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革命ガ始マリマシタ 番外編――空を制する者――

作者: XICS

この番外編は、革命ガ始マリマシタ本編の『ep. 53 抱いた想い』終了から『ep. 54 映像』開始までの間に起こった出来事です。ちなみに、ep. 53から54で経過している期間の範囲は半年です。

 日本国防軍特殊活動部門所属『ナンバーズ』討伐部隊、通称討伐部隊。日本に突如として現れた脅威である『ナンバーズ』と呼ばれる人型兵器スローター・ウェポン(略称SW)の集団に対抗して組織された、部隊専用のSWを駆る特殊部隊である。パイロットは灰田(はいだ)勇気(ゆうき)白田(しろた)恵良(えら)烏羽うば礼人らいと黒沢くろさわけんほし雪次ゆきじの五名。隊長は水城みずき雪音ゆきねという女性である――彼女はもっぱら部隊の指揮や旗艦である航空艦の《オーシャン》の操作を行っている。

 彼らはこれまでに、『ナンバーズ』が操る無人SW四機を撃破した。その激しい戦いの中で、彼らは心身ともに目覚ましい成長を遂げていた。仲間が死の危険に遭っても、チームワークで何度も乗り切ってきた。特に勇気と恵良の成長は、隊長の雪音も感嘆するほどであった。

 討伐部隊は、現在も日本から『ナンバーズ』という脅威を退けようと躍起になっている。



 討伐部隊の母艦である《オーシャン》は、日本の領空を巡回していた。猿ヶ森のメガフロートが『ナンバーズ』の手によって壊滅的な打撃を受けたため、他の基地から軍人やSWが駆り出されてしまい、領空の防衛の手が足りなくなってしまったからである。討伐部隊は都度補給を受けながら、その任務を続行していた。

 とある日、勇気たち五人は食堂で昼食をとっていた。午後の訓練の内容の確認や身体の調子といった事務的な話題が終わり、黙々と食事をしている。

 そこで、ふと勇気が口を開いた。

「あの、礼人さん、賢さん、雪次さん。前から気になっていたんですが……」

 話を向けられた礼人、賢、雪次の三人が勇気の方を向く。恵良も口に物を入れながら彼の話に耳を傾けている。

「水城隊長って、普段は《オーシャン》しか動かしていませんよね」

「ああ。それがどうした?」

 礼人が反応すると、勇気が話を続ける。

「隊長って勿論SWの操縦経験もあると思うんですけど……もし手合わせされた経験があったら隊長がどれだけ動かせるのか分かりますか?」

 勇気の何気ない質問に、三人は表情を引きつらせて黙ってしまった。その顔を見た勇気は、変なことを訊いてしまったと自覚して困惑する。

「お前なぁ……なんで隊長がここの隊長やってるか分かって言ってんのか?」

「え? いや……SWの操縦も、艦の制御もできるから……ですか?」

「できるとか動かせるとかそんなもんじゃねえよ。あの人はあんなナリでSW戦がめちゃくちゃ強い。俺たちが束になっても敵ったことはねえ」

 勇気と、横で話を聞いていた恵良は目を丸くして礼人を見つめた。確かに軍人としての風格は感じ取っていたが、小学生のような小柄な体格で、普段から管制室にこもってあまり身体を動かしていない雪音しか見たことが無かった二人にとっては、軍人三人をSWで翻弄する姿は想像できなかったのである。

「艦の操縦やメカニックの腕、部隊の指揮能力は勿論、SW操縦の腕も評価されて、水城隊長はここの隊長になれたんです」

 賢の言葉で、勇気と恵良は改めて雪音のすごさを思い知った。

「初めは礼人がそれに納得いってなくて突っかかってたな。俺と賢を無理矢理引っ張り出してシミュレータを使って三対一で勝負したが、隊長が使う《つばくろ》に手も足も出なかった。何度やってもな」

