S-148 「今だッ!突っ込めぇぇぇ!!」
バイレスリーヴ南/巨大海門/橋上【視点:世界(観測者)】
「放てぇッ!!」
ザーラム軍総司令官ラーガンの、腹の底からの咆哮が轟いた。それを合図に、数千の弦が弾ける音が重なり、空気が震える。巨大海門の空を、無数の矢が黒い雲となって覆い尽くした。死の雨だ。
「総員、密集!俺の背中から出るなッ!」
カエル団の重戦士コーマックが叫び、巨大なタワーシールドを掲げる。その横では、結縁団のトルクも同様に重装盾を展開し、即席の鉄壁を築き上げた。カンッ、ガギンッ、ドスッ!硬質な音が連続し、盾が重く軋む。だが、彼ら熟練の冒険者たちは、その衝撃を膝で殺し、一歩も引かない。
「ぎゃあぁぁぁっ!」
しかし、全てのチームがそうではなかった。優秀な盾役を持たない急造のパーティや、功を焦って前に出すぎた者たちは、鉄の雨の餌食となり、ハリネズミとなって石畳に縫い付けられていく。血飛沫が舞い、開戦数秒で戦場は阿鼻叫喚に包まれた。
だが、その矢の雨が止むほんの一瞬の隙。冒険者たちの死角から、黒いローブを纏った二つの影が、疾風のごとく飛び出した。
「グルルルァッ!」「フンッ!」
彼らは人間離れした脚力で橋の上をジグザグに疾走し、迎撃の矢を紙一重で躱しながら、瞬く間にザーラム軍の最前線へと肉薄した。銀色の壁と化した重装歩兵の盾。その鉄壁に対し、二つの影は減速することなく突っ込んだ。
ドゴォォォォォンッ!!
衝撃音が炸裂する。右の影――ライカンスロープのルガルフは、硬質化した爪で盾ごと鎧を貫き、左の影――リザードマンのゼクは、身の丈ほどある巨大な戦斧を横薙ぎに一閃した。
「な、なんだコイツら……!?」
「ぐわぁぁぁぁっ!!」
人の身ではあり得ない暴力的な衝撃。最前列にいた数名のザーラム兵が、木の葉のように宙を舞った。彼らは悲鳴を上げる間もなく橋の欄干を越え、遥か眼下の浅瀬へと吸い込まれていく。その高さのあまり水音すら届かない聞こえない。
「ひッ……化け物か!」
整然としていたザーラム軍の先頭が、恐怖によって波打つように乱れる。二つの影は、さらに追撃を加えることなく、嘲笑うかのようにクルリと身を翻し、ジグザグに後退を始めた。
「逃げるぞ!追え!囲んで殺せ!」
恐怖を怒りで打ち消そうと、前線の兵士たちが隊列を崩し、突出して二人を追いかける。
「待て!追うな!隊列を維持しろッ!!」
後方で戦況を見ていたラーガンが叫ぶが、戦場の喧騒にかき消される。突出した兵士たちが、冒険者たちの射程に入った瞬間。
ヒュン、ヒュン、ヒュン!
カエル団のニーヴ、結縁団のドリン、そして斑のシャラヴ。バイレスリーヴが誇る弓手たちが、針の穴を通すような精密射撃で、突出した兵士の眉間や喉元を次々と射抜いた。
「ぐっ……退け!罠だ!」
次々と倒れる仲間に動揺し、ザーラム兵たちが慌てて足を止める。その混乱が収束しそうになった絶妙なタイミングで、再び黒いローブの二人が踵を返し、猛獣のような殺気を放って強襲を仕掛ける動作を見せた。
「また来るぞ!構えろ!」
兵士たちが盾を構え、二人に意識を集中させる。だが、それは致命的なブラフだった。
彼らの意識が前方に釘付けになっているその隙に、冒険者たちの背後で、低い詠唱が完成していた。
「……大地の怒りよ、岩盤を溶かし、愚者を飲み込め」
不気味な仮面とローブで姿を隠した魔術師、醜女ミセイラが、杖を地面に突き立てた。
ボォォォォォォォォッ!!
ザーラム軍の前衛部隊、その足元の石畳が、突如として赤熱し、泥のように溶け出した。マグマだ。ミセイラの得意とする局地的な炎破魔法が、橋の上を灼熱の地獄へと変える。
「ぎゃあぁぁぁぁ!足が!俺の足がぁぁ!」
「あ、熱いッ!助けてくれェ!」
溶解した石と鉄の鎧が皮膚に癒着し、兵士たちが狂乱して踊り狂う。逃げ場を失った者の中には、焼死する恐怖に耐えかね、自ら遥か下の海へと身を投げる者もいた。
「おのれ……!あの魔術師を討て!全弓兵、あのローブの女を狙えッ!」
ラーガンが血相を変えて指示を飛ばす。だが、その矢が放たれるよりも早く、バイレスリーヴの冒険者たちが動いた。
「今だッ!突っ込めぇぇぇ!!」
エイダンが吠え、コーマックが盾を構えて突進する。黒いローブの二人とミセイラが作った決定的な隙。それを逃すまいと、冒険者たちは雪崩のようにザーラム軍の混乱した陣形へと食らいついた。
巨大海門の上で、白兵戦の火蓋が切って落とされた。




