自分を裏切って婚約破棄をしてきたジュテル王太子殿下。馬鹿な死に方をして、一気に好きだった思いがなくなってしまった。
ああ、なんて事なのでしょう。あの方は異世界の聖女様とあんなに親しげに寄り添って。
にこやかに寄り添う二人を見る度にわたくしの心は嫉妬にかられるの……
アルデティーナ・ユリド公爵令嬢は17歳。同い年のジュテル王太子の婚約者の令嬢である。
二人は幼い頃から婚約を結んでいた。
ジュテル王太子はそれはもう、美しく、黒髪碧眼の美青年で。
ガルド王国のジュテル王太子の事をアルデティーナはものすごく愛していた。
自分だって金の髪に青い瞳で美しさには自信がある。
美しさだけではない。勉学も、一生懸命、貴族が通う王立学園で学び、学年で首席をキープしている程、優秀であるという自信がある。
将来のガルド王国の王妃にふさわしいと、自信を持って学園で振舞ってきた。
ジュテル様の役に立ちたい。
ジュテル様の為に、わたくしはふさわしい女性になるの。
愛しているわ。貴方は普通にしか接してくれないけれども。
わたくしは貴方の事を愛しているのよ。
ジュテル王太子の皆に優しい所が。
ジュテル王太子が剣技に優れている所が。
好きな所を上げたらきりがない位に、大好きで大好きで。
彼との一週間に一度のお茶会もそれはもう楽しみにしていた。
でも、ジュテル王太子とは当たり障りのない会話をしてきただけで。
わたくしを愛していると言って?
わたくししか、貴方の伴侶はいないと言って?
わたくしは貴方の愛が欲しいのよ。
そう思っていても公爵令嬢としてのプライドが邪魔をして、素直に言えない。
淑女としてふるまう事しか出来ない。
ジュテル様に沢山愛を告げたい。
愛しているって沢山沢山言いたい。
でもそれはガルド王国の未来の王妃として、公爵家の令嬢としてはしたなく許されない事。
そんな風にじれったい思いを抱えたまま、アルデティーナが王立学園で過ごしていた頃、ガルド王国の王家は禁じられている事を行った。
異世界からの異世界人の召喚である。
異世界人は危険で、とある王国では異世界の勇者が遊びまくって性病を広めたせいで、罹患した女性の多くが亡くなった事件が十年前にあった。今は薬が開発されてその脅威は去ったけれども異世界人は危険だと、どこの王国でも召喚を禁じていたのに。
それなのに、ガルド王国は召喚したのだ。
異世界人は大きな力を持っている。
勇者は武力に優れ、聖女は癒しの力に優れていると言われている。
他国を出し抜く為に、危険だという異世界人の召喚をガルド王国は行った。
そして、召喚されたのが、まだ若い女性。聖女だった。
ガルド王国は喜びに湧いた。
聖女は大きな癒しの力を持つ。
他国にも聖女はいるが、異世界人はきっと桁違いだ。
ガルド王国は異世界人の聖女がいると他国に宣伝した。
当然、他国から苦情が来たが、どこ吹く風と受け流したのだ。
そんな聖女は王立学園に通って常識を身に着ける事になったのだが、ジュテル王太子が聖女の世話をすると、申し出た。
聖女アリサ。黒髪で背が低く、大した外見でもない異世界人の聖女。
その聖女アリサに、愛し気な視線を向ける王太子ジュテル。
アリサも、嬉しそうにジュテルにくっついていて。
学園の廊下を歩いている。
何?この女は。ジュテル王太子殿下はわたくしの婚約者なのよ。
だから言ってやったのだ。
「ジュテル王太子殿下の婚約者はこのわたくしです。それなのに何?いかに聖女だからとはいえ、何故、あなたがべったりとくっついているのかしら」
ジュテル王太子の後ろに隠れて震える聖女アリサ。
ジュテル王太子は庇うように、
「異世界の聖女は巨大な力を持つと言う。この王国の王太子たる私が面倒を見るのが当たり前だろう?」
「当たり前って、距離が近すぎますわ。貴方にはわたくしという婚約者がいると言うのに」
「煩い煩い煩い。だったら婚約破棄してやる。私にふさわしいのは聖女アリサだ」
アリサは真っ赤な顔をして。
「嬉しいですっ。ジュテル様ぁ」
心の底から悲しかった。今まで過ごしてきた日々は何?貴方からは愛は感じられなかったけれども、わたくしは貴方の事が好きだったのよ。いえ、こんな事を言われた今も貴方の事が好き。それなのに何故?何で?何でなの?
