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S-104 「…生きてる?」

バイレスリーヴ/クレイガンの丘【視点:常闇の手ルガルフ】


 懐かしい場所。


 あの惨劇が脳裏に焼き付いてからは、二度と近づくことはないと思っていた。

 俺の故郷があった場所。クレイガンは、廃墟と化しており、その地獄の怨嗟から、怨霊が出るとして、野党達すら住み着くことはない。


 豊かな植生により、村だった場所は緑に飲み込まれつつあった。


「あの場所、物見の丘って呼んでた場所だ」


 俺は、廃墟となった故郷を歩くことで、その場所での思い出が次々に蘇ってきて、涙が堪えられなくなったため、これ以上は堪えられなくなり、この場所を離れる口実を探していた。


 イルは鼻をすする俺の様子を、特に何も言わずに見守っている。ここに着く前は、痴話喧嘩をゴーストとしていたというのに…


 俺がこの場所を訪れた理由。それは、敵であるヴェルメリオと、百影将軍ゲアラハ、四番隊を打倒したことを、村の皆に報告に来るため。


 そして、その、あまりに強大だった敵、ヴェルメリオを圧倒し、最後に俺の手で終わらせてくれたイルへの恩を返すため。


 ■ ■ ■


追憶:バイレスリーヴ領南、とある農村【視点:世界(観測者)】


 隠れ山からの帰路、ある村の宿にて。


「…イル。貴方に莫大な報酬を約束しましたが…実は」


 ノエルはとても気まずそうに話す。


「無いんでしょ。知ってる」


 いつもの人間の姿に戻った彼女は、宿の食堂で硬いパンに苦戦しながらジト目で言った。


「すみません…でも、君の組織への借金は減らします。減らさせてください」


 とノエル。


 奴の計算では、彼女の組織への借金は、200金貨なのだという。

 馬鹿みたいな大金だ。奴は絶対にふっかけている。


「まぁ、あまり期待してないけど」


 とイル。


 その様子を黙って聞いていたが、俺としても、俺の怨嗟を断ち切ってくれた彼女に、何か恩を返せないか。考えていた。


「何か、欲しいものはありませんが?除霊のカンテラとか」


 とノエル。


「絶対いらない!って…ルトが言ってる」


 とイル。


 流石に公共の場では彼女の中のゴーストは出てこず、内にて囁くのみだった。


「うーん。欲しいものかぁ」


 イルはパンに口の中の水分が取られ、なかなか飲み込めずにもごもごしながら考えている。


「あっ、この琥珀色、アライゲ・オーのボトルとか?」


 イルは鞄から、ほんのり淡い琥珀色の酒が入った小さな小瓶を取り出した。

 ノエルと俺は、顔を見合わせる。奴の内心は読める。「そんな物で良いのか」と。

 確かに安い酒ではないが…あの戦いの対価としてはあまりにも安い。


「あ、でも、ルトに怒られた。今のは無し」


 イルは言葉を止め、ようやくパンを飲み込んだ。


「《大いなる五つ》だって。でも、そんなのあるわけないじゃん。めっちゃ貴重なんでしょ?もっと現実的なの言ってよ」


 彼女はなにやら、一人で話し始めた。

 恐らく俺たちにもその話を共有しながら、ルトと言い合っているのだ。


「大いなる五つ。違うかもしれないが…もしかしたらイルに渡せるかもしれない」


「本当ですか?!」


 俺が呟いた途端、ルトの顔が俺の前にまで飛び出してきた。

 周りに人目がなくてよかった。


 ■ ■ ■


バイレスリーヴ/クレイガンの丘【視点:常闇の手ルガルフ】


 村の墓地で祈りを終え、俺とイルは《物見の丘》を登っていく。

 その視線の先には、巨大なジャナの木が茂り立っていた。


「10年前に植えたんですよね…成長の速度が速過ぎませんか?」


 とルト。


「確かに、ジャナの成長速度からすれば異常な大きさだな」


「その、不思議な石の効果とか?」


 とイル。


「もしかして…本当に大いなる五つなんでしょうか」


 ルトは期待を膨らませ、身体の色を明るく光らせる。


「違ったら悪いな…こんなところまで来てもらって」


 俺たちは、心地よい風に葉を揺らす、ジャナの木の影に入った。懐かしい匂いがする。

 あの時、クーカとゾラと一緒に成人の誓いを立てた場所だ。そして、今年が俺とクーカの成人の年。

 皆が成人になった日、この場所に集い、一緒に冒険に旅立つはずだった二人はもうこの世にいない。

