プロローグ
朝早く来た時の学校はいつもに比べると静かだ。普段なら外からでも聞こえてくる同級生達の話し声も、これぐらいの時間だと嘘のように聞こえてこない。それにしても静か過ぎる気もするが……まぁ気のせいだろう。
そんな中俺、水嶋奏翔は自席に座り本を読んでいる。これが俺の日課だ。誰よりも早く学校に行き、静かな環境で本を読む。この瞬間が一日の中で、一番の至高のひと時だと俺は常々思う。
俺がそんな事を考えながら、本を読んでいたとき。
「おはよう。奏翔くん、今日も相変わらず早いね。」
唐突に声をかけられる。せっかくこの心地よさに浸っていたのに、あいつはもう来たのか。はぁ……
声が飛んできたほうを見ると、扉の前に一人の女子生徒がニコニコと微笑みながら立っていた。雪のように白い長髪。スラッとした出で立ちで、制服がよく似合っている。
「お前が言えたことではないと思うけどな。」
「そんなこと言わなくてもいいじゃん。それよりさ、今日は何読んでるの?」
「小説だ。ありふれたファンタジーのな。」
そう答えると、そいつは「ふぅーん」と気の抜けた相槌を打ちながら覗き込んでくる。全く。対して興味がないのなら最初から聞かなければいいのに。
俺は手に持っていた本を机にしまう。気にせず読書を続けようかとも思ったが、こいつが来た以上、これ以上集中はできないし、仕方がない。今日は15分か……短いな。
霜月佳恋。才色兼備、容姿端麗、……色々と言われているが、要はそれだけの美少女ということである。そして成績もよく、その明るい人柄からか、多くの人から好かれている。
しかし、毎日のように朝早く、俺の次に来て、毎度のように俺の邪魔をしてくるので、俺はこいつがあまり好きではない。
「暇だなー。」
そう言いながら、頬杖をついている霜月。俺の席の前がこいつの席なのでよく後ろを向いてちょっかいかけてくる。いっつも思うが、ほんとに暇なんだな。
「暇でいいんだよ、暇で。忙しいよりはましじゃないか?」
「うーんそうかな。あ、それじゃあ今から勝負しない?」
「勝負? 突然だな。」
「まぁいいじゃない。んで、ルールは簡単。次に誰が来るか当てるの。どう? やらない?」
唐突に勝負をしかけられた。どうしようか。暇でいいと言った手前、することが無いのも事実だし。まぁ……元はといえばこいつが悪いのだが、この際いいだろう。
「まぁ、いいよ。じゃあ俺は斎藤で。」
「じゃあ私は……篠原君かな。」
霜月は俺たちを除くと一番早い篠原を選んだ。だが悪いな。この勝負、99%俺の勝ちだ。昨日の帰りあいつは「あ、やばい。まだ明日提出の課題が終わってない!」とか言ってたからな。
そして、あいつの性格を考えると、絶対に無理して徹夜して終わらせる。そして、今日寝坊する。
対して斎藤は、五番目に来る。四番目の武田は、昨日体調不良で早退し、その後、病院でインフルエンザとの診断を受けたらしい。となると、必然的に斎藤が一番早いのだ。
「ただやるだけじゃつまらないし、何か罰ゲームつけないか?」
「罰ゲーム? どんな?」
「そうだな。負けた奴が勝った方に昼を奢らせるとかはどうだ?」
「いいね。乗った。」
殆ど勝ちが確定しているため、ここは強気に出る。「今日のお昼はなににしようかなー」と独り言を言いながらニコニコしている霜月を見ていると少し悪い気もしてくるが、普段の腹いせだ。これぐらいは許してもらわなくては。
「じゃあ、どっちが来るかな。あ、どっちも違った場合はノーカンな。」
「もちろん。ま、私が勝たせてもらうけどね。」
「さぁ……どうだろうな?」
まぁ、いくら待っても篠原の奴は来ないけどな。俺は時計を見る。武田が来るまであと5分ぐらいか。霜月は勝ちを確信しているようだが、5分後に絶望するだろう。その時が楽しみだな。
「おかしい。ぜーったいにおかしい。」
「マジでどういう事だ?」
あれから30分。なんと、未だに誰も来ていない。生徒はおろか先生方も誰一人と来ていない。時計は既に9時を回っており、普段ならば授業が始まっている時間である。一体全体何が起こっているんだ?