「おい……」

 雪次が笑みを浮かべながら昔の思い出話を語る横で、礼人はしかめ面を雪次に向ける。雪次の話に、勇気はますます雪音のSW操縦技量に対する興味を強めた。

 どれほど強いのか、隊長とシミュレータで手合わせしてみたい――勇気の心中で、密かに気持ちが高ぶり始めた。



 午後の哨戒が終わり、討伐部隊の隊員たちは雪音とのミーティングを済ませ自室に待機していた。

 しかしその中で、勇気は雪音がいる管制室へと歩みを進めていた。誰もいない廊下で、彼の足音だけが響く。

 勇気は管制室の扉の前で歩みを止め、扉をノックする。

「誰だ」

「灰田勇気であります」

 勇気は自身の名前を名乗ると、少しの間の後に、入れ、と雪音の声が扉の向こうから聞こえた。

「失礼いたします」

 扉を開けて雪音に姿を見せた勇気は一礼し、管制室の中へと入る。雪音は既に勇気の方を向いて座っている。彼女の後ろの多数のモニターには日本の地図や周辺の空域の情報が所せましと並べられており、勇気が入ってくる直前まで『ナンバーズ』の警戒を怠っていなかったことがうかがえる。

「こんな時間に一体どうした?」

「不躾ながら……隊長にお願いしたいことがあります」

「お願い?」

 いきなりのことに雪音はこてんと首を傾げ勇気に相対する。当の勇気は真面目な表情のまま雪音を見据えている。


「隊長と……シミュレータでSWの模擬戦を行いたいのです」


 勇気の言葉に、雪音は目を丸くして彼を見るほかなかった。

「礼人さんたちから聞きました。隊長は艦の操縦は勿論、SW操縦の腕もずば抜けていると。隊長は隊長のお仕事でご多忙であること、そして自分のようなただの隊員がお願いするのはとても失礼であることは重々承知しています。ですが……願わくば隊長と一回だけでも戦ってみたいと思ったんです。お願いします!」

 そう言うと勇気は勢い良く頭を下げた。その勢いに雪音は困惑し半ば気圧されながら勇気を凝視することしかできなかった。雪音が固まり勇気が頭を下げた状態が少しの間続く。

 そして雪音は我に返ったように一つ咳払いをし、腕を組んだ。

「頭を上げろ、勇気」

「は……はい!」

 勇気が雪音の言葉に従い頭を上げると、二人の目が合う。

「あと何日かしたら我々は補給のために横須賀に降りる。その前に時間を作ってできるかもしれない。勿論、緊急事態があるかもしれないからその時は仕方ないと思ってくれ」

「あ……ありがとうございます!」

 勇気の顔が喜びで明るくなった。それにつられたかのように雪音が微笑む。

「私からは以上だ。今日はもう遅いからゆっくり休んでくれ」

「分かりました。失礼いたしました!」

 勇気は雪音に敬礼し踵を返して管制室を出た。それからの彼の足取りは揚々としており、雪音と戦えることを待ち望むさまを隠すことはできなかった。




 数日後、《オーシャン》は横須賀で補給を受けるために日本を北上していた。勇気たち五人は午前の訓練の休息を終えて午後の訓練を行うために訓練室へと足を運んでいた。

 すると、訓練室の前に誰かが立っているのが見えた。その姿を確認した五人は目を見張って思わず立ち止まってしまう。


 いつもの白衣を羽織っていない、討伐部隊のパイロットスーツ姿の雪音がそこにはいた。そのせいか小柄な身体はさらに小さく見え、すらっとした体躯も相まって彼女が抱えているSW搭乗用のヘルメットが大きく見える。


