S-128 「ゲキ堅の石ころパンを授けよう」
ザーラム共和国/属州サフラヒル/法の間【視点:世界(観測者)】
法務官の焼却された遺体から、鼻を突く焦げ臭い匂いと煙が漂う。
完全に制圧した法の間には、レジスタンス達で埋め尽くされ、勝利と解放の歓声が巻き起こった。
「仮面の奴らは一体何者だ。すごい活躍だった」
「偽の大魔術師は大したことなかったな!」
アストンは、コラン村のレジスタンス達と喜びを分かち合っている。
ウィクトリアは、コラン村のレジスタンスに参加した青年団の仲間の傷を癒している。
ジーナは仮面を外して顔の蒸れを冷まし、サファルは身体を整える体操を、ヴェナは無言で漂いながら窓の外を眺めている。
沸き立つレジスタンスの中、ルガルフは法務官の遺体に近づき、かがみ込んで観察した。
その遺体には、法務官らしからぬ、溶け出した金属の鎧がへばりつき、指にはめられていた琥珀色の結晶が嵌め込まれた指輪も見られない。
「…偽物だ」
その言葉に、仮面を被ったジーナが反応した。
「やはりか…気の所為ではなかったのだな」
あらゆる攻撃を捌き切る彼女の眼は、ファイネことヴェナの魔法で自身の炎破魔法が弾き返され、その炎に身体が飲まれる直前に、近くにいた衛士と法務官が、何らかの魔法によりすり替わったのを捕らえていたのだ。
勝利を喜ぶムードであったレジスタンス達は、ルガルフ達の不穏な会話を聞き、どよめき立っている。
サファルとアストンも駆けつけ、法の間を見渡しつつ、ザラストラを探している。
「ん!ん!」
その中でファイネことヴェナは、窓の外を覗き、総督府から郊外へ向かって走っていく馬に乗った人影を認めた。
彼女は、魔力探知を行い、その人影から法務官と同じ魔力を感じ取った。
「奴はコラン村の駐屯地へと向かおうとしている!救援要請され、イッススや本国からの軍隊と合流されたら、流石に不味いぞ…」
レジスタンスの頭目の一人が、法務官の向かった方角から、その目的を予想した。
サフラヒルのザーラム軍の半数は、今、コラン村駐屯地に集まっており、その規模だけでもレジスタンスの二倍近くにのぼる。周辺地域から、サフラヒルのような士気が低下していないザーラム兵がこの地に入ってこられると、流石に旗色が悪くなる。
反乱は起こすだけでは何れ鎮圧されてしまう。その後の統治やザーラムへ対抗する為の持続的な戦略と物的、経済的な支援が必要。
それを少しでも容易にするためには、一度追い出したザーラム軍がサフラヒルに再び攻め入る機運を生ませないことが重要となる。
ただ、法務官を領内の別拠点に取り逃がしてしまっては、ザーラム軍を追い出したことにもならない。
故に、追撃は必至だ。
ルガルフは、アストンに耳打ちした。
それを頷きながら聞いたアストンは、声の調子を整え、法の間のレジスタンス達に向かって言った。
「み、皆さん!コラン村のザーラム兵達には、神の雷が降り注ぎます。その目もってして、法務官と彼らの最期を見届けましょう!」
彼は、その魔法の才を、この戦いでレジスタンス達に見せつけ、救世主と呼ばれていることも相まって、彼等のレジスタンス達の長を代表して、発言するに十分な空気感が醸成されていた。
ルガルフはこの戦いにおいて、次のこの国を担うような存在をレジスタンス達の長の中に探しており、その者にアストンを選び出したのだった。
法の間は再び熱気を帯び、その興奮のまま、しかし、アストンの支持により冷静さを欠かないよう、法務官の追撃部隊を再編し、出発した。
■ ■ ■
ザーラム共和国属州/サフラヒル/コラン村駐屯地
「烏合の衆どもめ、いい気になりおって!」
日は沈み、月が照らし始めた夜。
法の間から逃げ出した法務官、偽ザラストラことフギオは、戦略上の要所であるコラン村を、東征伐の物資拠点とするため、住居を焼き払って作ったザーラム軍駐屯地にまもなく着こうというところだった。
彼は、サフラヒル内のザーラム兵らを拠点建設のため使役させており、急ピッチの事業にも関わらずおおむね建設が完了。
戦力としても十分。東海岸の足がかりにふさわしい、海沿いの要衝となっていた。
フギオは苛立ちながら、ひとり海岸沿いの街道を馬を走らせていると、ふと付近の海上に、見慣れない帆船が浮かんでいるのが目に入った。
(港でもないこんな所に?)
