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S-142 「忌まわしき『蒼』を見た」

ザーラム共和国首都ザハリア/円形議事堂【視点:世界(観測者)】


 ザーラム共和国の心臓部とされる、円形議事堂。


 本来であれば、市民から選ばれた代表者たちが、合議によって国の方針を決める「共和制」の象徴たる場所である。だが、その崇高な理念は、とうの昔に死に絶えている。ここは「市民による統治」という美名で愚民を酔わせるための、巨大な舞台装置に過ぎない。


 深夜の議場には、ただ一人の男の荒い息遣いだけが響いていた。


 ザーラム共和国執政官、バージェス。

 その姿は、高潔な共和主義者とは程遠い、服を着た巨大な豚だった。あごの肉は首を埋め尽くし、最高級のシルクで仕立てられた法衣は、はち切れんばかりの脂肪の塊を必死に繋ぎ止めている。


 彼は、議長席には座っていない。円形の壁面に並ぶ、ウニヴェリア神話の神々を模した石像――その列の一部に、その巨体を押し込んでいた。


 壁に並ぶのは十三体の神像。

 そして、一つだけぽっかりと空いた「空白の台座」。

 破壊されたのではない。最初から「無い」のだ。

 なぜなら、その第十四の座――酒と快楽、そして狂気を司る神バッコルの依代は、冷たい石塊である必要がないからだ。


 今、台座に肉のバージェスが収まることで、円卓の神々は完成していた。


『貴様は本当に飽きないな。流石は衆愚を司るだけはある。――バッコルよ』


 英雄の神ゾーディアの像に幻影が宿り、呆れ果てた声が響く。バッコルと呼ばれたバージェスは、肉に埋もれた細い目を三日月のように歪め、豚のような鼻を鳴らした。


「ふん。吐き気のするような『崇高』を司る貴様らより、よほどマシじゃわい。それに、玩具(人間)との戯れも長くなると、味が出てくるものだ」


 バージェス。それは酒を含む快楽を司る神、バッコルの仮の姿。

 彼にとって、この共和国も、市民も、すべては食卓に並ぶ玩具であり、餌に過ぎない。


『で?我らをわざわざ呼び出したからには、余程の興があるのだろうな?』


 知略の神ミーネルの像が問う。バージェスは、自身の腹を撫で回しながら、隣の神像へと視線を送った。


「それは、のう?……ハイデスよ」


 冥界の神ハイデス。死を司る神の像が、重々しく口を開く。


『――忌まわしき「蒼」を見た』


 その言葉が出た瞬間、議場の空気が凍りついた。


『なんだと』


『我らの支配を脅かす、古きもの……。まさか、もう復活したというのか』


 予言の神アペリオン、守護の神へレイラ。石像であるはずの彼らから、隠しきれない動揺と恐怖が滲み出る。1400年前の記憶。星そのものが持つ、深淵の力が蘇ろうとしている。


「ふん。貴様らはどうせ騒ぐだけじゃろう。あの時もそうじゃったわ」


 バージェスは退屈そうに欠伸を噛み殺す。


『……ははは。貴様やハイデスのように、「まとも」ではないのでな』


 美の神ヴェネラが乾いた笑いを漏らす。


『強がるな。……「星による侵食」を恐れる臆病な神どもが』


 ハイデスが一喝する。神々の間に走る亀裂。それを眺めるバージェスの瞳。肉に埋もれたその奥にある瞳孔が、山羊の目のように細く収縮し、冷酷な光を放った。


「話にならぬわ。……仕方なしや」


 バージェスが台座から立ち上がる。その影は、魔法の灯かりを受けて、壁一面を覆う巨大な怪物の形を成していた。


「ならば、儂が奴の力を喰らってやろう」


『なっ……!?』


「奴の力を骨までしゃぶり尽くし、我が糧とする。そうすれば、この退屈な「神ごっこ」からも、ようやく抜け出せるというものよ」


 その言葉は、暴食の化身たる彼に相応しい、世界そのものを捕食するという宣言だった。


「ハイデスよ。お前が創る『黄金の玩具』……あれは中々に具合が良い」


 バージェスは、冥界の神を見上げる。


「儂が『蒼』に対処する代わりじゃ。もっとよこせ。国一つ傾くほどの金貨を流しておるだろう」


『……良かろう。勇ましき貴様に、我が軍勢を貸し与えよう』


「ハハハ!蛮勇とも言いたげじゃな」


 醜悪な笑い声が、誰もいない神聖なる議場に木霊する。その脳裏にふと、ある若者の顔が浮かんだ


(「蛮勇」か。……懐かしいのう)


 怪物の記憶の底から、一人の男の背中が蘇る。

 バルロフ・ベオ・イスカリア。1400年前、蒼を滅ぼすため、この彼が手を貸した小さき存在。神である彼が、唯一「人間」として認めた男。


「のう、バルロフよ。……お前が待ち望んだ時だ」


 バージェスは誰もいない虚空に向かい、愛おしそうに呟いた。

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