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S-133 「『国家最高位クエスト』を発注する!!」

バイレスリーヴ/元首の館【視点:元首オリアン】


 鏡台の前で、服装と髪型を整える僕の心臓は、緊張のあまり高鳴り、手足は小刻みに震えていた。


「どう?変じゃない?」


 そんな僕の前に、イルは、普段着ている青を基調としたドレスのような服から、新調した執事のような黒を基調とした、タイトな服に着替え、姿を表した。


 僕はいつもと異なる装いの彼女の姿に見惚れ、そしてその黄金色の美しい瞳と視線が合う。

 一瞬、意識がどこか遠くへ飛ばされたような気がした。


 あの溟海よりも深く、昏い底を覗き込んだような、奇妙な感覚。何かが弾けるような音が、頭の奥で微かに響いた気がする。


「とても似合ってます」


 僕の口から、驚くほど滑らかに言葉が出た。 

 僕の言葉を受けて、彼女は頬を赤らめ、僅かにはにかんだ。


「すこしきつそうですね。食べすぎでは?」


 僕の言葉にかぶせるように、浮遊しながら見ていたルトが、イルに突き刺さるような言葉を投げかけた。 


「はぁ…私の曲線美が理解できないこのお子様。どうにかしてほしい」


「いや、事実ですし」


「噓でしょ」


 イルとルトはいつものように言い合っている。


「ははは」


 僕は自然と笑っていた。


 おかしいな。さっきまで、立っているのもやっとなくらい足が震えていたはずなのに。

 なぜだか今は、緊張という感情そのものを忘れてしまったかのように、心が静まり返っている。まるで、恐怖を感じる機能だけが、どこかへ抜け落ちてしまったかのように。


 そこに、扉をノックする音が聞こえると、ルトはすぐさまイルの体の中へと引っ込んでいく。


「時間です」


 館の前を埋め尽くす民衆のざわめき。疑念、恐怖、好奇心。

 僕は大バルコニーの縁に立ち、その全てを冷ややかなほど落ち着いた眼差しで見下ろした。


 背後にはイル。彼女の視線が背中を焼き、僕の血管に氷のような冷徹と、マグマのような熱情を同時に注ぎ込む。


 僕は魔導具を握る。言葉を発するのではない。魂を、叩きつけるのだ。


「――静粛に。」


 魔導具を通さぬ地声。なのに、その一言は波紋のように広がり、数千の民衆を一瞬で黙らせた。

 風の音さえ止まったような静寂の中、僕は魔導具に唇を寄せ、ゆっくりと、しかし雷鳴のような重さで語り始めた。


「バイレスリーヴの同胞よ。……待たせた」


「君たちは聞いたはずだ。私が死んだと。あるいは、臆病風に吹かれて逃げ出したと」


「笑止! 私が逃げた? この愛する国から? 否! 断じて否だ!」


 (一気にテンポを上げ、畳み掛ける)


「私は潜っていたのだ! あの対岸の独裁国家、ザーラムという名の深淵に! そしてその背後に潜む、血に飢えた巨獣、レクイウム連合王国の懐にだ!」


「見よ! これが奴らの正体だ!」


 僕はラクリマの小瓶を高々と掲げる。


「冒険者を堕落させ、我々の精神を腐らせる『悪魔のラクリマ』! 奴らは剣ではなく、毒でこの国を殺そうとしていた! だが――」


 ガシャンッ!!


