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S-117 「ディーミディウム興行団の大見世物だ!」

ザーラム共和国/属州サフラヒル【視点:世界(観測者)】


 夕暮れ時の朱色がかった柔らかな光が、土煙舞うサフラヒルの広場に斜めに差し込んでいた。日中の灼熱は幾分和らいでいるものの、地面はまだ熱を保ち、湿度の低い、乾いた熱気が観衆を包み込んでいる。


 その砂埃にまみれ、普段は寂れたこの広場に、カラフルな天幕と木製の仮設ステージが広げられ、突如として活気が満ち溢れていた。


「さぁさぁ、集まった集まった!これから我ら、ディーミディウム興行団の大見世物だ!」


 団長である金髪の快活な中年、サファルが、赤い瞳を爛々と輝かせながら、甲高く響く声で観衆を呼び寄せた。


 興行では、火吹きや、華麗なジャグリング、心を揺さぶる歌や踊りが次々と披露された。見物客には、炊き出しの湯気が立ち上る熱いスープと焼きたてのパンが惜しみなく配られ、食と娯楽に飢えた市民は、瞬く間に広場に殺到した。


 興行団は、街道に配備されていたザーラム兵達にも同じものを支給した。広場は属州化する前のサフラヒルの頃の、喧騒と熱気を取り戻し、市民達は口々に昔の賑やかな思い出を語り合っている。


 そして、興行のクライマックスとして、《死神と王》という、今、各地でひそかに流行り始めている物語の寸劇が始まった。


 それは、ある国の暴君が領民に暴虐の限りを尽くした果てに、死神に魂を刈り取られるといった単純明快な物語だ。


 舞台には、簡素ながらも豪華さを装った玉座と、隅に領民から奪った聖遺物を収めた小さな聖櫃が置かれている。


「ははは!見よ、この聖櫃を!領民から全てを奪い尽くした結果がこれだ。神など、金貨の前に跪く愚かな偶像に過ぎん」


 その玉座には、ふんぞり返り、酒を飲みながらセリフを語る、団長サファルが扮する愚王ディオスの姿があった。彼は豪華だが薄汚れた衣装を纏い、狂乱した王の姿を熱演している。


 この演目が始まり、《死神と王》の台本を知る市民達は、眼前で行われる、愚王の傲慢な振る舞いと現在の属州の圧政を重ね合わせ、ひそひそと囁きあっていた。


「今日も一人、反乱を企てた馬鹿を処刑したぞ。血の匂いは素晴らしい!この国は儂のもの!誰も逆らうことはできん」


 彼がそう語ると、ファイネが扮する、全身をボロボロのローブに包み、不気味な仮面を被った死神が音もなく舞台上に浮遊しながら現れる。


 その空を漂う異形に、観衆は本物の死神を見たかのようにどよめき、戦慄する。

 死神の姿を見た愚王ディオスは、大げさに驚き、玉座から転げ落ちた。


「何者だ!衛兵!衛兵を呼べ!化け物め!」


「我は大悪魔ハイデルの使い。貴様を同胞と認め、死の世界へと誘いに来た」


 死神は、低い声のナレーションとともに、動きと不気味な仮面、風凪魔法由来のローブのはためきで圧倒的な存在感を放っている。


「何を言っている!俺は死の世界なんて行きたくない!」


 愚王ディオスは、剣を抜き、死神に斬りかかるが、攻撃は虚空を裂く。


「何と!どこを刺しても死なない!まさか、死神か!?」


 愚王を演じるサファルと、死神を演じるファイネによる、寸劇《死神と王》の名物シーンに、観衆は驚愕し、思い思いの反応を示す。興奮した子どもの叫びと、大人のため息が混ざり合った。


