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S-109 「アンタ達は……どっち側」

レグヌム・クィンクェ・ウニトルム(レクイウム)連合王国/首都レギコルディア/光貴の間【視点:世界(観測者)】


 光貴の間は、真紅のビロードと深紺の絹を基調とし、随所に豪奢な金糸が施された絨毯、旗、テーブルクロスで飾り立てられていた。窓のない部屋を満たすのは、魔法の光石から放たれる眩い輝き。荘厳な金の装飾が視覚を圧倒し、分厚い素材に吸い込まれるように、その重々しい雰囲気は外部の雑音を完全に遮断していた。


 この威厳ある間の主、レクイウム連合王国、レガリオ・ド・ロマネスティ5世は、部屋の最奥、一段高くなった場所に置かれた背の高い玉座に着座している。その玉座は、真紅に染め抜かれた最上質の革に、複雑な金の刺繍が縫い込まれたきらびやかな代物だった。


 黄金色の髪と豊かな髭を持つ威風堂々とした小太りな彼は、連合王国を統一したロマネスティ家の5代目にして、国民からは「人徳の王」として深い尊敬を集めている。


 彼の両脇には、まるで陽光を浴びたように艶やかなブロンドの髪と、澄んだ青い瞳を持つ息をのむほど美しい王妃ディーヴァ、そしてロマネスティ家の次世代の希望と目される、同じく輝くブロンドの髪と理知的な琥珀色の瞳を持つ王子レグルスが、不動の姿勢で厳かに座していた。


 比類なき聡明さを誇る王妃ディーヴァは、高名な貴族の出でありながら、天使をも魅了すると謳われる類まれなる美声を持ち、生ける歌姫として世界中から認知されている。


 次代の責務を背負う幼さの残る王子レグルスは、聡明な母と人徳のある父の美点を全て受け継いだ完璧な人格者だった。しかし、彼は生まれながらにして音のない世界に住んでいる。世界が讃える母の至高の歌声を、ただ一度も聞くことができないという、数奇で皮肉な宿命を背負っている。


 彼らロマネスティの一族は、この連合王国において不滅の支配者であり、国民を照らす陽の光そのものとして輝く象徴だった。彼らの背後の壁には、その権威を示す「不滅の太陽」を模した、ロマネスティ家の旗が巨大かつ誇らしげに飾られていた。


「…と、いうことだ」


 レガリオは、重々しく話を終えた。その話は、ついに来たる東方征伐に関する内容だった。


 そんな彼の言葉を、各々の思惑を胸に傾聴していた者たち。

 それは、レガリオ王の王座からまっすぐに伸びる長い机を前に厳かに座する、この連合王国を構成する、かつてこの地方を治めていた四王族たち。


 向かって右側に並ぶのは、南方二領の元王家。

 その一方は、ザーラムと領土を接する、東側諸国に最も近い王国領。バイレスリーヴの決闘大会クレイヴァートに来賓として出席していた、《フロースフォンス》領の領主アウルス・ディケム。そして、その背後には、同領の騎士団長を務める、英雄剣闘士パトリオが控えている。


「我が領は、秋のムネラ大会で忙しい。それに、手を汚すのは賤しい彼の国の役目だろうに」


 アウルスは、瞼の肉が垂れ、細くなった目で同じ並びに座る、ピンと立てた口ひげが特徴的な、威厳ある紳士風の男を見て呟いた。


 彼が収めるフロースフォンスは、闘技大会ムネラが最も活発に行われてきた歴史がある。故に、彼らの背後の壁には、剣と剣が交える「剣闘士」を模したディケム家の旗が掲げられている。


「相変わらず金稼ぎのことばかり気にする。本当に誇り高きバラ=エル卒の学士なのか…疑わしい」


 アウルスに視線を向けられ、迷惑そうにしている口ひげの紳士。彼は山間部の盆地を領土とする、最も狭い領地でありながら、魔法大学や芸術、文化が発達した、《ロスミネラ》領の領主パテル・オーブリオン。そして、その背後には、同領の騎士団長を務める、重戦車グラヴィスが控えている。


