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S-119 「奴らが最も恐れるのは……」

バイレスリーヴ/商業者ギルド会館【視点:世界(観測者)】


 バイレスリーヴの埠頭に隣接した巨大な倉庫。石造りの壁に囲まれたその一角には、山と見紛うばかりに魔法ポーションの木箱が積み重ねられ、微かな潮風の中に、薬品の微かな匂いと、魔力の波動が満ちていた。


 木箱の隙間から漏れる、ポーションの鮮やかな色彩が、倉庫の薄闇を神秘的に照らしている。


 商業者ギルドの会計・出納役の青年は、その木箱の山を見上げ、思わず息を飲んだ。


「これほど集めて……この国に魔術学院でも建てようって言うんですか」


 会計・出納役とともにその山を見上げる男、商業者ギルド会長のルーガットは、目の前にある木箱に整然と収められた、淡い水色の魔法ポーションを一つ手に取った。

 厚手のガラス容器に入れられたその液体を、窓から差し込む、唯一の日の光に透かして目利きした。


「ほう、それも一興よな」


 ルーガットは、深い青のポーションを優しく揺らし、冷たいガラスを通して若き会計・出納役を見つめた。その光景は、あたかも、国境の情勢を睨む、老練な軍師のようであった。


「我が国を取り巻く、周辺諸国の情勢は、頭に入っておるか」


 会計・出納役は、ルーガットの冷徹な眼差しに晒され、緊張から背筋を伸ばし、淀みなく答えた。


「はい。西岸で勢力を増しているザーラム共和国は、東岸への進出を狙い、薬物ラクリマ決闘大会クレイヴァートでの政治工作など、軍事力以外で我が国を攻めてきています」


「うむ。更には、どうか」


 ルーガットは鷹揚に頷き、先を促す。その試すような目が、青年の知識の底を探っていた。


 青年は一瞬言葉に詰まり、頭の中の情報地図を広げる。倉庫の奥で埃っぽい空気を吸い込み、続けた。


「え……えーと。その背後には、ゼーデン帝国への報復を企む、レクイウム連合王国の影もあります。交易商たちからの報告によれば、ザーラム内の情報統制が強化され、税金が上がり、戦略的物資の備蓄が始まっているとか……それとは別に、我が国の国家元首が姿を消したことも関係があるのでしょうか」


「うむ。全てを総合して乱暴に言えば、戦争が始まるということだ」


 ルーガットの顔から、微かな笑みが消えた。その重い口調は、石造りの床に響くようだった。


「して……だ。儂ら商人は、この未曾有の危機を前に、どうすべきか、お主の考えを聞かせてくれ」


「私は、今やザーラム属州となったサフラヒル王国で生まれましたが、今やこのバイレスリーヴこそが故郷だと思っています。つまり、私は商人として培った知識を尽くして、この国のために出来ることをすべきだと考えます」


 青年はルーガットの鋭い瞳から目をそらさず、真っ直ぐに言い切った。彼の声は緊張で震えていたが、その決意は揺るがなかった。


 ルーガットは一瞬、目を丸くした。金で人を動かすことに慣れている彼にとって、純粋な忠誠心を説く青年の姿は、何にも代えがたい喜びをもたらした。満面の笑みを浮かべた。


「儂がお主くらいの年の頃は、己の利益しか考えていなかったわい。大したものだ」


 青年は、恐縮しつつも好奇心を抑えきれない様子で尋ねた。


「いいえ、とんでもない。ただ、愚かな私には、これだけのポーションを買い集めた意図が分かりかねますので。ぜひお教えいただけませんか」


 ルーガットは頷き、語り始めた。


「ザーラムの乾燥した台地には石英砂が豊富に含まれている。この透き通った、良質な容器を作ることは得意だが……肝心の中身は、霊峰から採取した《万年雪の精髄》と、樹木限界線以上の過酷な環境で、空気中の純粋な魔力を濾過・結晶化して成長する《星光苔》が無ければ作れぬ」