「貴様は何をしに来た!儂は王だぞ!神に愛されし、偉大なる王だ!」


「貴様は神よりも悪魔に愛されし者だ」


 死神は、そう語り、ゆっくりと愚王に近づく。その動きは滑らかで、一切の感情を感じさせない。


 愚王は聖櫃の前に追い詰められ、聖櫃にしがみつき、絶望的な声で叫んだ。


「神様!助けてください!領民からせしめた聖なる遺物は、全て、それぞれの教会にお返ししますから!」


 この物語は、現在、ザーラムが占領地で行っている、聖遺物の強奪と全くもって重なるものだった。


 すると、舞台裏から、荘厳で重々しい神の声が響いてきた。


「うむ……だが、それでお前の罪を許せと申すのか?」


 愚王ディオスは、顔を上げ、必死に懇願する。


「約束します!二度と民を苦しめることはしない!全てを元に戻す!どうか……命だけは!」


 愚王の懇願が終わったその静寂の中、観衆の一人が微かに呟いた。その声は、熱気を含んだ空気を伝って、周囲へと広がっていく。


「何処かの国の執政官と同じだな」


 彼は、ルガルフが用意した仕込みの観衆サクラの一人だ。その呟きに呼応するように、別の観衆も声を上げる。


「サフラヒルの教会の『貝殻のロザリオ』も、ザハリアに徴収されたんだろ」


 奪われた聖遺物の話題は、あっという間に、群衆の中を伝播した。市民たちの眼差しに怒りと不満の色が濃く宿り、広場の群衆に不穏なうねりが生じ始めた、まさにそのときだ。


「何をしている!」


 寸劇の話題を聞きつけた法務官、ザラストラとともに、遠目で監視していた数人のザーラム兵たちが、砂埃を巻き上げながら、ステージへ向かって、剣を揺らしながら駆けつけ、騒ぎ始めた。


「こちらは、法務官、ザラストラ様なるぞ!!」


 観衆らを含む辺りは騒然となる。


 サファルは、舞台上からその様子を瞬時に察知した。彼は演者とスタッフにだけ通じる、微かな手のサインを送り、咄嗟に作戦を変更した。


「貴様が興行団の頭か」


 法務官は、舞台の上で演技を行っているサファルに呼びかけた。

 観衆たちは、その人物が属州サフラヒルの新たな総督であるザラストラだと囁きあい、彼の行った焼き討ちの話題を引き合いに、風刺めいた寸劇を繰り広げる興行団も粛清されるのだと悟った。


「これは執政官への冒涜罪にあたる内容だぞ!」


 法務官の隣に控える護衛隊長が、今にもサファルに喰いかかろうとするような態度で迫った。


「何を仰いますか。最後まで寸劇をご覧になってから言ってください」


 不気味な仮面を被った、興行団のスタッフたちが、血気盛んな兵士たちの前に立ちはだかり、彼らを冷静にいさめる。


 舞台上では、サファルの合図を受けた神役が、ストーリーの展開を大幅に修正する。


「よろしい。そなたは選ばれし者。我が神の導きにより、そなたは死神を滅し、この国の安寧を約束しようぞ」


 愚王を演じるサファルは、一瞬で表情を切り替え、神に選ばれた『正義の王』を演じ始めた。

 そして、寸劇のストーリーは、神が味方した王が死神を倒し、王の統治により、国家の安寧が約束されるといった、体制側に都合の良い、検閲を通す内容で終わったのだ。


「如何ですか?この寸劇は、有名な《死神と王》の台本をこの国の王の偉大さのために変えたものです」


 サファルは舞台を降り、法務官、ザラストラに悠然と問いかける。


「むむ…確かに……」


 駆けつけたザラストラと、ザーラム兵たちは、寸劇の結末に政情への瑕疵が無くなったことから、それ以上の騒ぎを起こす理由を失い、引かざるを得なかった。


 ■ ■ ■


「なんだ…フギオか。大魔術師ザラストラなんて大ウソ」


 広場に現れた法務官の姿を、民衆に紛れて確認したウィスカは、誰にも聞こえない声で呟いた。


 これは、ザラストラを名乗る法務官を誘い出し、その正体を探る陽動作戦でもあったのだ。


 ウィスカは、長きにわたりバージェスのお気に入りとして中枢に潜伏していた。この国の多くの重鎮たちを知る彼女は、その面割りの役割を果たしたのだった。


 ザラストラとザーラム兵達が引き下がっていくと、群衆の中で演劇の結末に関して憤慨する声が巻き起こった。


「なんだあの結末は!俺たちはあんなものが見たかったんじゃない!」


「『執政官への冒涜罪』って、兵士ですら現状を認めたようなものだ」


「本当に王が正義なら、私たちが奪われたものはどうなるのだ……」


 興行団が見せた、真実を一瞬だけ匂わせたにもかかわらず、物語の結末が、観衆が望んだ、本来の暴君が滅ぶという《死神と王》のものでは無かったこと。その歪な幕引きこそがかえって、彼らの心の奥に消えかかった、反逆の炎を煽り、大きくすることとなったのだ。


 この巧妙な状況こそ、まさにディーミディウム興行団を利用し、黒の監視団が狙った、世論を誘導する工作だった。


「……ふむ。面白いじゃないか」


 広場に面する、古びた宿の三階。開け放たれた窓から喧騒を眺めていたワキールは、その黒曜石の瞳を細め、微かな笑みを浮かべながら呟いた。


 その紳士は面白そうにその全てを観察し、琥珀色の酒を一口含んだ。


 ディーミディウム興行団は、その後も数日にわたり、サフラヒルの様々な場所において、このように巧みな慈善興行を行っていった。


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