S-125 「君も『あの島』から逃げてきたんだろ?」
ザーラム共和国/属州サフラヒル/郊外の宿【視点:救世主アストン】
……僅かに時間は遡る。
計画の共有が終わり、僕は宿を離れようとした。
すると、サファルと名乗った興行団の頭取が、僕の仮面の顔をまじまじと覗き込んできた。
「むむっ…。君のその気配。まさか」
「……初めてお会いしますが」
「名前は?」
「え、言う必要が?」
彼は、僕の腕をおもむろに掴んできた。
ビリッ…
彼の手から、懐かしくも忌まわしい、金色の光と電流が流れる。
「俺はサイル3-4。君も『あの島』から逃げてきたんだろ?」
悪魔の言葉に、全身の血が凍りついた。
(まさか…「あの島」の追手?!)
僕は半年間の岩礁生活で培った生存本能で、彼の腕を振り払って逃げようとした。
「おっと。なんで逃げようとする?同じ立場だってのに」
サファルは僕を引き戻す。
「同じ…立場?」
「ああ。俺と、あそこにいる彼女もな」
サファルが視線を向けた先には、黒いボロボロのローブを纏い、死神のような仮面の人物が漂っていた。
風に揺られているように見える。
ドクン。
心臓が早鐘を打った。
半年間。雨の日も風の日も、あの岩礁で思い描き続けた気配。
そして、何より――僕の魔力が、彼女と共鳴しているのに気付いた。微かだが、確かに繋がっている。
「……ヴェナ?」
僕は仮面を外し、その気配を直視する。
僕の声は震えていた。
「ん……!」
僕の呼びかけに反応するように、その人物の肩が大きく跳ねた。
彼女は震える手で、ゆっくりと仮面を外した。
そこには、半年分の月日を感じさせるものの、変わらない愛おしい黒髪の少女の顔があった。
その瞳から、大粒の涙が溢れ出していた。
彼女は何かを言おうとして、唇を動かした。
「……ん、……んぅ……!」
声にならない音。
そうだ。彼女は「あの島」での施術のショックで、声を失ったのだ。
僕はそれを知っていたはずなのに、改めてその現実を突きつけられ、胸が張り裂けそうになった。
「ヴェナ……ッ!!」
感情が決壊した。
岩礁での孤独、絶望、飢餓。すべてがこの瞬間のためにあったのだ。
僕は人目もはばからず、彼女に駆け寄った。
彼女は、風の魔力を緩め、ふわりと僕の腕の中へ降りてきた。
僕は彼女の小さな身体を、力いっぱい抱きしめた。
軽い。あまりにも軽い身体。
失われた脚と片腕の感触が、僕の胸を締め付けた。けれど、心音は確かにそこにあった。
「よかった……生きててくれて、本当によかった……!」
「……ん……んっ……」
ヴェナは僕の背中に、残された片腕を回し、顔を埋めて泣きじゃくった。
言葉はなくても、彼女の嗚咽と、必死に僕にしがみつく力が、すべての感情を伝えていた。
半年間の不安と孤独が、僕のシャツを濡らしていく。
「遅くなってごめん……一人にして、ごめん……」
僕たちは、周りの目も気にせず、ただ抱き合って泣き続けた。
サファルたちが驚きの表情で見守る中、僕たちの再会は果たされた。
「おいおい、どういう事だこれは?」
しばらくして、サファルが困惑した声を上げた。
僕はヴェナの頭を優しく撫でながら、彼女を支え、皆に向き直った。
僕はヴェナの肩を抱き寄せ、静かに、しかし誇らしげに告げた。
「彼女は、バラ=エル魔術学院に在学していた僕の同期生、流息のヴェナ。……僕が半年間、あの岩礁で片時も忘れたことのなかった、何よりも大切な人です」
ヴェナが、僕の服をぎゅっと握りしめた。
「ん」と小さく鳴いて、彼女は僕の胸に顔を擦り寄せた。
もう二度と離さない。
その温もりが、僕の心に強く刻まれた。