「いやぁーーーっ」
取り乱すアルデティーナに、周りの生徒達が誰かを呼んで来たようだ。
警備の人にアルデティーナは連れて行かれた。
涙が止まらない。
結婚したかったの。あの人と。結婚して王国の為に働きたかったの。
でも、こんなに取り乱して、ガルド王国の王妃になんてふさわしくない。
連れて行かれて、閉じ込められた一室で、アルデティーナは泣き続けるのであった。
そして、アルデティーナは未来の王妃にふさわしくないと烙印を押されて、婚約破棄をされたのである。
ユリド公爵である父と公爵夫人である母は、アルデティーナを慰めてくれた。
「アルデティーナ。王太子が聖女を望むなら仕方がない」
「そうね。しばらくゆっくりと静養するといいわ」
アルデティーナは、両親の言葉に従ってしばらくゆっくりすることにした。
部屋に閉じこもって過ごしていた数日後、驚くべき事にジュテル王太子が亡くなったという知らせが飛び込んで来た。
健康になんの問題もないジュテル王太子。それが突然、病にて亡くなったというのだ。
アルデティーナは両親に向かって、
「ジュテル王太子殿下に何が起きたというのです?」
ユリド公爵は言いにくそうに、
「あまり言いたくはないのだがな。お前は王太子殿下を愛していたのだから、それがその…」
普段、寮に入っている弟が戻って来ていて、ぼそりと囁いた。
「あの王太子、下半身の病気をうつされたとかで、あの聖女に。異世界人は以前の事件があってから、身体の関係は持つべきではないと、その力は巨大であるけれども、知られているはずなんだけどな。王太子、あの聖女をヤっちゃったんだろうな。それにしても、すぐに発症して亡くなっちゃうだなんて、今度の聖女は強力だな。以前、異世界から現れた勇者が持ち込んだ病は潜伏する期間が長かったから、被害も大きかったけれどもね」
弟の話を聞いて驚いた。
そんな恐ろしい異世界人を召喚していただなんて。
王家は何をやっているの?もっとジュテル様に注意を促すとかしなかったのかしら。
「そ、それで、聖女様はどうなったの?」
「教会に隔離されたって。だって、色々な男性にうつされたら困るじゃないか。王太子殿下は自業自得だけれどもね」
「そうなの……」
わたくしはあの方のどこが好きだったのかしら……あっけなく聖女様と身体の関係を持って、亡くなってしまったジュテル王太子殿下。
何だか一気に好きだった思いがなくなってしまって。
ただただ、心にむなしい思いが残るだけだった。
事件はそれだけでは終わらなかった。
教会に閉じ込められていた聖女アリサが斬殺されたのだ。
血まみれの死体で部屋の中で発見された。
誰が殺したのか?