途中で流石におかしいと思った霜月が下駄箱と、職員室を確認しに行ったが、靴も人影も一切なかったらしい。
あまりの出来事に今日が休日という最悪の事態も疑ったが、スマホもカレンダーも今日は月曜日。明らかな平日だ。別に祝日という訳でもない。
「え、本当にどういう事? 今日実は休校だったり? 私たちが知らないだけで。」
「その可能性も、そろそろ否定できなくなってきたな。」
「どうする? もういっそのこと帰っちゃう?」
「そうするか。今日は休校だったんだろう。」
せっかくの勝ち試合がパーになったのは少し悲しいが、こんな状況になってしまったなら仕方ない。俺たちは荷物をまとめて教室の外に出る。
「本当に今日は何だったんだろうね。」
「さぁ? 俺にも全く分からない。」
「このあとどうする? どうせなら一緒に遊ぶ?」
「いや遠慮しておくよ。家で読書の続きしたいしな。」
「そっか……じゃあまた今度の機会にするよ。」
そう言った霜月は少し悲しそうに見えたが、きっと気のせいだろう。
俺達はそんな事を話しながら階段を降りていく。俺達の教室は2階の一番階段に近いところにあるので、あっという間に下駄箱についてしまった。
一応靴箱を確認してみてるが、霜月の言う通り、靴は俺たちのを除き、一足も存在していない。本当にどうしたのだろうか。
「それじゃあ、帰ろっか。」
「そうするか。」
俺はそう返事し、靴を脱ぐ。そして玄関の扉に手をかけたが……ってあれ?
何故か扉が開かない。鍵がかかっているのかと思い、確認をしてみるが、普通に鍵はかかっていない。そもそもここは建物の内側なので、鍵がかかっていればすぐに解錠できる。
「どうしたの?」
「いや、なんか扉が開かないくてさ、鍵もかかってないんだが……ッッッ」
俺が霜月の質問に返答した、その時だった。突然頭が割れるかの様な頭痛が響き、凄まじい耳鳴りがした。俺はその激しい痛みに思わず膝をついてしまう。
「えっちょっと、どうしたの!? 大丈夫!?」
「ごめんちょっと頭痛が……」
「本当に大丈夫? 保健室は……行っても多分先生居ないだろうし……ごめん立てる? 1回教室で休もう。」
「あぁ、大丈夫ッ」
霜月が手を伸ばしてくれたが、その手を掴み立とうとしてもふらついて上手く立てない。クッソ。突然どうしたんだ。
「大丈夫そう……じゃないね。下駄箱だけど、どうせ誰も居ないし、ここで休もっか。」
「迷惑かけてごめん、そうさせてもらう。」
「全然いいよ。それよりも本当に大丈夫?」
「さっきよりは……」
座ると先程よりは良くなったものの、頭痛と耳鳴りは未だに続いていた。目の前が揺れて焦点も少し安定しない。
俺は額に手を当てる。今日は朝から色々な事が起こりすぎている。こんなことなら朝早くから学校に…………まて、おかしい。今日俺はどうやって学校に来た?
普段通りに起きて、朝食を食べた。そこまではいい。そこまではいいが、そこからの記憶が一切無い。気がついたら教室にいた気がする。さらに人も一切いない。そもそもこの状況が明らかにおかしいのだ。
なのに、俺たちは無理やりにでも納得していなかったか?
その時、また頭痛が酷くなる。先程の数倍は酷い。あまりの痛みに目の前が白くなり、視界が不安定になる。そして、俺は地面に倒れ込んだ。耳鳴りも止まらず辺りの状況が全く分からない。
「奏翔くん!? 大丈夫!? しっかりして! 奏翔くん!」
霜月のそんな声が聞こえた気がしたが、返事はできず、そのまま俺の意識は暗転した。
…………愚か者が。ようやく気づいたか。
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