8話 不穏
「あぁ! クソが……何で俺があいつに……」
廉也は一人、歩いていた。夕日に包まれる中、ブツブツと小言を言いながら下校していく。明らかに苛立っている様子で、その表情からは憎悪の感情が伺えた。
その理由は、奏翔との試合での敗北である。そもそも、奏翔の祝福、“再生”は切傷などの軽傷を数秒かけてゆっくりと癒すもの。希少性は少なからずあるものの、その効力は微々たるもので、お世辞にも強いものとは言えない。
極炎で武器を強化し、高威力で攻撃できる……そんな強力な祝福を持つ自分の敵ではない。少なくとも奏翔程度ならば余裕……廉也はそう考えていた。
だが、その結果は屈辱的な敗北。集団でかかって行ったのにもかかわらず、ほとんど手も足も出ずに負けた。
この結果を、廉也は受け入れられずにいた。当然だろう。廉也だけに限らず、他の生徒の視点では、奏翔は学校内において、最低レベルの弱者。祝福も弱く、体術も不得意。その生徒に、ほぼ一方的にやられたのだから納得できるわけがなかった。
最初に奏翔がクラスに入ってきた時点で、おかしいとは感じていた。普段、奏翔はクラスメイトからロクな扱いを受けていない。理由は言わずもがなだが、それもあって廉也は「こいつ、ついに頭狂ったか」とは思っていた。
だが、その後の行動もおかしかった。まるで人が変わったかのように反抗してきた。実際に、奏翔はオフィリアによってこの世界に連れてこられているため、その通りではあるのだが……それを廉也が知る由もない。
そんなこんなで、廉也は憤りながら歩いていた。普段はクラスメイトと共に廉也は帰っているのだが、廉也は今日ばかりはそいつらと一緒に帰る気にはなれなかった。
「あいつらは奏翔に対して自らの行いを謝罪していた。今までは一緒に奏翔を見下していたのにもかかわらず……」だ。廉也はそう考えて、そいつらを突き放し一人で帰ることにした。
廉也は自分も奏翔に謝るなんて事はしなかった。そもそも廉也は今まで自分がしてきた数々の所業に対して、微塵も罪悪感を持っていない。
祝福も含め、弱い者は淘汰されて然るべき……この世界ではそういった価値観が一般的に広まっている。……ただ、言い換えれば、その逆も然りである。
実際に和風月家は強力な祝福を持つ十二の家だ。それぞれ順に、睦月家、如月家、弥生家、卯月家、皐月家………と続いていく。
当然、それに比例して強力な権力も持つ。この世界の大半の事は操作できるだろう。力が強ければそれと同じだけ待遇が高くなる。
これに順するならば、勝者の奏翔に対してそれ相応の接し方をするべきだ。だが……
廉也のプライドがそれを許さない。俺があいつよりも下なんて認められない。……そんな廉也が謝るなんて事をするはずが無かった。
「クソが……クソがクソがクソが!」
誰もいない路地で廉也はそう叫ぶ。変えられぬ現実を前に廉也は発狂するしか無かった。
受け止められない! 認められない! そんな思考が廉也の頭の中をぐるぐると回る。敗北直後から目をそらし続けていた現実。それが、辺りが静かになると、徐々に廉也に押し寄せてきていた。
「次こそは……次こそは!」
廉也がそう呟く。その声は虚しく夕暮れの街並みに溶けていく……はずだった。
(ならばお前に力をやろう。お前の常識を凌駕する程の力を)
突如、廉也の脳内に声が響く。廉也は咄嗟に携帯していた剣を引き抜き、警戒態勢に入った。大抵の生徒は、武器の携帯を許されていないが、一部の成績優秀者は許可されていた。
ただ、どう考えてもこの行動は過剰だった。普段の廉也ならば、ここまでの行動はしない。では、何故か。
それはひとえに、その声から表しきれない悍ましさを感じたからに他ならない。
声の質などの表面的な物ではない。もっと深い……それこそ、声そのものが持つ性質。それ自体から形容のしがたい、何かを感じたからである。
「誰だ! さっさと出てこい!」
廉也は、何者かから祝福による干渉を受けたと考え、誰もいない路地でそう叫ぶ。
(騒ぐな。それよりも私の質問に答えろ。どうだ? いらないのか?)
正体不明の声。どこから干渉しているかも不明。しかし……その内容に廉也は惹かれる。
いや、廉也はそこまで馬鹿ではない。冷静に判断できる能力はある。普段のあの態度は元々の性格に難があるだけ。
丁度良すぎるタイミング。あまりにも己にとって都合のいい内容。何かしらの罠を当然ながら疑う。だが……
やはり惹かれてしまう。分かっていたとしても、その甘い蜜に対して抗うことができない。
「力だと……?」
(そうだ。どうする? 選択はお前次第だ。お前には復讐したい相手がいる……違うか?)
「……」
廉也は一瞬逡巡する。警戒は依然解かない。だが、実際問題、廉也は先刻奏翔に敗北し、その屈辱を噛み締めていた。
罠かもしれない……それでも、今この提案に乗ればあいつを、奏翔に対して復讐できる……そんな思考が廉也の覆う。
「……分かった。その提案を受け入れる」
(フッ……それでいい)
結果、廉也はそのよく分からない誘いに乗った。いや、乗ってしまった。結局のところ、廉也は復讐心によって冷静な判断ができていなかった。
この判断が、生涯最大の失策であったことを廉也は、今はまだ知らない。