 華麗なるオーブリオン家は、王妃ディーヴァの生家でもあり、パテルは彼女の実の父親でもある。ロスミネラは、伝統ある学術都市であり文化都市。特に魔道士を志すものにとっての超名門校《バラ=エル魔術学院》が存在する。故に、彼らの背中側の壁には、書籍と楽器を組み合わせたオーブリオン家の旗が掲げられている。


「ならば貴様達がより多くの兵を出すのだな?パテル!前線となるのは儂の領なのだぞ!?いつもの高みの見物だけは許さぬぞ!」


 アウルスはパテルに噛み付いた。

 オーブリオン家の治めるロスミネラは、レクイウム連合王国の奥まった高地に存在する。一方で、ディケム家の治めるフロースフォンスは、内海に沿っており、加えて王国の中では最も東側寄りの地域となっている。


 アウルスは、パテルが安全地帯から意見していること、娘の夫であるレガリオの肩を持つフリをして、彼から自領の利となる言動を引き出そうとしていることを見抜いていた。


「ぐっ⋯愚弄するか!」


 南の領主らの言い合いの中、向いの席から、声が割り込んだ。


「アウルスと一緒にはされたくないのだけれど、私の庭だって巨人どもに荒らされている最中。それでもっていうなら、巨人に首輪をつけてこの街まで引っ張ってこようかしらね?」


 レガリオ王に向かって左側に並ぶ、北方二領の元王家。その一方で、《概念の彼方》と領地が接し、山脈や森林、砂漠などの隔てる地形がない、危険と隣り合わせの領土に持つ、《ニゲルネムス》領の領主フォルトゥーナ・ルロワは皮肉たっぷりに呟いた。中老に見える彼女は、視線をレガリオに向けた際、紫色の短い巻き髪が微かに揺れる。


「全くですな。北の防人を代わっていただけるなら、話は別ですが」


 フォルトゥーナの背後に控える、同領の騎士団長を務める、隻眼の《ユーストス》が同意した。


 ニゲルネムスは、連合王国ひいては、人知の平原の防人の役割を果たしているほか、かつて《概念の彼方》からの大規模な亜人(魔族)侵攻を打ち破った、《大地のゼルザ》の縁の地としても有名。故に、彼らの背中側の壁には、盾と剣を模したルロワ家の旗が掲げられている。


「お前は黙っていろ、軽口が」


 彼の隣に並び立つ、長身の男は、月に照らされた雪のように白い肌の、淡いブロンドの髪を短く整えた、気品漂う武人。領地の半分が山脈に覆われた厳しい自然環境にある、極寒のアルゴエイムの騎士団長を務め、氷河のメメントは微動だにせず、ユーストスを制した。


「おっと、陰口のお前よりはましだろうよ」


 ユーストスは戯けたようにメメントの言葉に応じた。

 ユーストスの挑発に乗らず、押し黙ったメメントの前に座している、骸骨のように青白い肌、広い額に僅かに生えた長い白髪の毛が後ろへ流されている。紫色の瞳を持ち、顔に複雑な模様が彫りこまれた、異様な出で立ちの中老の男は、同領の領主メンシス・シュヴァルブランである。