 五人の足音に気が付いた雪音がそちらを見ると、五人は思わず敬礼で返す。

「……なんで隊長がここに?」

「ああ、勇気以外には言ってなかったな。勇気に頼まれて、これから訓練室を借りて模擬戦をしようと思う」

 雪音が恵良に返した言葉で、恵良・礼人・賢、雪次の四人が思わず勇気の方を向く。

「お前……マジかよ」

「はい……隊長に無理を言って自分の我儘を通してもらいました」

 勇気がはにかんで頭を搔きながら礼人に説明した。

「それで……賢と雪次には悪いが、午後の訓練は一旦中断して管制室で状況を監視していてくれないか? 模擬戦自体は十分かそこらで終わると思うが」

「了解しました」

「了解」

 咄嗟のことにもかかわらず、賢と雪次は雪音の指令にすぐに応える。

「勇気君、頑張ってくださいね」

「この前も言ったが隊長は俺たちとは比べ物にならないほど強い。気を引き締めていってくれ」

 賢と雪次は管制室に向かう前に、勇気に応援の言葉を残した。二人の背中を見ながら、勇気は笑顔で敬礼をする。その後、二人を見届けた勇気と雪音が再び向かい合う。

「さて。始めようか」



 訓練室の中にあるシミュレーターの前に、勇気たちはいた。勇気は今まで数え切れないほどそれに触れているはずなのに、今回はまるで初めて触るような緊張感を覚えていた。

「私は先に入ってる。機体のデータとか色々調整しなきゃならないのでな」

「分かりました」

 雪音がシミュレーターのうちの一つに入ると、勇気・恵良・礼人が取り残された。

「勇気。隊長はめちゃくちゃ強いが……模擬戦とはいえやるからには負けんじゃねえぞ」

「ありがとうございます。負けないように頑張ります!」

 礼人は勇気の両肩に手を置いて彼を激励する。勇気はそれに笑顔で応えた。

「勇気……頑張ってね」

 礼人が勇気から離れると、今度は恵良が彼に言葉を届けた。短い一言だったが、勇気は恵良の想いを確かに受け取ったかのように頷いて見せる。

 恵良と礼人に見送られながら、勇気はシミュレーターの中へと入っていった。



 勇気はフルフェイスのヘルメットをかぶりシートベルトを締め、シミュレータを点ける。彼は乗機である《ライオット》を起動し、慣らし運転のように戦闘の舞台である海上を模したステージを飛び回る。

 すると、勇気の無線に雪音のシミュレータの回線がつながった。彼は《ライオット》を一旦空中に静止させる。

『勇気。もっと高度を上げろ。そうすれば私の機体がレーダーに映るはずだ』

「分かりました」

 勇気は雪音の指示通り、《ライオット》の高度を上昇させる。晴れ渡る空を突っ切るようにぐんぐん高度を上げると、敵が現れたことを示すアラームが機体内に響く。勇気はレーダーを確認すると、自身のものとは異なる熱源に近づいていることが確認できた。

「あれが……隊長の機体」

 勇気は眼前に現れた雪音が乗っているSWをまじまじと見つめる。

「来たみたいだな、勇気。これが私の機体、《スカイラッシャー》だ」


 《剱》をベースにしている雪音の機体、《スカイラッシャー》は、装甲部分は水色に、関節や手足の部分は白に塗り分けられており、二つのカメラアイは白く光っている。流線形を帯びた体躯は全体的にほっそりとしており、一目で装甲が薄いことが分かる。背部のウェポンラックには礼人の機体である《キルスウィッチ》と同形のビームライフルをマウントしており、その横にはビームソードの発振器と思しきものが収納されている。さらに下腿や腰部には増設されたスラスターが装備されている。


 《ライオット》と《スカイラッシャー》の間に尋常でない緊張感が生まれる。今にも戦いが始まろうとしており、特に勇気は険しい表情で雪音の出方を窺っている。

『どうした? 来ないのか?』

 雪音が無線越しに勇気を挑発するような言動をとる。それでも勇気は眉一つ動かさず《スカイラッシャー》の動きを見極めようとしている。

『では、こちらから行くぞ』

 雪音が勇気に堂々と宣言すると、《スカイラッシャー》の右腕が背中に回った。

 その瞬間、勇気は反射的に《ライオット》を操作しビームソードを抜いていた。瞬き一つの間に、《ライオット》と《スカイラッシャー》はビームソードで鍔迫り合いをしていた。電流が走るような音が響き渡り、二人の眼前がフラッシュし続ける。

――速い!