 小瓶をバルコニーの石床に叩きつけ、粉々に砕く。


「毒蛇の首は、私が断った!」


 民衆が息を呑む音が聞こえる。ここで、僕は声を低く、震えるような哀切を込めて落とす。


「だが……毒を消しても、傷は癒えない。そうだろう? 五年前……理不尽に奪われた、我々の若き息子、娘たち。君たちの胸に空いた穴は、まだ風が吹き抜けたままだ」


「私は誓った。父の墓前にではない。君たちの涙に誓ったのだ。 『必ず取り戻す』と!」


「私は、血を流すことを選ばなかった。野蛮な剣ではなく、知恵と経済という名の牙で、敵の喉元を食い破った!」


「そして今、ここに宣言する! 我々の戦争は、最初の勝利を収めたと!」


 僕は背後の大扉を振り返り、力強く腕を振り下ろした。


「開門!!」


 重厚な音が響き、館の扉が開かれる。

 陽光の下に歩み出たのは、五年もの間、闇に囚われていた子供たち。


「見よ! 彼らは帰ってきた! 自由の光の下へ!」


 一瞬の空白の後、広場は爆発した。悲鳴のような歓喜。名前を呼ぶ声。抱き合う親子の慟哭。


 その光景を、僕は神のような慈愛と、悪魔のような冷静さで見つめる。

 熱狂が最高潮に達した瞬間、僕はその熱を全て自分の拳に集めるように、天を指差した。


「だが、聞け! これで終わりではない! ザーラムは、これを宣戦布告と見なすだろう。奴らは来る! 怒り狂い、この美しい港を火の海に変えようと押し寄せてくる!」


「どうする? 震えて待つか? 再び子供たちを差し出すか?」


「「否!!」」


 民衆の叫びが、うねりとなって返ってくる。


「ならば! 答えは一つ! 戦うしかない!」


「剣を取れ! すきを取れ! アバカス(算盤)を弾け! 鍋を打ち鳴らせ!」


「商人の金貨は矢となり、主婦のかまどは兵の糧となる! 誰一人として無関係ではない! 君たちの日常そのものが、奴らへの最大の武器なのだ!」


「恐れるな! 資金? 装備? 全て私が用意する! 帝国との鉄の同盟もある!」


「君たちはただ、誇りだけを持って叫べ! この国は、バイレスリーヴは、決して奴隷にはならないと!」


 最後に、僕は広場にいる冒険者たちへ、鋭い視線を突き刺す。


「そして、誇り高き冒険者たちよ! 全身の血をたぎらせて聞け!」


「私は今、国家元首としての全権限を行使し、ギルド史上類を見ない、《国家最高位クエスト(グランド・オーダー)》をここに発注する!!」


「クエスト対象は『巨大海門防衛』! そして『内海海戦』だ!」


「報酬? 心配するな、国庫の底が抜けるまで出してやる!」


「参加するだけで金貨5枚! だが、そんな端金はしたがねで満足するな!」


「勝利を掴み取った者には、その5倍! 金貨25枚を授けよう!! いや、それだけではない! 敵を屠り、武勲を立てた者には、等級ランク昇格と、望むがままの富と名誉を約束しよう!」


「死ぬなよ? 生き残れ! そして富と栄光を抱え、勝利の美酒に酔いしれろ!」


「君たちは今日、ただの冒険者から、孫の代まで語り継がれる『この国の伝説』になるのだ!!」

 

 僕は両手を広げ、世界を抱きしめるように叫んだ。


「夜明けは来た! さあ、顔を上げろ! 新たな歴史を、今日、我々が刻むのだ!!」


 轟音のような歓声。それはもはや演説への反応ではない。新しい時代の産声だった。


「すごいよ、オリアン。……やっと、君の『本当』が目覚めたんだね」


 イルの声が、熱狂の嵐の中で唯一の静寂として耳に届く。


「……イル。君がいたからだ」


 僕は震える拳を握りしめ、眼下に広がる、生まれ変わった国の姿を網膜に焼き付けた。


 その視界には心地の良い蒼が広がっていた。


 ■ ■ ■


バイレスリーヴ/ウーガダール【視点:世界(観測者)】


 演説を終えたオリアンは、イルとともにウーガダールへと戻った。

 円卓には、ルガルフ、ビヴォールの他に、救出した青年団からスカウトしたウィクトリアが、そして、元スノゥシャの部下から移籍したオーエンが、集まっていた。


「良い演説だった。この国の空気が塗り替わったように感じたな」


 ルガルフが微笑んだ。


「ありがとうございます。でも、これで後には引けなくなりました」


 オリアンは緊張の糸が切れたように、椅子に座り込んだ。

 ルガルフは新団員をオリアンとイルに紹介し、ディナリエル、ノエルが不在の中、新体制発足後の初作戦会議を開始した。


「⋯⋯⋯ザーラムは必ず来る。そして、血の間も」


 ビヴォールは卓上に地図を広げる。


「帝国からの支援の状況はどうですか?」


 オリアンが尋ねる。


「ソラス陛下からの書簡では、物資と資金の支援は約束されている。ただし、兵力の派遣は…難しいようだ」


 ルガルフが答えた。


「⋯⋯⋯レクイウムの動きが活発化している。帝国も沿岸の防備に兵を割かざるを得ない」


 ビヴォールが地図上の帝国領の沿岸の要衝に駒を配置した。


「つまり、我々だけで戦わなければならない」


 オリアンが拳を握りしめた。


「では、冒険者ギルドの反応はどうですか?」


 オリアンが再び尋ねる。


「グラースから報告が入っている。破格の報酬に、予想以上の反響が。ただし…」


 ルガルフが言葉を濁した


「ただし?」


「戦力として期待できるのは、せいぜい2000人程度。対するザーラムは3万を超える大軍だ」


 その数字に、円卓が静まり返った。


「数で劣る我々が勝つには、戦略が全てだ」


 ルガルフが地図上の駒を動かし始めた。


「巨大海門での防衛戦。ここで敵の主力を食い止める。同時に、内海では機動力を活かした海戦を展開する」


「ウィクトリアさんと、オーエンさんの運用はどうします?」


 とオリアン


「ウィクトリアは希少な回復魔術師だ。巨大海門に展開する部隊の後方にて負傷者の救護を、オーエンは俺と共に巨大海門の前線へ」


「はい!」


 二人は強く返事をした。


「黒き帆船は⋯。ルトやニーネッドさんクラスの魔法使いが居ないと満足に運用できません。威嚇としては使えますが⋯温存したほうが良いですかね。敵に手の内を晒すわけにはいきません」


 オリアンは、背後のイルを意識して提案した。

 イルとルト。二人のスタンスは、人対人の戦闘には基本的には不介入。何故なら、彼女らは、ヴュールやチートゴーストであり、人に対して非対称な力を持っているから。


 それは彼女らが自覚しており、仲間を助けるためであったり、必要に駆られた場合のみ手を貸すという約束をオリアンと結んでいる。

 サフラヒルのコラン村軍事拠点を巨大な雷駆魔法の一撃で消し飛ばした際も、実のところ敵兵の死傷者はゼロ。


 あの攻撃は、本国に「黒き帆船」の恐怖を伝播させるためのデモンストレーション。

 故に、事前に避難勧告をしておいたのだ。


 しかし⋯


「⋯⋯⋯あの船を遊ばせるのは勿体ねぇ。居るじゃねぇか。一人。十分に扱えそうな奴が」


 船を改修したビヴォールは、ここに居ない、黒き帆船を有効に使える人物を知っていた。


「誰ですか?」


 オリアンがビヴォールに答えを求めた。


「海運ギルド会長、ユーラハン。概念の彼方まで航行する命知らずだ」


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