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S-15 「私を切り捨てる覚悟はあるかね」

【お知らせ】

S-1~S-3の前書きに、本編主人公のイルの画像イメージを掲載しました。

バイレスリーヴ/潮風通り/冒険者ギルド会館【視点:臆病者オリアン】


 冒険者ギルドの会館に足を踏み入れると、昼時にもかかわらず、まばらで割と静かだった。冒険者たち皆、クエストに出払い、或いは食事のために街に出ているのだろうか。


 クエストの達成を申告するため、受付カウンターに向かう。


 すると、受付嬢のバラがいた場所には、精悍な顔つきをした男が、眉間にしわを寄せながらこちらを見ていた。整えられた口ひげ。頭頂部が剥げ上がっているものの、残された髪は綺麗に整えられている。威厳と几帳面さが感じ取れる。


 その男の名は、冒険者ギルド会長、《アドホック》。今回の決闘大会クレイヴァートの三人の候補者のうちの一人だ。


「久しいな。オリアン君」


 彼は、眉間のしわと口元をわずかに緩め、僕に向かってまっすぐに話しかけてきた。


「は、はい。二年ぶり……ですかね」


 バイレスリーヴ議会の議員でもある彼は、いつも厳粛な面持ちで、ルーガットさんやダイアナさんといった老練な議員らと対等に渡り合っている。その一方で、受付嬢の代わりとして自らカウンターに立ったり、冒険者たちの依頼に耳を傾けたりと、その立場に捕らわれない働き方を行っている。


 そんなアドホックさんの真面目で真摯な姿は、冒険者たちからの厚い信頼の裏付けとなっていた。


「今日はどうしたのだ?敵情視察かね」


 彼とは面と向かって話したことが無い僕は、その真意を測りかねた。イルは彼の対応を完全に僕に投げており、何食わぬ顔でそばに立っているだけだ。


「いや、困らせるつもりはなかった……。クエストだろう。君がここに来ること自体驚きなのに、まさかクエストまで受けてくれるとはね」


 彼は、カウンターの横に設置された巨大な掲示板に視線を移した。


「はい。これが、採取品の《つめた茸》です」


 僕は手続きを早く終え、達成報酬を得て、なるべく早く立ち去りたいと思っていた。


「おぉ、もう達成したのか!君の才能もあろうが、そちらのお仲間の助力もあって、か」


 アドホックさんは、採取品を鑑定しながら、僕の隣のイルを一瞥した。イルは彼に静かに微笑んだ。


「噂では、君は剣闘士を得たようだが……。決闘大会クレイヴァートが迫った今……どうだね、心境は」


 アドホックさんは、鑑定を終え、書類に僕とイルの記録を記入しながら、その答えを待っている。


「は、はい。アドホックさんも、ルーガットさんも、父とともにこの国を作り、守ってきた尊敬すべき方々です。若輩者の僕ですが、信頼できる彼女らとともに、精いっぱい挑ませていただきます」


 僕は背筋を伸ばし、まっすぐな瞳で彼を見つめた。


 彼を前にすると、僕がこの大会に出ようとした動機が、「本のコレクションを取り戻すため」という利己的な理由であると話すことが愚かしいと思えてしまった。


 僕以外の候補者は、父エドワルドとともに、この国の発展に力を注いできた人たちだ。バイレスリーヴの更なる発展に寄与しようという気概のある人たちだ。


 なのに、僕ときたら……。


 立候補を決意して、初めて真正面から他の候補者と対面したことで、自分の立候補の薄っぺらさをここにきて痛感してしまった。


 アドホックさんは、書類の上にペン先を軽快に滑らせていたその手を一瞬止め、顔を下に向けたまま僕を見た。


「私は晩婚でね、といっても妻は病気で先立ってしまったわけだが。彼女は一人の娘を残してくれた。その子は今、君達と同じくらいの年だが、幼いころから私に似て臆病でね、いつも不安を抱えていた。だが、彼女は自分の弱さと向き合い、困難な道を選んだ」