 今日、最も激しい悲しみが押し寄せる。


「…クーカ…ゾラ…」


 恥ずかしげもなく、その場に跪いて涙を流し、祈りを捧げた。


「この木の根元に、埋めてあるはずだ」


 俺は、記憶を辿り、ジャナの木の根本をナイフを使って掘り進める。


 ガリッ…


 柔らかい土をしばらく掘ると、ナイフの先端に何かが当たった。


「ん?」


 それに覆いかぶさった土をかき分けていく。


「木箱?」


 土の中から現れたのは、俺の記憶にない木箱。

 俺はイルとルトに困惑の視線を送り、その木箱を開いた。


「…手紙…かな」


 木箱の中に結晶は無く、羊皮紙の紙片とともに、小さな黒曜石のネックレスが入れられていた。

 俺の手はそれを見て震え、全身に鳥肌が立つ。


《今は亡き、ゾラ、ルガルフの魂よ、永遠に。星灯暦1134年竜月 クーカ・ジグリフ》


「…クーカが…生きてる?」


 ■ ■ ■


バイレスリーヴの港/レクイウム連合王国アルゴエイム行の帆船【視点:世界(観測者)】


 賑やかな港町を出港した帆船は、強い風を帆に受け、速度を乗せて沖へと進んでいく。


 その船の甲板を船頭に向け歩いていく長身の男は、月に照らされた雪のように白い肌の、淡いブロンドの髪を短く整えた、気品漂う武人。

《氷河のメメント》と呼ばれ、敬われるレクイウム連合王国、《アルゴエイム騎士団》の団長だ。


 その行く先、船頭には、黒い一人の影が。


「船内に入っておけ、ヴュールが出ないとも限らない」


 メメントは、その者に声をかけた。

 黒い毛皮のフード付きマントを羽織ったその者は、港から離れたことを確認すると、頭を覆っていたフードを脱ぐ。

 その者の髪は、黒く艷やかで、その肌は灰色の美しい毛並みで覆われている。半獣人の姿をした、美しい顔立ちの若い女性。


「10年前、この街から出港したあの日も、風の強い日だったのを覚えてる」


 大人びたその表情は、かつて彼女に見られた自由奔放な快活さは鳴りを潜め、何処か影を帯びたものとなっていた。


「そうだったな」


 メメントは彼女を甲板から引き離すのを諦め、共に並び立った。半獣人姿の彼女は、遠ざかっていくバイレスリーヴの港を静かに見つめている。

 そんな彼女を一瞥し、メメントは進行方向の空を見やった。そこには不吉な黒い雲が空に張り付いている。

 その空をみる彼の瞳は覚悟の色を湛えていた。


「近く、世界は大きく動く。クーカ、お前は、そのきっかけを作る一人だ」


 メメントは半獣人姿の彼女にだけに聞こえる声で語りかけ、彼女の反応を見ることもなく、その側から立ち去っていった。


 クーカと呼ばれた半獣人の女は、潮風に髪をなびかせながら、掌の中に隠していた《碧色の魔石》を強く握りしめた。

 帆船は、黒鉛で塗りつぶしたような怪しい雲に向かって進んでいく。それは、この世界が激しい動乱に突入していくことを予見しているかのような、暗く濁った空だった。



【あとがき】

◆お付き合いいただきありがとうございました。これにて2つ目の大きな物語は完結となります。

◆この後すぐに、3つ目の大きな物語がはじまりますが、全体を通しては4つ目の大きな物語が終えたところで最終完結となります。(もしかしたら、その後も書くかもしれません)

◆本作と同じ世界観を共有する物語を他にも投稿していますので、ぜひご覧になってください。(評価いただけると幸いです)


◇「地獄へ堕ちろ」と追放されたが、『そこは狂気と進化の《楽園》でした。』魔改造 された元勇者、美しき化け物たちを連れて祖国を蹂躙する。【楽園のロッシ】

https://kakuyomu.jp/works/822139841696633531

◇俺たちマジメな冒険者にタカるク〇野郎は、ダルがらみする相手を間違えた模様。【凡庸のエイダン】

https://kakuyomu.jp/works/822139841642504941

◇魔法の授業で「隣の席の美少女の裸」を超高画質で投影したら、人生が詰んだ。(あるいは始まった)~画家志望なのに手違いで魔術学院へ入学した僕のボッチは加速する~【誤算のアストン】

https://kakuyomu.jp/my/works/822139841648141135

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