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S-127 「借りは……返す主義だから」

ザーラム共和国/属州サフラヒル/総督府「法の間」【視点:世界(観測者)】


 フギオの放った灼熱の業火が、全てを飲み込まんとしていた。


 だが、空中に浮遊するファイネは、仮面の穴から覗く金色の瞳に蒼い不可思議な光りを宿し、小さく嘲笑った。彼女が静かに大鎌を振りかざすと、周囲の気流が不自然に歪曲し、暴風へと成長する。


 風凪魔法《疾風反撃カウンター・ゲイル》。


 フギオが放った灼熱の業火は、ファイネの目の前で巻き起こった暴風に煽られ――そのまま反転してフギオ自身へと跳ね返った。


「なっ――!?」


 フギオの視界が、自ら放った炎で真っ赤に染まる。


「ギャァァァァァァッ!!」


 断末魔の悲鳴と共に、法務官フギオの姿は紅蓮の炎に包まれた。肉が焼け、脂が弾ける音が響き渡る。圧倒的な火力が、術者自身を飲み込んだのだ。


 それを見たアストンが、目を丸くした。


「さ……流石ヴェナだ。今の高火力魔法を簡単に弾いてしまった」


「自業自得だな。己の驕りに焼かれたか」


 サファルが鋭い視線を炎の中に向けた。燃え盛る炎の中、黒焦げになった塊が崩れ落ちる。もはや人の形を留めておらず、ピクリとも動かない。誰もが、法務官フギオの死を確信した瞬間だった。


「指揮官は落ちた。……だが」


 サファルは冷徹に言い捨てると、すぐに視線を戦場全体へと戻した。フギオの死により、法の間を支配していた指揮系統は崩壊した。だが、それは逆に、個の武力に特化した黄金衆たちにとっては、暴れる好機でしかなかった。


「目障りだ!」


 ルガルフと対峙していた黄金衆は、体表に金色の筋を浮き上がらせ、人間離れした加速でルガルフの懐へ飛び込んだ。


 速い。


 ルガルフはその対処に獣人化が間に合わない。一瞬の油断。圧倒的な強敵、吸血種ヴェルメリオとの戦いを生き延び、強くなったことへの驕りが招いた隙だった。


 その時、彼の金色の瞳に、突如として深海のような蒼い光が宿った。

 獣人化していないにも関わらず、彼の視界から色が消え、世界が急速にスローモーションになる。


 黄金衆の神速の突きが、まるで水中の動きのように緩慢に見えた。そして、戦場に渦巻く狂気は「赤」、悲壮は「青」、黄金衆の放つ殺意は「鋭利な黄色」として、あらゆる感情と事象が鮮やかな色彩いろとなって知覚された。


(……呼んでいる)


 ルガルフの意識の奥底で、何かが響く。気付けば、理解した色彩に対し、身体が自然に、思考を介さず最適な行動を選択していた。


 ズドォォッ!!


 見事なカウンター。黄金衆の剣がルガルフの肩を掠めるより早く、ルガルフの拳――「常闇の手」が、黄金衆の腹部に叩き込まれた。黄金衆①は声もなく吹き飛び、壁に激突。金色の輝きは消失し、そのまま沈黙した。即死だった。


 ルガルフの視覚が通常に戻る。彼は呆然と自分の拳を見つめた。


(何だったんだ、今のは……?)


 一方、ジーナの前には、別の黄金衆が立ちはだかっていた。この黄金衆は、二刀流の短剣を操り、まるで踊るようにジーナの盾を翻弄する。


 キンッ!カカカッ!


 無数の斬撃が盾の表面を削る。黄金衆②は、ジーナが防戦一方であると見て取り、嗜虐的な笑みを浮かべた。盾しか持たない女になど、この神速の連撃が破れるはずがない。そう確信し、とどめの一撃を放つべく大きく踏み込んだ。その時、ジーナの瞳にも蒼い光がちらついた。


「……遅い」


 仮面の下で、ジーナが低く呟く。次の瞬間、彼女は防御に使っていた大盾を、信じられない速度で振りかぶった。それは防御動作ではない。盾という名の「質量兵器」による殴打だった。


 ゴォォォォォンッ!!