フギオは不審に思い、目を細めてその帆船を観察する。帆船に掲げられた所属を示す旗印は、丁度月明かりの影になって読み取れない。
しかし、その船の甲板には、その縁を覆い尽くすほどの人影が、立ち並んでいるのが見て取れた。
その異様な光景に、フギオは危機感を覚える。
彼が帆船の方向から、瞬間的に増大した膨大な魔力を感知した瞬間、目の前が陽の光を直視したかのような脳裏まで届くほどの閃光に支配され、鼓膜を破壊するかのような轟音と、激しい地鳴りで馬が混乱し、フギオは地面に投げ出された。
「なんじゃあ?!」
フギオは目を擦り、瞬かせながら光により晦まされた視界が戻るのを待った。
彼の視覚が戻った頃。付近はやけに静まり返っており、軍団が駐留している要衝の前とは思えないほどだった。
「貴方かな。ザラストラを名乗る者は」
フギオの背後には、いつの間にか、背筋がピンと伸びた1人の老人が佇んでいた。
その者は、バイレスリーヴのとある書店で店主を勤める白髪の男。
「だっ、誰じゃ貴様っ!!」
フギオは彼の存在を全く感知できず、取り乱して後ずさりをする。
「奪われた名を取り戻そうとする、しがない物書きだよ」
《書店の書庫》店主、ニーネッドは、石ころ程度にしか発していなかった魔力を、一気に解放した。
「うぉおおっ!おぬし…まさか本物の!」
フギオは、その男の内に溜め込まれた、感じたことがないほどの膨大な魔力を受けてたじろいだ。
その淀んだ瞳には、恐怖の光が映り込んでいる。
「我々は古より連続する意思。始めも終わりもない。故に本物など存在しないのだよ」
「な、何を意味のわからぬことを!ならば、バージェス様より授かった、この神にも勝る力で貴様に終わりを教えてやろう!!」
フギオは『地緑の結晶』をあしらった指輪を光らせ、その指輪から、底知れない魔力を引き出そうとした。
しかし、その指輪から溢れ出る魔力は全て目の前の老人、ニーネッドへと流れ、彼の魔力に統合されていく。
「なにぃっ?!」
「…君のケーキは口に合わない。ゲキ堅の石ころパンを授けよう」
ニーネッドは手を天に向けて翳すと、突如として複数の隕石がフギオの頭上から降り注ぎ、彼のいた場所に落下。彼の肉体はその衝撃で跡形もなく吹き飛んだのだった。
「だが、さて。これで彼の者達に目をつけられなければよいが」
ニーネッドは北の天を見上げ憂いに満ちた表情を浮かべる。
彼の下に、サフラヒル方向から土煙を上げ、魔法の灯りに照らされた騎馬集団が向かってきた。その先頭を走るのはルガルフ。
彼はニーネッドの姿を認め、その背後で陥落したコラン村要衝を確認すると、サフラヒルにおける市民の反逆は成功を収めたことを確信した。
■ ■ ■
ザーラム共和国/属州サフラヒル/郊外
夜明け前の薄闇の中、ルガルフとレジスタンスの頭目たちは、炎上するコラン村駐屯地の前に立っていた。
「これで…終わったのか」
アストンが、信じられないという表情で呟く。
「いや、始まったんだ」
ルガルフは、燃え盛る炎を見つめながら答えた。
「サフラヒルは解放された。だが、ザーラム本国が黙っているはずがない。本当の戦いは、これからだ」
ジーナは仮面を完全に外し、銀色の髪を夜風になびかせた。
