S-141 「この戦いが終わったら、アナタと……」
バイレスリーヴ/巨大海門付近/ガリヴェール平原の街道脇【視点:世界(観測者)】
冷たい月光が、岩場に転がる死体たちを青白く照らし出していた。旅商人に扮していた、帝国ザーラムの斥候兵たち。彼らの喉は一様に切り裂かれ、その血溜まりの上で、生々しい濡れた音が響いている。
返り血を浴びたままの、黒き監視団南部支部長、リザードマンのゼク。そして、その愛人であり「執行者:常闇の手」の一人、ミセイラ。
二人は、殺戮の興奮も冷めやらぬまま、獣のように互いを貪り合っていた。
「あっ、あぁっ!ゼク様……逞しい、身体……!」
ミセイラがその肢体を跳ねさせるたび、月明かりの下で汗と血が混じり合い、妖艶な光沢を放つ。
「私の魔法で……もっと……もっと奥までッ!」
「う……うご……ッ」
ゼクの強靭なリザードマンの肉体が、微かに震える。本来ならば捕食者として君臨するはずの彼が、この夜ばかりは、華奢な魔女の支配下にあった。硬質な鱗の冷たさが、ミセイラの火照った柔肌に触れるたび、彼女の毛穴という毛穴が引き締まり、快楽の悲鳴へと変わる。
「ゼク様、ゼクさ……おっと。神聖な『儀式』に取り込み中でしたか。これは失礼しました」
不意に、岩陰から淡々とした声が掛かる。戦闘の後、姿を消していた同胞――同じく「常闇の手」の一人が、ぬらりと姿を現したのだ。だが、その男は二人の痴態を見ても眉一つ動かさず、報告のタイミングを計るように佇んでいる。
「も……問題、ない……。お、俺は……既に……」
ゼクは白目を剥き、痙攣する喉で情けない声を絞り出す。戦場での鬼神のごとき威厳は見る影もない。今の彼は、ミセイラに精気を根こそぎ搾り取られ、ピクピクと身体を跳ねさせるだけの、哀れな抜け殻だった。
部下に見られているという羞恥を感じる気力すらない。数度目の絶頂を迎え、魂まで抜け出たかのように、強靭なリザードマンの尾はだらしなく地面に投げ出されていた。
「いつもの事ですね。……では、手短に報告を」
部下は岩陰に身を隠したまま、喘ぎ声と水音が響く空間に向けて、事務的に告げた。
「今しがた殺した斥候の生き残りから、精神干渉で情報を引き出しました。……ザーラム本隊の進軍時期は、一月後。規模は想定の倍です」
ミセイラは動きを止めない。顔にある大きな痣すらも、今の彼女にとっては美貌の一部だった。恍惚に歪むその表情は、血塗られた聖女のように美しい。
報告を聞き終えたミセイラは、荒い息を吐きながら、仰向けのゼクを見下ろした。彼女は長い髪を揺らし、愛おしそうに異形の恋人の唇に接吻を落とす。
「……この戦いが終わったら……アナタと正式に契りを結ぶわ」
絶頂の余韻の中にいたゼクは、朦朧とする意識の中で、愛人の言葉に頷いた。
「う……うむ。我らが神、ルヌ……」
――ピクリと、ミセイラの動きが止まる。
「……?」
彼女が聞き返すよりも早く、異変は起きた。仰向けのゼクの瞳。本来なら爬虫類特有の縦長の虹彩を持つ黒い瞳が、月光を反射し――いや、月よりも深く、暗い「蒼」へと染まっていったのだ。
それは、深海の底から見上げる水面の色。
「あ……」
ミセイラは吸い込まれるようにその瞳を見つめた。彼女の瞳にもまた、ゼクから伝播した「蒼い光」が宿り始める。常闇ではない。彼らが無意識のうちに信仰し、魂を浸食されていたのは、別のナニカ。
月下の岩場で、二つの影は再び重なり合う。その愛の囁きは、もはや人間の言葉ではなく、泡立つような深海の祈りのようにも聞こえた。