 空気が破裂するような轟音。ジーナの盾殴打シールドバッシュが、突っ込んできた黄金衆の顔面を直撃した。金神経化で強化された瞬発力でも躱しきれない速度。そして、理不尽なまでの腕力。黄金衆は首があらぬ方向へ折れ曲がり、回転しながら彼方へ吹き飛んだ。


 その光景を、少し離れた場所で見ていた仮面の小柄な影――ウィスカが、呆れたように肩をすくめる。


(……ジーナ姉。小さい時から余りに馬鹿力だから、剣を持たせたら危ないって、盾しか持たせてもらえなかったんだよね)


 残るは、ワキールを守る黄金衆のみ。彼は同僚たちが瞬殺されたことに動揺することなく、冷静に主を守りつつ、近づくウィスカを警戒していた。ウィスカは武器を持っていない。素手だ。だが、その歩き方は独特だった。つま先だけで地面を滑るように移動し、気配を完全に殺している。


「女が、下がれ」


 黄金衆が警告と共に剣を薙ぐ。だが、ウィスカはその剣閃を、紙一重で見切るどころか、剣の腹を指先で軽く叩いて軌道を逸らした。


 ウィスカ。ゼーデン帝国第弐皇女。彼女には、姉のようなコンマ一秒を見極める動体視力も、怪物じみた剛腕もない。妹のような猛禽のような視力や弓術の才もない。


 才能が無いと自身を追い詰め、そして拾ってもらった諜報部隊「百影」。そこで将軍ゲアラハから直々に教え込まれたのは、人体の急所と、効率の良い人の殺し方だけだった。


 それを愚直なまでに身体に叩き込んできた、努力の達人。それはもはや、他の才能にも勝る才能だった。ただ、不幸なことに本人はそれが才能であると理解はしていないようだが。


 そんな彼女は黄金衆の懐へ、蜂のように鋭く飛び込んだ。


 トン、トン、パァン!


 ウィスカの拳が、黄金衆の鳩尾、喉元、そして眉間へ、リズミカルに叩き込まれる。それは一見すると軽い打撃に見えた。だが、彼女の拳には、人体構造を熟知した彼女特有の「振動」と、仕込まれた極細の「針」が隠されていた。針から注入された毒と、骨の髄に響く破壊振動が、黄金衆の金色の神経網をズタズタに破壊する。


「が、ぁ……っ?」


 黄金衆は、何が起きたのか理解できぬまま、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。神経を断たれた人形のように、糸が切れた最期だった。


 護衛を失ったワキールは、それでも取り乱すことなく、静かにウィスカを見下ろしていた。ウィスカは仮面の奥の冷たい瞳で彼を見据え、ゆっくりと近づく。


「……こんなところで、貴女と再会するとはね。さぁ、仕舞ってくれて構わないよ」


 ワキールが、殺せと言わんばかりに手を広げた。ウィスカが手を振り上げる。ワキールは抵抗の素振りも見せず、ただ静かに目を閉じた。


 だが、その拳が振り下ろされることはなかった。寸前で動きを止めたウィスカは、小さくため息をつくと、ワキールの耳元で囁いた。


「……行って」


「ふむ?」


 ワキールが片目を開ける。


「借りは……返す主義だから」


 以前、ザハリアで拷問を受けていたウィスカ。彼女が捕らえられたのはワキールの策によるものでもあったが、そこから脱出できたのもまた、彼の手引きがあったからだ。


 彼は敵でありながら、どこか底知れぬ思惑で動いている。ウィスカは素早く周囲を見回し、レジスタンスたちの目が届かない裏口を顎でしゃくった。


「早く行って。殺すよ」


「感謝する。……お嬢さん」


 ワキールは軽く一礼すると、影のように裏口へと消えていった。


 こうして、法の間での戦闘は、レジスタンスの圧倒的勝利で幕を閉じた。誰もがそう思っていた。

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