 会計・出納役は、ルーガットの達観した物言いに興味を惹かれ、身を乗り出して聞き入る。若き頃から各国を渡り歩き、市場と共に人生を歩んだルーガット。


「それらは、ロスミネラやアルゴエイムが主な産地。この国にとって幸いなことに、ザーラムにはない。」


 彼はザーラム市場における魔力ポーションの枯渇を狙っていた。


 これに対し、会計・出納役が意見する。


「つまり、数が限られているザーラム内の魔法ポーションを、買い占めようと……しかし、ギルドの財務状況は逼迫しています。小麦の価格も意図的に引き上げましたよね。生産者は大喜びですが、ギルドの倉庫は小麦で溢れ、市民も国の配給が無ければ、もはや飢えてやっていけません」


 会計・出納役は懸念を隠さなかった。この一連の経済操作が両刃の剣であることを知っているからだ。


「うむ。だが、安心せい。これは、遍く要素を統合し、緻密に成された計算を元にした『儂ら』の戦略だ。閉鎖されていた金鉱山、クルーア廃坑の採鉱も始まった。間もなく我が国の経済はもとに戻る。それどころか爆発的な成長を遂げるだろう。他方、ザーラムの市場は我が国以上に混乱することになる」


 ルーガットはポーションを木箱に戻し、腕を組んだ。


「食に意識が捕らわれているうちに、戦争物資が流出していることに狼狽する。ここで重要なのは、実際に枯渇することではない。『枯渇するかもしれないという恐怖』が市場で蔓延さえすればよい。その種を仕込み、機を待ち収穫するのが、我々商人だ」


「彼の国を軍備の市場から切り崩そうという訳ですね」


 ルーガットの大胆な戦略に、会計・出納役は、国家間の争いに縁のない自分たち商人が、中心となって仕掛け、国を動かしているこの状況を知り、鳥肌が立っているのに気づいた。


「うむ。だが当然、今語ったことは、我が国の戦略の一つの側面に過ぎぬ。そうだな⋯。ザーラムのような権威主義国が一番恐れるのは何かわかるか」


 ルーガットの問いに、会計・出納役は脳内の知識を漁るように視線を斜め上に彷徨わせた。周囲の静寂にその緊張が吸い込まれていく。


「うぅん……外圧の存在……ですかね」


「それもあろうが、一番ではないだろう。奴らが最も恐れるのは、権威を揺るがす『内からの反発』だ」


 会計・出納役は、その言葉の重みを噛み締めるように頷いた。


「なぜなら、権威主義の国は恐怖と虚言の上に立っているからだ。外敵は国境で防げるが、民心は国境の内にある。一旦、内なる民が立ち上がれば、それは『支配の正当性』がゼロだと世界に示したことにもなる」


 ルーガットは、冷徹な論理で続けた。その口調は、まるで盤上の駒の動きを解説しているかのようだ。


「加えて、体制を維持する警備の兵や役人も、自分の家族が飢えていれば、国より家族を取る。統治機構が内から崩れれば、もはや全ては『崩壊』する。指導者は権力だけでなく、文字通り、全てを失うのだよ」


「確かに、理解できます。ですが、そこに我々商人が関与できる地はあるのでしょうか」


 ルーガットは、満足げに微笑んだ。


「貿易商が最近、重そうな銭入れを担ぎ込んで来る姿を見ているだろう」


「は、はい。ギルドの金庫は銅貨で溢れかえっています」


 会計・出納役はその心意を測りかねている。


「小麦やポーションの買い占めは、言わばブラフ(脅し)だ。儂の真の狙いは、『内からの反発』を引き起こさせること。庶民の決済手段である『銅貨』を枯渇させる」


 ルーガットは会計・出納役に言葉を促した。


 彼は言葉の前に自分の喉を鳴らした。


「決済の崩壊による……民衆蜂起を狙おうと⋯」

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