 彼は、再び書類を書く手を動かしはじめる。


「今彼女は、私には想像もできないような場所で、今も勇敢に戦っている」


 しばらく沈黙が流れた。


「本来ならば、君や私の娘のような、若い世代にこの国を担ってもらいたいところだが……隣国の脅威に晒されているこの国の現状を考えると……このまま君たちに任せるのは責任放棄も甚だしい」


 アドホックさんは書類を書き終え、クエスト達成の印鑑を押し、最後に僕たちの署名を求めた。


「私はここで《捨て石》となって次の世代に繋ぎたい。そう考えている。おそらくルーガットも私と似たようなものだろう……」


 そして彼は、静かで重々しい視線を僕に向けた。


「君に……そんな私を切り捨てる覚悟はあるかね」


 その言葉の迫力。僕は、彼に自分の考えの浅さと覚悟のなさを完全に見抜かれているようで、全身の力が抜けた。


「………」


 僕は言葉を発せない。何をしゃべっても薄っぺらく、くだらない言葉になってしまいそうで、とても彼にそんな言葉を聞かせることは出来なかった。


「会長ー。大会が近いからかお店が凄く混んでて、遅くなっちゃいまし……た?」


 入り口の扉を勢いよく開けて鐘の音とともに入ってきたバラさんは、香ばしい匂いを漂わせた紙袋を持って僕たちに近づいてきた。しかし、僕とアドホックさんの間に流れる空気の重さに、僕たちの顔の間でその視線を往復させている。


「おぉ、すまんな。バラ……君は奥で昼食を……」


 アドホックさんは、今までの空気を一変させて、彼女の紙袋を覗く。


「会長……オリアンくん虐めてません?ここは私がやりますから、会長は先に食事をとってください!」


 バラさんは、アドホックさんにその紙袋を渡して、その背中を押しながらカウンターの奥の事務室へと追いやっていく。


「ははは、君には誰も敵わんな。オリアン君。会場で待っているぞ」


 彼女の登場に、僕はある意味救われた。あの言葉を投げかけられて、僕は何も言い返すことが出来なかった。


 バラさんが僕を気遣って言葉をかけてくれるが、その声は僕の耳には全く入ってこない。ただ、アドホックさんの国全体の安寧を願う言葉の重みと、自分のあまりにも利己的な動機との間に、埋めようのない深い溝があることに気づき、愕然とした。


 一体今まで、何をし、何を考えて生きてきたんだ。


 僕が今まで自分を守るためだけに生きてきた一方で、アドホックさんはこの国のために全てを捧げている。その人格の歴然とした差に、僕は強い自己嫌悪に陥った。


「まあ、頑張ろう、オリアン」


 それまで、僕とアドホックさんのやり取りを静かに見守っていたイルが、僕の背中にそっと手を伸ばし、軽くポンと叩いた。


 その瞬間、僕の内に渦巻いていたどうしようもない自己嫌悪と羞恥心が、完全ではないにしろ、少しだけ霧散していくような気がした。


「はいはいお待たせ、オリアン君とイルちゃん。おめでとう!これが報酬でーす」


 バラさんはカウンターの奥から小さな革袋を持ってくると、カチャンという音とともに、カウンター上の革製の受け皿に置いた。


 イルは僕の横から迷いなくその革袋を手に取り、紐をほどいて中を覗き込んだ。


「おぉ!二銀貨!本当に稼げた!」


 彼女の瞳は子どものように輝いている。しかし今の僕は、その喜びを共有できるような気分にはとてもなれなかった。頭の中では、まだ「元首の覚悟」という重すぎる問いが響き続けていたからだ。


 その時、会館の扉が勢いよく開き、一人の少年が息を切らして駆け込んできた。


「バラさん、僕のキノコはまだですか!?」


 薄汚れた亜麻の衣服を着た少年の顔は、汗と埃で汚れており、その表情には、切羽詰まった焦りと、そして微かな希望が浮かんでいた。


「《ウィル》!ちょうど今、このお兄さんたちが届けてくれたのよ!」


 バラさんは、少年に優しく声をかけ、カウンターの下から小さな包みを取り出した。


「ありがとう!お兄ちゃんたち!僕じゃぜんぜん見つけられなくて……本当にすごい!」


 彼は表情をパッと明るくして、目を輝かせながら僕たちに満面の笑みで感謝を述べた。


「う、うん。こちらこそ」


 僕の視線は、ウィルの着ている衣服へと注がれた。その衣服の特徴から、彼がこの街の孤児院に住む子供だと分かった。彼ら孤児が、この額の報酬を用意することがどれほど難しいのか、想像に難くない。


