3話 ゲート
その少女は一人、草原に立ちすくんでいた。何処を見渡しても地平線が広がっており、ただ、穏やか風景が果てしなく続いている。そして、少女は前触れも無く歩き始めた。目標は今はまだ見えていない。しかし、確固たる意志を持って。
5分程歩いたところ、正面に人影が見えてきた。切り株に座って、鼻歌を歌っている。楽しげに本を読んでいた。
「……どういう事か、説明してもらう。」
少女は静かにその少年に問い詰める。拳は強く握りしめられており、怒りに震えていることが分かる。
少女がそう言うと、少年は鼻歌をやめ、本を閉じてその場に置いた。そして、おもむろに立ち上がる。
「挨拶も無しかい? つれないね。」
「そんなことはどうでもいい。いいから答えろ。何故そんなことをしようとするのか、聞いているんだ。」
「……色々と変わったんだよ。……結局、あいつらはダメなんだ。何度も何度も、同じ事を繰り返す。だからこうするしかないんだ。分かってくれ■■■■■。」
「何が分かってくれだ! そんなことが許されるはずがないだろう!」
少女は激昂し、叫んだ。相手を睨むその目には、強い憎しみが浮かんでいたが、頬には涙が流れていた。
「今ならまだ間に合う。その考えをやめろ。さもなくば……ここでお前を殺すことになる。だから……お願いだ……考え直してくれ。」
少女は切に願う。だが、無駄だった。
「……ごめん。それだけは無理なんだ。いくら君の頼みでも。」
「……そうか……ならば仕方あるまい。こうしたくは無いが…………ごめん。本当に。じゃあ……」
その少女は一瞬悲しげな表情をしたと思うと、すぐさま表情を切り替えた。そして、虚空から武器を取り出し、言った。
「死んでくれ」
俺は黙々と授業を聞いていた。授業の内容は、全く分からなかったので、当てらてたら詰んでいたが、奇跡的に当てられなくて助かった。
いや、授業中、担任がこちらを向くことは何度かあったのだが、毎回嫌な顔をされながら顔を背けられた。恐らく、この世界では担任からの扱いも他の奴と似たようなものなんだろう。
(またエネルギーが切れていたすまない。声だけならば消費量が少ないのだが……言うタイミングを逃した。)
俺がそんな事を考えていると、オフィリアの声が聞こえた。どうやら、無視されていたのではなく、エネルギーがまた切れていたらしい。そんな事はどうでもいいんだが、ゲートって何の事だ? お前が唐突にいなくなったから、授業に一切ついていけて居ないんだが。
(ゲートとは、異空間の事だ。私が探せと言ったものも、その中にある。すぐに行く事になるだろうから安心しろ。)
「えー、これで今日の授業は終わりだ。明日は、実際にゲートに行くことになる。 まぁ、比較的安全な場所だから安心しておけ。」
担任のその言葉にクラスがざわめく。本当にすぐに行くことになるとは思わなかった。
「先生ー。こいつも連れて行く必要ありますー?」
廉也というやつが、こちらに指を差しながら言ってくる。こいつはマジで何なんだ。
「そいつも一応連れて行く。学校の決まりだからな。」
担任がそう言うと、廉也は「あっそ」と言って不貞腐れている。というか、担任がそいつ呼びの時点で、相当やばいよなこれ。
「では、以上。次の授業の授業しておけよ。」
担任は自分の荷物をまとめて、教室から出ていく。何も理解できずにいたら、あっと言う間に終わってしまった。
「奏翔くん。さっきの話どういうこと? よく分からなかったんだけど……」
授業が終わり、担任が教室の外に行った途端、霜月にそう話しかけられる。どうするか、俺も対して理解できてないからな……
「俺も上手く説明できないんだけど……」
「霜月さん。ちょっといいかな?」
その時、一人の男子生徒が話かけてくる。
「えっと、島崎君って言ったっけ?」
「え、あ、うん。」
その男子生徒は困惑した様子だった。まぁ、そうだろうな。相手視点、普段通りに話していた奴から突然名前を確認されたんだから。
「ちょっと待っててくれる? 今奏翔くんと話ている……」
「その件についてだよ。」
島崎と呼ばれたやつは、霜月の話を遮る。俺が霜月と話ていて、何か問題でもあるか?
「悪いけど、今日の霜月さんは少しおかしいと思う。なんで奏翔なんかと、話しているんだよ。さっきの件もそうだけど、庇う必要性なんて全く無かったと思う。少なくとも、普段の霜月さんならそうしてた。」
「そんなこと……」
島崎はそう質問してくる。どうやら、この世界での、霜月は俺とあまり仲がよく無かったらしい。それにしても、この言い方は……
周りを見ても、他の奴はそうだと言わばかりに頷いている奴と、クスクスと笑っている奴しかいない。
(当然と言えば、当然だな。お前の周囲からの印象は、ただの弱小祝福しか持たないゴミ。対して、あいつは名家の令嬢ことになっているからな。身分が明らかに違うから、不釣り合いだと思っているんだろう。)
何でそんなことにしたんだよ……そのせいで、こういう状況になっているんだが。というか、霜月はその事を知っているのか?