「ルガルフ。貴方たちバイレスリーヴは、この地を支援するのか」
「ああ。我々の利益にもなる。ザーラムの東進を阻み、属州を次々と解放していく。それが、黒き監視団の戦略だ」
サファルが、遠くの地平線を見つめて言った。
「面白くなってきたな。俺たちも、もう少しこの地に留まるとするか」
ヴェナは相変わらず無言だったが、その仮面の奥の瞳には、微かな光が宿っていた。
ウィクトリアは、救出したバイレスリーヴ青年団の仲間たちに囲まれ、涙を流していた。
彼らから離れた丘の上で、2人の影が、燃え盛るコラン村駐屯地を眺めていた。
「後は好きにしていいよ。借りは返したから」
そのうちの一人、ウィスカが呟いた。
「困りましたね。殺していただいたほうが楽でしたから」
隣に立つ、ザーラム共和国の財務官、ワキールは目頭を指でもみ、複雑な表情を浮かべた。
そんな二人を、ルガルフ達より先に、東の空から上る陽の光が照らす。
新しい夜明けが、サフラヒルに訪れようとしていた。
■ ■ ■
ゼーデン帝国/首都ゼア・ドゥーン
皇帝の間で、ソラスは一通の報告書を読んでいた。
「サフラヒル、陥落か」
「はい、陛下。ザーラムの東進戦略に、大きな遅れが生じるものと」
近侍官が報告する。
「面白い」
ソラスは、微かに笑みを浮かべ、立ち上がり、窓から外を見つめた。
「お前の仲間は、いつも私の期待を裏切らぬな」
その琥珀色の瞳には、複雑な光が宿っていた。
■ ■ ■
レグヌム・クィンクェ・ウニトルム(レクイウム)連合王国/首都レギコルディア/光貴の間
玉座に座る、レガリオは、密かに支援しているザーラム共和国のサフラヒルが陥落したことの報告を近衛隊長から受けた。
「うぅむ…。この件、血の間は…どう見るか」
「はい。遠征時期の前倒しを要求してくるでしょう」
レガリオは自戒した。我ながら浅はかなことを聞いたと。
「じゃろうな。して、準備の程は?」
「万全を求めるなら半年後。しかし、血の間に『往け』と言われれば、すぐにでも」
近衛隊長は頭を下げたまま、そう答えた。
■ ■ ■
ザーラム共和国/首都ザハリア
執政官バージェスは、執務室で激怒していた。
「サフラヒルが!?あのフギオめ、無能が!」
机を叩き、書類を投げ散らす。
「あやつは!ワキールは何をしている!」
「ワキール様は…総督府の襲撃で死亡したとの報告が」
側近が恐る恐る報告する。
「なに…あやつも…か!?」
バージェスは、深く椅子に座り込み、あきらめの表情を浮かべた。
「結局…儂が手を下さねば何も出来ぬというわけか」
■ ■ ■
???【視点:世界(観測者)】
我々が観察していた異物が干渉を始めた。
「……招かれざる『異物』が、太古の鉄槌を叩き起こしたか」
「星が意志を宿す時、理は軋みを上げる。世界は歪み、時の螺旋は逆行するだろう」
「然り。だが、これは『彼』の戯れに対する、世界からの揺り戻し。あるいは……それすらも自然の摂理か」
「なればこそ。招かれざる異物は、星に招かれし『必然』とも言える」
「現世の《魔王》らも…すでに畏れ慄いておる。であるならば…今回もかの小さき者が立ち上がるだろう。」
「バルロフ・ベオ・イスカリア…」




