S-138 「私は1400年、待ち続けたのだ」
レクイウム連合王国/ニゲルネムス北/雪原の境界戦場【視点:世界】
鉛色の空から、音もなく雪が舞い落ちる。視界を白く染める吹雪の向こうへ、地響きのような足音を残して「巨人族」の群れが撤退していく。後に残されたのは、雪原をどす黒く汚す巨体の山と、それを見下ろす二人の人影だけだった。
「……終わったか」
グリンネルは、大きく息/を吐き出した。白い呼気が、寒気に触れて瞬時に凍りつく。彼の手には、赤熱した魔剣が握られている。雪に触れるたびにジュウと音を立てていた剣の熱も、戦いの終わりと共に徐々に冷め、元の冷たい鉄塊へと戻りつつあった。
その隣で、淡い紫の髪をした少女、キノルが静かに杖を下ろす。彼女の無表情な顔には、疲労の色は見えない。ただ、その瞳だけが、逃げ去る巨人たちの背中を冷徹に見据えていた。
「キミたちの立ち位置は、定まった?」
ふいに、頭上から声が降ってきた。二人がハッとして振り返ると、背後にそそり立つ岩場の頂に、黒い毛皮のローブを纏った人影が座っていた。黒き狼の半獣人、クーカ。彼女はいつの間にかそこにいて、戦いの行く末を見下ろしていたのだ。
グリンネルは剣を鞘に納め、真っ直ぐにクーカを見上げた。彼の瞳の中で、迷いと決意が揺らめき、やがて一つの形に定まる。
「……俺は、人が一人でも多く助けられる方に立つ」
それは、綺麗事かもしれない。だが、この残酷な世界で彼が選び取った、唯一の正義。言い切った瞬間、彼の顔から迷いは消え失せていた。
「それは……『こちら側』という意味として解釈していいかしら?」
クーカが試すように問う。グリンネルは力強く頷いた。
「あぁ」
隣のキノルもまた、無言のまま静かに頷き、同意を示した。
「そう。……だってさ」
クーカは満足そうに口元を緩めると、誰もいないはずの雪原の彼方へ向かって声をかけた。
ヒュオォッ……。
突如、地面から星屑のように雪が舞い上がった。吹き荒れる吹雪が一点に収束し、そこから一人の男が姿を現す。月光のように白い肌と、血のような唇を持つ美青年。吸血種バルロフ。
「……ッ!」
グリンネルは反射的に剣の柄に手をかけ、キノルは魔力を練り上げた。だが、バルロフからは殺気も悪意も感じられない。あるのは、夜のように静かで、底知れない「重圧」だけだ。二人は困惑しつつも、警戒を解き、その異質な存在と対峙した。
バルロフは、雪を踏みしめ、恭しく一礼した。
「この時代の勇者。大魔術師ザラストラを継ぐ者。……そして、フェンリルの化身よ」
バルロフの視線が、グリンネル、キノル、そしてクーカへと順に向けられる。グリンネルとキノルは顔を見合わせた。勇者?ザラストラを継ぐ者?その言葉の意味を理解できず、戸惑う二人をよそに、バルロフは淡々と、しかし重厚な声で語り続けた。
「私は心強い味方を得た。……私は1400年、待ち続けたのだ」
彼の瞳に、悠久の時を超えた執念の光が宿る。
「そしてようやく……あの時、抹消し損ねた『最悪の災厄』が、再びこの世に現れた」
抹消し損ねた存在。それが誰を指すのか、グリンネルたちには分からない。だが、バルロフの表情が、それが世界にとって致命的な脅威であることを物語っていた。
「だが、私一人の力では、アレに太刀打ちできないだろう。ここにいる皆の力を合わせても、だ」
バルロフは空を見上げた。そこには、分厚い雪雲の切れ間から、冷たい星々が覗いている。
「アレを滅ぼすには、人の理も、魔の理も超えなければならぬ」
彼は再び二人に向き直り、白く細い手を差し出した。
「私たちは、神にも勝る力を得る必要がある。……共に来てくれるか」
その手は、救いの手か、それとも破滅への誘いか。グリンネルはゴクリと唾を飲み込み、その冷たい手を見つめた。凍てつく戦場に、新たな同盟の契約が結ばれようとしていた。
◆お付き合いいただきありがとうございました。これにて3つ目つの大きな物語は完結となります。
◆この後すぐに、最後の大きな物語がはじまります。是非とも最後までご覧いただいたうえで、好評価頂けますと幸いです。(もしかしたら、その後も書くかもしれません)
◆本作と同じ世界観を共有する物語を他にも投稿していますので、ぜひご覧になってください。(評価いただけると幸いです)
◇「地獄へ堕ちろ」と追放されたが、『そこは狂気と進化の《楽園》でした。』魔改造 された元勇者、美しき化け物たちを連れて祖国を蹂躙する。【楽園のロッシ】
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◇魔法の授業で「隣の席の美少女の裸」を超高画質で投影したら、人生が詰んだ。(あるいは始まった)~画家志望なのに手違いで魔術学院へ入学した僕のボッチは加速する~【誤算のアストン】
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