「そうだと思うぞー霜月ー。」
廉也がニヤニヤ笑いながら近づいてくる。最初からずっと思ってたが、俺はこいつが嫌いだ。ほかの連中はまだしも、こいつだけは無性に腹が立つ。
「そんなゴミはどうでもいいからほっとけよ。」
「でも……」
霜月が俺を庇おうと、必死に言い返してくれている。これ以上、迷惑かけるわけにもいかねぇよな。
「どっちがゴミだ? いい加減にしろよクソが。」
「あ? ……ククッ、ハハハハ! ついにこいつ壊れやがった!」
大笑いする廉也。やはり俺はこいつが嫌いだ。明らかに俺の事を舐めている。でも、これはだからこそ刺さる。
「そうか……よっ!」
ドンッ
俺はそいつの顔面に思いっきり拳をたたきこむ。油断していたから、余裕で入った。周りが騒いでいるが、俺の知ったこっちゃない。
「奏翔くん!?」
「グッ! テメェ! 何しやがる!」
「黙れ。お前なんかに言われる筋合いはねぇって事だ。」
「そうか、要は死にたいんだな? そんなに死にたいなら、お望み通り殺してやるよ! 極炎!」
廉也はそう言うと手から炎を出して、こちらにぶつけようとしてくる。確かに凄い祝福だな。これならイキっている理由も分から無くはない。だが……
「やめて!」
「何で邪魔する! お前には関係ねぇだろ!」
霜月が俺たちの間に入って止めてきた。腕には氷を纏っていて、それでガードしたらしい。俺のためを思ってしてくれたんだろうが……
「霜月いい。喧嘩を売ったのは俺だ。」
「え? いや、でも……」
「いいから。」
「分かった……」
俺は霜月を避けさせる。悪い事をしたが、これは俺の問題だからな。
「そんなに俺を殺したいのか?」
「あ?」
霜月に止められた廉也は、一度炎を消していた。恐らく、長時間は維持できないのだろう。
「昼休み体育館に来い。そこで殺させてやるよ。ただでは死なないけどな。 ……おい! 他の連中もだ! 文句あんなら昼休み来い!」
「え、ちょっと奏翔くん! 何言ってるのよ!?」
「大丈夫。俺に考えがある。」
霜月が、さも当然のように止めてきたが、俺はまた制止する。どうせだ。この機会に俺の教室での立場を一気に改善してやる。
「それなら、昼休みよりもいいタイミングがあるよ。」
そう言いながら、一人の男子生徒が前に出てきた。さっき言った島崎だっけか? いつの間に後ろに下がってたんだか。
「次の授業は祝福を使った実践訓練なんだ。その時に試合もあるから、それでやればいい。みんなもそれでいいだろう?」
クラスの連中は、それを聞いて口々に同意し始めた。島崎の奴は薄気味悪い笑みを浮かべている。どうせ、授業で公開処刑しようとでも考えているんだろう。意図が丸見えだ。まぁ、俺的にも好都合だからいいが。
「あぁ、それで俺は構わねぇよ。お前もいいよな?」
「チッ……まぁ、いいわ。お前を殺せるなら俺はどこでも。それじゃあ俺は先に向かってる。今さら怖気づいて逃げんじゃねぇぞ?」
廉也と、一部の連中は教室から出ていった。随分と張り切っているがまぁいいだろう。そして、他の連中は動かずに固まっている。凄い衝撃だったんだろうな。
「ねぇ、本当に大丈夫なの? 手を出したところまでは全然いいけど、その後までする必要性あった?」
どうやら霜月もあいつの事は好きでは無かったらしい。あの態度なら当然っちゃ当然だが、霜月が嫌いになるなんてやっぱ相当だなあいつ。
「この世界での俺の立ち位置が、本当に最悪だったからな、いつか改善するつもりだったけど、それが早くなっただけだ。」
「でも、あいつの祝福、何か強そうだったけど……本当に大丈夫?」
「本当に大丈夫だ。だからお前も先に体育館行っててくれ。多分場所は変わってないだろうから。まぁ、最悪何かあったら手助けしてくれ。」
「……分かった。待ってる。」
霜月は教室から出ていった。俺は固まっている連中にも声をかける。一瞬ビクッとしたが、さっさと行けと俺が言うと、慌てて出ていった。数の利がなくなった瞬間あれだからな。本当に救われない。
そして、教室に静寂が訪れる。他のクラスが少しうるさい気もするが、これくらいなら問題ないだろう。さて……
ようやく静かに話せるな。オフィリア。
(……お前、炎の攻撃、最初から躱す気無かったな? いくら、その前に自分の祝福が再生という物だと知っていたとしても、たかが、血が流れるかどうかの確認だけだったはずだ。それだけを盲信したとでもいうのか? あいつが止めなければ、そのまま、死んでいた可能性もある。それなのに何故だ?)
ただ、何となくそうしたほうが面白いと思っただけだ。どこまでなら耐えられるのかの、検証の意味もあったけどな。そして、最悪死にそうになったらお前が助けてくれるだろう? そういう打算のもとでやろうとした。
(フッ。最初はどうかと思ったが、見直した。お前は相当狂っている。だが、私はそういうヤツが好きだ。)
狂っているか……まぁ元々そういう性格なんだよ。それよりも行くか、あいつらを殺しに。
俺は一人教室で笑った。




