迫る姿。
「リリが……見てるんだよッ!!」
彼が叫び、カウンター気味に胴を薙ぎ払った。ズンッ!あんなにも手も足も出なかった黄金衆の一人が、驚愕の表情で崩れ落ちる。
(あいつ……動いてやがる……)
家族を殺された俺が動けなくて、なんであいつが。悔しさが、熱となって麻痺した身体に流れ込む。大剣を握りしめる。指の関節が白くなるほどに。
だが、敵は一人ではない。数十人の黄金衆が、金色の死神となって一斉に襲いかかってくる。
「させるか!「フンッ!」
横合いから、銀色の爪と巨大な戦斧、そして老練な双剣が割り込んだ。ライカンスロープとリザードマン、そしてグラースだ。
彼らが必死に黄金衆を食い止める。だが、倒しても倒しても、黄金色の波は止まらない。俺も大剣を振るうが、空を切るばかりだ。仲間がいない。背中を守ってくれるトルクも、援護してくれるドリンも、もういない。
(くそっ……俺も、そっちへ行くのか……)
死の影が覆いかぶさった、その時。
ドゴォォォォンッ!!
橋の後方から、雷鳴のような音が轟いた。地面が揺れる。なんだ?何が起きた?振り返ると、銀色の奔流が、暴風のように戦場へ雪崩れ込んでくるのが見えた。
「待たせたな、同盟国よ!!」
先頭を駆けるのは、騎馬ですら小さく見えるほどの巨漢。帝国万騎将軍カースラン。彼が振るう戦斧の一撃は、まさに天災だった。俺たちが束になっても傷一つ付けられなかった黄金衆が、紙細工のように空へ弾き飛ばされる。
「はっはっは!主役は遅れて来るものだ!蹴散らせェェッ!」
カースランの咆哮と共に、帝国の重装騎兵が黄金の波を真正面から粉砕した。個の暴力に対し、さらに強大な個の暴力でねじ伏せる。これが帝国の流儀か。
「動け、冒険者!死にたくなければ!!」
凛とした声と共に、俺の目の前に白銀の壁が現れた。第弌皇女ジーナ様だ。彼女が構えるのは精緻な装飾が施された、芸術品のように美しい盾だ。だが、その強度は城壁にも勝る。
キィンッ!
ジーナ様は黄金衆の剛剣を、その美しい盾で軽やかに受け流すと、流れるような動作で盾の縁を敵の顎に叩き込んだ。
「軽いな。それでも男か?」
冷ややかに言い放ち、よろめいた敵を蹴り飛ばして橋の下へと突き落とす。完璧な防御と、そこからの容赦ない反撃。洗練された「武」の極致がそこにはあった。
「隙あり」
その横を、疾風が駆け抜ける。ジーナ様によく似た面差しの少女。彼女は黄金衆の懐に潜り込むと、目にも止まらぬ速さの体術で、正確無比に喉元や心臓を打ち抜いていく。
俺はその正体を知らないが、その実力が並外れていることだけは分かった。一撃必殺。敵が崩れ落ちる頃には、彼女はもう次の獲物を狩っている。
これが、世界最強と謳われる帝国の力なのか。
「押せッ!押し返せぇぇぇ!!」
生き残った冒険者たちが、生気を取り戻して叫ぶ。形勢は一気に逆転した。無限に湧いてくると思われた黄金衆が、次々と銀色の波に飲み込まれ、後退していく。橋の上を埋め尽くしていた絶望的な金色の輝きが、みるみるうちに押し戻されていく。
(助かった……のか?これなら、勝てるのか?)
俺の手の震えが止まる。あいつらの仇が討てる。この怪物どもを、全滅させられる。俺の頭はようやく状況を理解し、暗い絶望の底から、確かな希望の光を見出した。
だが。現実は俺たちに、更なる悪夢を見せつける。
追い詰められたはずの黄金衆の隊長格が、血を吐きながらゆらりと立ち上がった。その美しい顔が、屈辱と狂気で歪んでいる。
「……足りない。力が」
倒れていたはずの黄金衆たちが、ゆらりと立ち上がる。彼らは懐から取り出した小瓶を一気に煽った。
「アアアアアアアアッ!!」
人とは思えない絶叫。彼らの全身の血管が金色に膨れ上がり、ミミズのようにのたうち回る。美しい顔が獣のように歪み、白濁した瞳が狂気を湛える。痛みも、恐怖も、理性のタガも外れた狂戦士。
「なっ……こいつら、死ぬ気か!?」
白銀の彼女が驚愕の声を上げるのが聞こえた。奴らは自らの肉体が崩壊するのも構わず、捨て身の特攻を仕掛けてきた。受け流そうとしても、タガの外れた力で強引に押し込んでくる。
最強の援軍をもってしても押し留められない狂気。俺はただ、その光景を呆然と見つめることしかできなかった。




