S-101 「俺は…原初の血を持つんだぞ…」
バイレスリーヴ領南/隠れ山/クルーア廃坑外/鉱山入口付近【視点:常闇の影ゼク】
ディナリエルから受けた指示。このゾンビドラゴンと不死身の亡者たちをまとめて攻略出来る可能性のある一手。
我はそれがどういう仕組みで起こるのかは分からないが、目の前の敵を釘付けにしろという指示だけは理解できる。
黒い煙のブレスを横に飛んで躱しながら、ドラゴンの次の動作に集中した。
この場に集まってきた亡者たちは、ブレスの攻撃をまともに受けても死ぬことはない。
ゾンビドラゴンは、その腐敗して飛ぶ力を失った翼をバタつかせ、肉が腐って剥がれ落ち、骨が所どころに見え隠れしている巨大な尾を振り回そうとした。
ザシュッ!!
ドラゴンの猛攻を躱しながら足元にもぐりこみ、軸としている左前脚を斧で切断した。
ドラゴンは、軸を失い、前のめりに倒れる。
ミセイラの補助魔法が我の全ての能力を高めている。人間というのは、もろい生き物だが、彼らはそれを補うほど賢い。彼女と関係を深めたことで、我は彼女から多くを学んだ。
強者に対して、数で圧倒し、緻密な作戦を練り、魔法の力を行使する。この大陸の南側において、脆弱な人間たちがこれほどまでに文明を広げ、支配していることは、我々亜人と比較してか弱い彼らが、永い時をかけて知恵を絞って築き上げてきた結果なのだ。
そんな人間が生み出した補助魔法という力を、ミセイラは俺に惜しみなく使う。
初めてその力を受け取った時の高揚感ときたら。故郷で「永遠の2番手」と言われた我が、神にでもなれるかのように錯覚したほどだ。
我の斧の一撃は、本来なら、この大陸の圧倒的強者として君臨するドラゴンに、たとえそれがゾンビであろうとも、一刀両断できるものではない。
だが…それでもなお、このドラゴンを倒せるかというと、我にはその未来が見通せない。
目の前のドラゴンは、我の存在に気付いてにらみつける。
我によって切断された脚は、すぐさま周囲の肉片を取り込み、再生してしまった。
「ううむ…」
これで四度目。奴ら亡者には疲労の色は見えない。この場所はもはや黒い煙の毒性に支配されており、呼吸をすれば即死。だからこそ、長く呼吸を止めておける我が活躍できる場なのだが…我も生身。不死の者との長期戦は圧倒的に分が悪い。
ドラゴンは、口を開いて口の中を光らせ、我に向かって、黒い煙を吐き出した。
黒い煙はまともに浴びれば肌が腐敗し溶け出す死の吐息。我は横跳びしつつそれを躱し、ドラゴンの左後ろ足付近まで回り込んで、跳躍。斧を振りかぶって尾を狙う。
「四時の方角を見よ!」
その時、スノゥシャが、我の死角から飛び込んできた白骨化した狼を尾で捕らえて粉々に砕いた。
「助かる!」
我の渾身の一撃は、ドラゴンの尾を切断。しかし、間もなくその尾も不気味な音を立てながら再生する。
「果て無き深淵の如きよ」
スノゥシャは呟いた。
辺りには黒い煙の残り香が充満している。肌がピリピリと痛みを感じる。
そしてほぼ全ての亡者たちは、我らの周りに集まってきている。
「よし…今…谷、駆け上がる!」
我は叫んだ。
我とスノゥシャは、その合図で一気に谷の高みに、駆け上がっていく。
「ミセイラ!」
我の合図に、谷の上で機をうかがっていたミセイラは頷き、事前詠唱をしていた炎破魔法の火球を、腐乱したドラゴンと亡者達が犇めく谷間に放った。
「お願い…」
その時、ミセイラの火球が、ドラゴンのブレスに含まれた可燃性のガスに引火し、周囲が昼間のように明るくなるとともに、ドラゴンを中心に巨大な爆発が起きた。
その爆発は、亡者やドラゴンを塵に変え、その場で散っていった同胞たちを灰とする。想像を絶するほど大きな音と衝撃に、岩陰に隠れ遅れたミセイラを吹き飛ばした。
我はミセイラの腕を掴んで岩影に引き寄せ、胸の中でしっかりと抱えんだ。
■ ■ ■
バイレスリーヴ領南/隠れ山/クルーア廃坑外/鉱山入口付近【視点:血の間の王子ヴェルメリオ】
「ぐあぁぁ!!くそっ!何故…」
俺の顔から胸にかけて、ライカンスロープの爪痕が皮膚を破り、肉を晒して生々しく開いている。
「今のは…クーカの分だ」
そう呟いたライカンスロープは、蝙蝠の分体の中で、間違いなく俺の意思が宿った本体を2度も正確に狙ってきた。
今まで殺してきた奴らの中で、そのことを見破った奴はいないし、見破ることはできないと思っていた。
「犬っころの癖にぃぃ!!」
この、空を飛べず、停滞する矢も使えない。そして分体すら看破された。あり得ない醜態に、抑えようのない怒りが込み上げてきた。
その時。
「ルガ!!上へ!!」
青い化け物じみた奴が、俺の周りに浮遊していた黒い骨のようなものを合体させ、ライカンスロープの腰を掴んで引き上げていく。
「なん…」
その瞬間、俺の影が正面の岩肌に鮮明に映し出されたかと思うと、耳を壊すような音とともに、激しい熱波が体を焼く。
そして、耐えることができない衝撃波に俺の体は吹き飛ばされて近くの岩場に叩きつけられた。その衝撃で《死者のランタン》は破壊され、弓は何処かへ吹き飛ばされていく。
(嘘だろ…俺様が…こんなところで?)
選ばれし高貴な血を持つ俺の体から血液が蒸発し、髪が燃え、皮膚が焼けただれる。
(俺は…原初の血を持つんだぞ…)
何がこうした?
敗因は何だ。
失せ逝く視界が最後にとらえたのは、爆風の中で高みから俺を見下ろす、青い化け物じみた奴と、そいつに憑依しているゴーストの姿だった。