犯人は解らなくて。
ただ、ガルド王国の近隣の国は、やはり異世界人は危険だと。
巨大な力を持つ異世界人。ただ、トラブルも運んでくる異世界人。
召喚はやはりやらない方がよいのではないかと。
ガルド王国は他国から責められて、今や外交的に大変なことになっているという。
アルデティーナと言うと、マテル公爵家のエルドに婚約を申し込まれた。
彼とは王立学園で同じクラスで交流があった。
「私の婚約者は、他の男と浮気をしてね。今や婚約破棄をして私はフリーだ。君がフリーになったのなら、我が公爵家に嫁いできてもらえないだろうか?」
「でも、わたくしは、あの通り、取り乱すような女ですわ。ですから」
「私はその場にいなかったからな。取り乱した様子を見ていないが、君が公爵夫人としてふさわしくないと?確かに、公爵夫人は冷静でなくてはならないが。君が努力家だという事は知っているし、優秀だしね。君の至らないところは私が補うから。私が至らない所は補ってくれるかい?」
「そう言っていただけてとても嬉しいですわ。マテル公爵家から婚約の話は父にお願いしますわ。わたくしと致しましては受けたいと思います。だって、わたくしなんて貰って下さる方、貴方以外にいらっしゃらないでしょう?」
「そうかな?君は美しいから、もたもたしていたら他の男に後れを取りそうだと思ったんだけどね」
エルドは、友人の一人として親しくしてきたのだけれども、そう言ってくれて嬉しかった。
黒髪碧眼で、美男と言う訳ではないけれども。
そして、そんなエルドと婚約が調った後に、エルドからとんでもない事を聞かされた。
とある日、二人で高級料理店の二階で食事をしていた時にエルドが肉を上品に切り分けながら、
「どうも聖女様を殺したのは辺境騎士団ではないかという噂だ」
「あの屑の美男をさらっていくという?」
「そうだね。どうして屑の美男をさらう事になったと思う?」
「詳しい経緯は知らないわ」
「異世界の勇者が奴らが馴染みになっていた娼婦達に病気をうつして、娼婦達が全員、亡くなってしまう事件があって。その娼婦達と関係した騎士団連中にも病気がうつってしまってね。女性と関係が持てなくなってしまったんだ。まぁ数年後に薬が開発されて、現在は落ち着いているのだけれども。その当時、騎士団にいた奴らはいまだに男にしか興味を持たない集団になってしまった」
「それが何故?聖女様を斬殺した犯人になるのです?」
「異世界人に恨みがあるのではないのか?奴らは奴らなりに、娼婦達の事が好きだったんだろう?」
「でも、それで聖女様を斬殺するだなんて」
「王太子殿下とあっさりと身体の関係を持った女だぞ。君から婚約者を奪った女だ。君は泣き叫んだんだろう?婚約破棄を言い渡されて」
「ええ、その時は悲しかったのですわ。長年一緒にいたのですもの。わたくしは愛していたのです。でも、わたくし思いましたの。王太子殿下が聖女様に病気をうつされて亡くなったと聞いた時に。わたくしはあの人のどこが好きだったのか。あっけなく聖女様と身体の関係を持って亡くなったジュテル様。一気に好きだった思いがなくなってしまって。ただただ、心にむなしい思いが残るだけになってしまって。わたくしって馬鹿ね。政略で婚約したのに、あんなに愛してしまって。そして、一気に好きだった気持ちがさめてしまって。本当にわたくしって馬鹿だわ」
エルドは立ち上がって、肩に手を置いて顔を覗き込んでくれて、
「私は君の事が好きだ。学園での君の事を良く知っているし。私に熱い思いを寄せてくれていいんだよ。ただ、君に冷められないように私は愛を一生囁き続けることにしよう。愛している。アルデティーナ。この度は私の求婚を受け入れてくれて有難う」
強く抱き締められた。
アルデティーナは、エルドの腕の中で幸せを感じるのであった。
アルデティーナは後にエルドと結婚し、可愛い子供達にも恵まれ幸せに過ごした。
エルドはアルデティーナを大事にしてくれて、愛を囁いてくれたので、アルデティーナは幸せで、二度と、亡くなったジュテルの事を思い出すことはなかったという。
辺境騎士団シリーズ、辺境騎士団、真実の物語に、辺境騎士団がどうしてここまで憎んだのか、当時の状況が書かれております。