 彼は、バラさんから《つめた茸》を受け取ると、大切そうに肩にかけた布袋に慎重に収め、深々と一礼して一目散に冒険者ギルドを飛び出していった。その姿は、一刻を争うかのように必死だった。


 ウィルの様子に、僕はイルと顔を見合わせた。


「ねぇオリアン、こっそりついていってみよう!」


 イルの瞳が純粋な好奇心の光で輝いている。


「ちょっ、イルさん」


 彼女は、僕の腕を力強く引っ張り、ウィルの後を追うよう、冒険者ギルド会館から飛び出した。


 ■ ■ ■


バイレスリーヴ東/黒き森との境界【視点:世界(観測者)】


 街の外れ、バイレスリーヴと黒き森との境界あたり。栗色の髪の少年、ウィルは街道に沿って進み、やがて岩陰にひっそりと口を開けた小さな洞穴の前で足を止めた。そこは、街道を歩く旅人の目にも留まらないような、死角となる場所だった。


 ウィルは洞穴のそばで、肩にかけていた布袋から《つめた茸》を取り出すと、中身を確かめるように見つめ、布袋を雑に地面に投げ出して、穴にそっと近づいた。


 その様子を、近くの岩陰から密かに見守るイルとオリアン。二人は息を潜め、少年の動向を注視する。


 ウィルは穴の中を覗き込むと、全身の力が抜けたように安堵の表情を浮かべた。そこには、子犬ほどの大きさの、毛並みがぼろぼろになったロルガドーアの子が横たわっていた。その足には深い傷があり、生々しく出血している。


 ウィルは、持ってきた《つめた茸》を石で丁寧にすり潰し、手際よくその傷口に塗りつけた。傷に薬が染みたはずだが、ロルガドーアの子は痛みに声を上げることなく、甘えるようにウィルに頬をすり寄せた。


「あはは、くすぐったいよ、ドルカ」


 ウィルは、その仕草に心からの満面の笑みを浮かべ、優しくその頭を撫でた。


「大丈夫だよ。僕が守ってあげるから」


 その言葉に秘められた純粋な献身。小さな命を守ろうとする孤児の強い心。その光景は、岩陰で見ていたオリアンの内にある、冷え切っていた何かに火花を散らせた。


 小さく、貧しい子供が、自己を顧みず、何かを守ろうとする強く暖かい心を持っている。片や、元首の息子として生まれながら、その境遇を疎み、自分の殻に閉じこもって腐っていた青年。


 ウィルが孤児としての人生を望んだはずはない。それでも彼は、あんなにも眩しく、暖かく、そして強い。「何かを守りたい」という意思の源こそが、彼をそうさせているのだ。それはまるで、かつてアドホックが語っていたことの具現化のようだった。


 オリアンの瞳に、確かな光が宿る。飛び散った火花が、冷たく冷え切っていた炭に燃え移り、炎を灯すように徐々にくすぶり始めていた。


 無意識のうちに、オリアンはウィルが足元に投げ出していた布袋にそっと手を伸ばした。中に入っているのは、石ころや木の棒などのガラクタばかり。


 オリアンが隣のイルに視線を送ると、彼女もまた、彼の意図を言葉なく察したようだ。イルは、大切そうに持っていた報酬入りの小袋を取り出すと、静かにウィルの布袋の中へと滑り込ませた。


『……理解不能ですね。資金難だというのに、他人の、しかも魔獣の子育てに投資するとは。これだからキミは非合理的で面白い』


 イルの頭の中で、呆れたような少年の声が響く。


『うるさいな。これは投資じゃなくて、推し活なの!』


 イルは心の中で反論し、満足げに微笑んだ。二人は、少年と小さな魔獣の世界を乱さぬよう、音もなくその場を後にした。

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