 一瞬でも判断が遅れていたらバッサリといかれていた――勇気の心臓は強く速く脈打ち、操縦桿を握る力が強まる。

 雪音の攻勢は止まらない。《スカイラッシャー》は《ライオット》をビームソードで弾き飛ばすとすぐさまビームライフルに持ち替え、《ライオット》の胴体めがけて乱射する。針のような光弾が《ライオット》に襲い掛かり、勇気はそれを避けるのに精いっぱいだ。

――隊長は今静止している……。なら!

 勇気は光弾を避けながら得物をビームライフルに持ち替え、《スカイラッシャー》のがら空きの胴体を狙って引鉄を引こうとする。それに気が付いたのか雪音は攻撃を止め、勇気がビームライフルを撃つ前に回避行動をとり、瞬時に武器をビームソードに持ち替えて《ライオット》との距離を詰める。勇気が放った一発の光弾は、《スカイラッシャー》の右横を虚しくすり抜けた。

 《スカイラッシャー》が青白色の刃を横に薙ぐ。勇気は武器を持ち替える猶予が無かったためビームライフルを持ったまま機体を後退させることで難を逃れた。

 しかしそれで攻撃を緩める雪音ではなかった。後退する《ライオット》に対し容赦なく距離を詰め、今にも斬りかからんと迫っていく。

 《スカイラッシャー》のビームソードの刃が、《ライオット》の頭上に振り落とされる。このままでは縦に両断されてしまうところを、《ライオット》は空いている左手でビームソードをマウントし刃を展開することでそれを防いだ。勇気が呻きながら頭上の攻撃に対処する中、ビームライフルをウェポンラックに収めスラスターの出力を上昇させる。

 破裂音が響き渡ると、二機の距離が離れる。両機ともすぐに姿勢を立て直し、《ライオット》はビームソードを右手に持ち替えた。

「今度は……こちらから攻める!」

 勇気がペダルを踏みつけると、《ライオット》が弾かれたように急加速する。しかしただ直進するのではなく、スラスターを吹かす方向をこまめに変えることでジグザグに移動し攪乱しようとしている。

 《ライオット》が《スカイラッシャー》と距離を詰めると、雪音から見て左側へ吹き飛ぶように移動した――《スカイラッシャー》は右手にビームソードをグリップしており、一瞬でも攻撃の反応を遅らせようとするという勇気の考えのもとでの動きである。

「もらっ――」

 《ライオット》がビームソードを左から右へ薙ごうとしたその時、《スカイラッシャー》は既に得物をビームソードからビームライフルへと持ち替えていた。まるでそこから攻撃がくると分かっていたかのような動きに、勇気の思考は一瞬だが止まってしまった。

 それを見逃す雪音ではなかった。《ライオット》のがら空きの胴体に銃口を向け、冷徹に引鉄を引く。針のような光弾が《ライオット》に集中するが、勇気はすぐに機体の左腕の盾を展開し致命傷を防ごうと足掻く。光弾が五発ほど盾に直撃すると限界を迎え左前腕とともに爆発、その衝撃で《ライオット》は吹き飛ばされた。シミュレータが激しい揺れに襲われる中、勇気は呻きながら機体を制御しようとペダルや操縦桿をせわしなく操作する。

 その間にも、《スカイラッシャー》は容赦なく距離を詰めていく。再びビームソードに持ち替えると、吹き飛んだ《ライオット》にとどめの一撃を加えようと襲い掛かる。しかし斬りかかられる寸前で《ライオット》の姿勢は元に戻り、《スカイラッシャー》の剣戟をビームソードで受け止めた。勇気は《ライオット》のスラスターを目一杯吹かし、《スカイラッシャー》を出力で無理矢理押し返す。これにより互いの距離は再び離れ、戦いは仕切り直しとなった。


