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S-110 「おお、兄弟。シナモンか?」

ザーラム共和国/巨大海門/西側関所【視点:世界(観測者)】


 巨大な石造りの構造物《巨大海門》の西側関所。


 神話時代の巨人によって築かれたと伝わるその門は、荒々しい波濤が打ち寄せる中、内海と外海を分かつように、大陸の南側を強大な力で塞ぐ威容を誇っていた。その広大な頂は、大陸の東西をつなぐ橋となり、塵埃を舞い上げながら行商人や旅人たちが絶え間なく行き交う。


 海門の両端には、それらの通行者を監視するかのように、巨大な二対の石像が聳え立っている。


 そんな西側の門のたもと、ザーラム共和国の関所付近には、数刻待ちを覚悟させる長大でうんざりするような行列ができていた。生ぬるく乾いた風が吹き、人々の疲労と苛立ちを運んでくる。


 行列の最後尾に並んだ粗末な馬車は、ザーラムの特産品である香りの強い香辛料を積んでいた。その馬車に乗る御者へ、憔悴しきった様子の顔見知りの商人が声をかける。


「おお、兄弟。シナモンか?ターメリックか?胡椒か」


「その中で言えば、シナモンだな。そっちは」


「魔石と魔法ポーションだ。最近、バイレスリーヴの商人達が高値で買い漁ってるらしい。ぼろい商売だが、まさかこんなところで足止めとは」


 商人は行列を眺めてため息をついた。


「何かあったのか?」


 御者の問いに、商人は、深い皺を眉間に刻んだまま、頭を振った。


「今朝から検閲がやたらと厳しくなったようだ。何があったのかは知らねぇが。日が暮れる前にバイレスリーヴに入れれば運がいい方だと思うぜ」


 御者は、首筋を伝う汗を拭うことなく、遠くを凝視した。彼は、普段は怠惰で横柄なザーラム兵が、検閲中の馬車の中にまで乗り込み、隅々まで積荷を厳しく確認している光景を明確に捉えた。


 その視線のすぐ脇を、華やかな絹と賑やかな音楽を伴った興行団が巨大海門を渡り、ザーラム領内へと向かって通って行く。


「こんな国で興行とはな。えらい大所帯だな。中央にでも招かれたのか」


 商人は諦念と皮肉を込めて語る。


「この国は中央ばかりが肥え太る。やせ細る属州のことなど王城の連中は見て見ぬふりだ」


 と御者。


「全くだ。俺なんか交易業者はいざとなったら逃げられるが、属州に根ざした者達の我慢は限界に来てる」


 商人は同意を示す。


「イッススでも暴動があったしな。どの属州総督も、民衆の不満を抑え込むのに必死だろう。このところ小麦の流通も減ってきているみたいだしな」


「まぁ、巻き込まれて立ち往生もゴメンだがな。高価な香油の香りが悪くなりかねん」


「そうか。俺の売り物は悪くなりにくい。もう少し荷を積んで、また日を改めるとするよ。ありがとうな、健闘を祈る」


 御者は、商人に挨拶をし、関所の喧騒から馬車を離脱させていった。


 香辛料を乗せた馬車が、関所から十分に距離を取り、草原の小道に入ったところで、御者は積荷に向かって極めて低い声で囁いた。


「さて、どうしようか」


 御者の声を受けて、積荷の中の布の塊が微かに振動し、ゆっくりと動き出した。薄汚れた麻のローブが捲れ、長く美しいブロンドの髪が覗く。その髪をかき分けた宮廷魔術師ウィクトリアの瞳は青い。彼女の顔には幾日も休んでいない疲労が刻まれているが、その青い瞳の奥には、冷たい決意の光が宿っていた。


 そして、もう一つの布の塊。それは、血が滲み、破れた箇所から覗く手足を包帯で幾重にも巻かれた女性を隠していた。彼女の美しい銀の髪は熱に濡れ、ところどころに乾いた血がこびりついている。帝国の第弐皇女、ウィスカ。彼女は微動だにせず横たわっており、その瀕死の重傷が一目で見て取れた。


 ウィクトリアは、かすれた声で、現状に基づいた冷静な判断を告げた。


「せっかくですが、陸路は諦めたほうがよさそうです。海路で東を目指しましょう」


 ウィスカの唇が微かに動き、承知の意を示すように見える。彼女は肉体的には衰弱しきっているが、宮廷にいた時よりも、その青がかった灰色の瞳には、確固たる光が宿っていた。


「ということは、サフラヒルだな。そっちは検閲が緩いと良いが……」


 御者は荒れた草原の方向を定め、僅かに鞭を入れようとした。


「道中に、何処か身体を休める場所はありますか?……彼女。すごい熱なんです。このままだと……」


 ウィクトリアは、献身的な無理がたたって生命の危機にあるウィスカを見て、青い瞳に深い焦燥を滲ませた。


「この岩がちな草原を越えた先に、小さな村がある。夕方頃には着けるだろう」


 御者はそう提案し、馬を急がせた。


 ウィクトリアは、乱れた息遣いを整え、静かにウィスカの身体をそっと包み込んだ。そして、僅かな回復を願って治癒の呪文を心の中で丁寧に唱え続けた。

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