 アルゴエイムは、その険しい山々から、吹雪が吹き荒れる過酷な地であるため、彼らの背中側の壁には、冠雪の山脈を模したシュヴァルブラン家の旗が掲げられている。


 王国の中枢たちが一堂に会する《光貴の間》。ここは、かつての5つの国の王達が、ロマネスティ家のもとで纏まり、連合王国建国を記念し作られた部屋だ。

 だが、彼らは真の意味でまとまる気などさらさらない。各々の利益のみを考え、行動する。それは人徳の王レガリオの命であっても聞くことはない。


 自分たちの手を煩わせてまで、東方征伐など、彼らからすれば狂気の沙汰。

 ザーラムは、そんな彼等がやりたがらない事を引き受けることで、勢力を拡大したのだ。


 血を流したくない彼らが、金で解決しようとした結果が今の状況を生み出したのは必然なのだ。


 しかし⋯いや故にか。


「これは、血の間の主からの勅命である。背くことが何を意味するのか。よいな」


 レグルスは、血の間の気配をちらつかせた。


 彼らを言葉で束ねることは出来ない。ならば、力を借りるしかないのだ。


 血の間の勅命。これは彼らにとって従わざる得ない殺し文句。

 その力が余りにも強大であるから。人間が彼らに立てつくことなど、許されないのだ。


 一方でレガリオは、血の間の力を、5つの領を束ねるために巧みに利用している。諸王国が連合王国レクイウムとして形を保ち、強大な帝国ゼーデンと対等であるために、血の間の脅威を逆手にとっているのだった。


 レガリオを除く、四領主は口をつぐむしかない。


 ここで言葉を間違えば、血の間からの粛清に怯えなければならなくなるほか、自領が連合王国から弾き出されることも、集団防衛の利を享受できなくなるという観点から好ましくない。


 そんな、血の間の泥濘の上に成り立つこの連合は、いつ崩壊が訪れてもおかしくない。五者は一様に、その時のことも想定しつつ、己が領の利益のために思案を欠くことは無いのであった。


 ■ ■ ■


 広い廊下。冷たい大理石の壁にもたれかかり、黒い毛皮のローブを頭まですっぽり被った人物が静かに目を閉じていた。


 彼女、クーカ・ジグリフは、アルゴエイム領主メンシスの護衛役として同行してきたライカンスロープだ。ざわつく会議室の微かな声や、廊下の埃の匂いさえも逃さない、人間のものと比較にならないほど優れた感覚を研ぎ澄ませている。


「アンタ達は……どっち側」


 クーカは、目も開けずに、囁くような声で呟いた。その言葉は、会議の終わりまで、この場で防衛を任じられた二人組に対してのものだった。


「……北と南。西と東。表と裏。人と亜人。色々ある」


 二人のうちのどう見ても魔法使いである女性は、表情を変えず、ボソリと小さな声で答えた。


「今の主、フォルトゥーナ様の側だ」


 もう一方の青年は、クーカの僅かなイラつきを察知し、即座に立場を告げた。


「そういうのじゃ無いって…」


 しかし、その答えは、クーカにとって満足のいくものではなかった。クーカは被っていたローブのフードの下で、微かに口角を上げた。


「アンタ達からは血の匂いがしない。だから言うけど、この国の腐った根を断ち切る、今が変革期」


 クーカは続ける。


「先日発生した、バイレスリーヴの国家元首暗殺事件は、世界の動乱を加速させる」


 その言葉に、二人は衝撃を受けて、一歩前に踏み出した。


「なっ……バイレスリーヴの元首が?それは新しい彼のことか!」


 女性は、わずかに黄色の瞳を大きく見開き、動揺を露わにした。


「うそ……」


 その時、光貴の間と廊下を隔てる大きな木製の扉が勢いよく開かれ、紫の巻き髪のフォルトゥーナ・ルロワが早足で退室してきた。


「グリンネル!キノル!居るかい!帰るよ!こんな場所、血生臭くて長い出来たもんじゃない」


 上品な雰囲気を漂わせていたフォルトゥーナだが、よく通るその声と、せわしない動きの速さから、気性の激しさが窺える。


 クーカは、動揺を隠せない二人に、意味深な警告を投げかけた。


「立ち回りを十分に見極めることね」


 クーカはそう言い放ち、その後につづいて出てきたメンシスらとともに、廊下を滑るように静かにその場を立ち去って行った。

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