 勇気はシミュレータの中で息をぜえぜえと切らしながら、中にいる雪音を透視しようとしているかのように目の前の《スカイラッシャー》を凝視する。《ライオット》は左腕から火花と黒煙を出しながら、それでもなお目の前の敵を倒さんとビームソードを構える。

――やっぱり……強い。

 勇気は雪音の強さを身をもって思い知っていた。自身の本気を引き出すすべを与えてもらいながら、それでも全てお見通しだとばかりに捻じ伏せられていく。機体のスペックは《ライオット》とほぼ同じであるはずなのに、まるで『ナンバーズ』かそれ以上の威圧感を《スカイラッシャー》から受けていた。

『勇気、さっきの攻めは中々だったぞ。まるで『ナンバーズ』と戦っているときのようだった。この勢いを忘れるな』

「……はい」

 雪音の通信が勇気のシミュレータに入ってきた。疲労困憊の勇気に対し、雪音の声は平常時のそれと同じであり息切れの一つも聞こえてこない。勇気はそれに絶望しかけながらも、雑念を振り払うように首を振り、目の前の敵に集中しようとする。


 勇気がペダルを踏み、《ライオット》を急加速させる。右手にビームソードをグリップし、今度は《スカイラッシャー》の懐に潜り込むように直進した。流石にこの近距離から突っ込まれれば雪音も咄嗟には対処できないようで、《ライオット》の一撃をビームソードで正面から受け止める。二機は鍔迫り合いせずすぐに離れるが、《ライオット》は執拗に剣戟を入れようとビームソードを振り回す。勇気はただ闇雲にビームソードを振ってはおらず、どうにかして《スカイラッシャー》の姿勢を崩そうと一撃一撃に重量を載せて叩き込んでいる。電流と破裂音が何度も響き渡るが、雪音は勇気が放つ一つ一つの攻撃に対処し、力を逃がそうとしている。

 その中で、勇気は変化を織り交ぜた。スラスターの推進力を調整することで、重い一撃の合間に軽い一撃を加えたのだ。これで押し引きの加減を誤れば、相手は姿勢を崩す――そう勇気は考えた。

 勇気の考えは的中した――《ライオット》がビームソードを押し付ける力を軽くすると、《スカイラッシャー》は力加減を誤ったのか前につんのめるようにして姿勢を崩した。《スカイラッシャー》はすぐさま後方にスラスターを吹かして距離を取ろうとするが、そこを見逃す勇気ではない。《ライオット》は振り下ろしたビームソードの柄を持ち直し、胴体を突き刺そうと勢いよく推進する。

「これでぇっ!」

 《ライオット》のビームソードの先端は、確実に《スカイラッシャー》のコクピット周りを捉えていた。この距離なら相手は後退しきれず串刺しになる――勇気は操縦桿を折れんばかりに前へと押し付ける。


 しかし、それでも勇気の攻撃は雪音に届かなかった。


 《スカイラッシャー》はビームソードを真横に向け、()()で《ライオット》の攻撃を防いでいた。そのタイミングは間一髪で、一瞬でも遅れていれば、防いだポイントが少しでも上下にずれていれば、勇気の勝ちだったほどである。勇気は信じられないといった面持ちになっていたが、すぐに表情を険しくし《ライオット》の動きを再開させようとする。

 その一瞬が、雪音に猶予を与えてしまった。破裂音とともに《スカイラッシャー》が《ライオット》を弾き飛ばすと、両者の距離が離れた僅かな間に《スカイラッシャー》はビームソードをビームライフルに持ち替え、光弾を乱射する。雪音は敢えて《ライオット》の胴体を狙わず、スラスターが付いている両脚に狙いを定めて引鉄を引いている。

 《ライオット》は垂直方向に飛び、《スカイラッシャー》の猛攻をかわそうと動き回る。光弾が執拗に迫ってくる中、勇気は自身のビームライフルを抜くことを考えていなかった。銃器に持ち替え攻撃することはすぐに対処してくるであろうということは、先ほどの展開から予測済みだからである。

「攻める……何が何でも!」

 勇気が吠えると、《ライオット》のスラスターが火を噴いた。《ライオット》は《スカイラッシャー》の周りを円を描くように動き、未だに放たれ続ける光弾をすり抜けるようにしてかわしていく。

 赤熱したビームライフルの銃身を一瞥した雪音はそれを背部にマウントし、ビームソードを再び取り出すと、《スカイラッシャー》は弾かれたように《ライオット》のもとへと急行する。それと並行して勇気は、《スカイラッシャー》の攻撃が止まるやいなや自身の得物をビームライフルに持ち替え、突進してくる敵機へと照準を絞る。《ライオット》が引鉄を引き、今度は《スカイラッシャー》を光弾が襲う。《スカイラッシャー》はそれを難なくかわし、ビームソードを突き刺そうと距離を次第に縮めていく。


――隊長の動きを止めるには……もうこの方法しかない!

 ここで勇気は大きな行動に出た。

 直進してくる《スカイラッシャー》に向かって、自身のビームライフルを放り投げたのだ。相対速度によってこのままでは避けられず、激突すれば頭部の大きな損傷になりかねない。さらに《スカイラッシャー》の視界を覆うように計算されて投擲されており、否応なしに手を出さなければならなくなっている。


 《スカイラッシャー》はやむを得ず減速し、咄嗟にビームソードを持ち替えて投げつけられたビームライフルを両断した。切り払われた残骸は、《スカイラッシャー》の横を通り過ぎて爆散した。

 その僅かな時間で、《ライオット》は《スカイラッシャー》に迫っていた。《スカイラッシャー》の切り払われた視界から突然現れた《ライオット》は、既にビームソードを左から右に薙ごうと構えていた。

 勇気は雄叫びを上げながら、目の前の敵を切り伏せようと手に力を込める。


 乾坤一擲の一撃が、《スカイラッシャー》の胴体へ迫る。

 《スカイラッシャー》はこれで両断される。


 はずだった。


 強い衝撃とともに、《ライオット》の腕が跳ね上がり姿勢が崩れる。その拍子に、握られていたビームソードがすっぽ抜けて虚空を舞ってしまった。

 《スカイラッシャー》は攻撃を受ける直前に、サマーソルトキックの要領で《ライオット》の右上腕を蹴り上げたのだ。その威力は蹴られた方はおろか蹴った方の装甲もひしゃげ、内部の配線が露出するほどだった。

 《ライオット》を蹴り上げ空中でくるりと一回転した《スカイラッシャー》。握られたビームソードからは、まだ光の刃を宿している。


 《ライオット》は無防備な状態で、《スカイラッシャー》にコクピットを貫かれた。



 恵良と礼人がシミュレータの外で待機している中、彼女らは雪音が入ったシミュレータの扉が開くのを見た。

「た……隊長! お疲れ様でした!」

 二人は困惑しながらも雪音に敬礼し、ヘルメットを取って一息ついた彼女を見続ける。それに気が付いた雪音は二人の元へと歩み寄る。

「模擬戦は私の勝ちだ。それよりも、あっちのシミュレータを開けてやれ」

 そう言って雪音は勇気が入っているシミュレータを指さす。恵良がすぐに駆け寄り、雪音の手によってロックが解除された扉を開ける。

 そこには、汗だくになってぜえぜえと息を荒げている勇気がいた。椅子に張り付いているかのように身体は動いていない。

「勇気! 大丈夫?」

「……恵良?」

 恵良の存在に気が付いた勇気は目を丸くして彼女を見つめる。そしてよろめきながらも立ち上がり、ヘルメットを取ってシミュレータを出た。そこで雪音と出くわすとすぐに姿勢を正し、彼女と向き合う。

「隊長……負けました。言い訳の余地なく、全く歯が立ちませんでした……」

 勇気は言葉に悔しさを滲ませながら、雪音に向かって頭を下げた。その打ちひしがれたような様子に、恵良と礼人は息を呑んだ。

「頭を上げろ、勇気」

 雪音の口には笑みが浮かんでいた。頭を上げた勇気はそれを見て困惑する。

「確かにお前は負けたが……私がシミュレータで相手をした中で誇張抜きで一番私を手こずらせた。そして、何としてでも勝ちたいという執念が確かに伝わったよ。この気持ちでこれからも励んでくれ」

「……ありがとうございます!」

 雪音の言葉に勇気は感服し、先ほどよりも深く頭を下げた。

「私からは以上だ。あと……すまないが先にシャワー室を使わせてくれないか? 久しぶりにシミュレータで激しく動いたから汗が凄くてな……」

 勇気は姿勢を戻し、かしこまりました、と一言伝える。彼から許可を得た雪音は足早に訓練室を出た。

 訓練室のドアが閉まると、恵良と礼人が勇気のもとへ近づいてきた。すると、礼人が勇気の頭をくしゃくしゃと撫で始めた。

「礼人さん……」

「くそっ、羨ましいなお前は。隊長から最上級の誉め言葉をかけてもらったんだぞ? 有難く思えよ?」

「は……はい」

 言葉に反して、礼人は笑みを浮かべていた。勇気も照れ笑いを浮かべている。恵良もそんな二人を見て自然と笑みがこぼれていた。

 これからも討伐部隊の皆ともっと強くなりたい――勇気は恵良と礼人に囲まれながら改めて決意した。




 シャワー室――雪音はシャワーを止めることなく、頭からお湯を浴びながらじっと立ち尽くしていた。背中まで伸びた髪や軍人とは思えない白く細い肢体に、お湯が静かに流れ続けている。

 彼女は自身の機体に思いを馳せていた。勇気との戦闘中は戦いに集中しすぎてそれどころではなかったからである。

「空を……制する、か……」

 スカイ(空を)ラッシャー(制する者)。雪音が望まぬ形で別離してしまった恋人である七海(ななみ)空哉(くうや)の愛称、ソラを、形を変えてこの機体に冠していた。そのため、この機体は極力傷つけないように彼女は操縦していた。

 ふとした時に、雪音はソラのことを思い出してしまう。その度に彼女の胸は締め付けられ、あの時の悲しみや寂しさに浸ってしまう。《スカイラッシャー》を操っていたときはそうなりかけていた。

「ソラ……」

 雪音は独りぽつりと呟き、シャワーの水量を上げた。ネガティブな感情まで洗い流そうとするかのように。



 

SW紹介


スカイラッシャー

形式番号:JSW_SHI-003/C

全高:15.6m

動力:白金製高出力バッテリー

武装:専用大型ビームソード×1、連射可能型ビームライフル×1

外装:軽量チタン合金

色:装甲が水色、関節や手足は白

製造元:シミュレータ内のデータのみ

解説

 討伐部隊のシミュレータ内にデータのみ存在する、雪音専用のSW。素体は《つるぎ》のため、形式番号はそれに準じている。

 白い二つのカメラアイ、透き通ったような水色の装甲は薄く、細い体躯が特徴。下腿や腰部には増設されたスラスターが装備されており、機動力は他の討伐部隊の専用機に引けを取らないかそれ以上である。ビームソードは雪次が駆る《陰陽・甲》のものを、ビームライフルは礼人が駆る《キルスウィッチ》のものと同型を使用しており、破壊力は高い。雪音の高い操縦技量によって、装甲の薄さやシールドが無いことといった防御面の問題をカバーしている。

 なお上記の通り素体や武装は既存のものを使用しているため、雪音が直接出撃しなければならなくなった最上級の緊急事態に陥ったときに備えて実機を提供することもできる。

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