無断欠席
王宮騎士団専属医のお手伝いに来て今日で7日目、最終日である。
第一王子殿下の宣言通り、本当にコーデリア様のドレスが届いてしまった。私が借りている部屋の中央に紫色のドレスが鎮座している。眩しい。裾は引きずらなそうだけれど、どれだけ詰め物を入れれば良いのだろうか。
ドレスを届けてくれたクラレンスおじさまから晩餐会は日が暮れ切った頃に始まるのだと聞いた。クラレンスおじさまはそわそわした様子で2回ほど「本当に晩餐会に出るのか」と確認をしてきた。出なくていいなら出ないが、こうしてドレスが届いている以上、拒否権など無いに等しい。
仕事は終えて、帰る準備も大体できている。元々今晩は休んで、朝一番で帰宅するつもりだったが、まさかこんな心労の負担が大きそうなものに参加することになるなんて。早めに準備に取り掛かろう。恐る恐る、コーデリア様のドレスに触れようとしたそのとき、部屋のドアが勢いよく開いた。
「セレイナさん、負傷者の容態は!?」
医務室に駆けつけると、騎士数人が血まみれで横たわっているのが目に飛び込んできた。刺し傷に切り傷。人によっては刺された場所が悪く、致命傷を負っている者もいる。これもまた、賊に襲われたのだろうか――いや、そんなことはどうだっていい。今は、この人たちを一刻も早く、助けなければ。
セレイナさんにも無理をさせるわけにはいかない。ここでは一人の医師として、行動しなければいけない。こういうときのために、ずっと勉強を続けてきたのだから。先輩医師さんたちが各々治療に取り掛かる。私も余計な考えは捨てて治療を始めた。
必死だった。治療が落ち着いた頃にはとっくに日は落ちていた。
晩餐会に参加するには時間が遅すぎたし、さすがにそんな気分にはなれなかった。白いワンピースは着れたものではなかったし、コーデリア様のドレスに袖を通すのも気がひけた。けれど、第一王子殿下に誘われた晩餐会を無断欠席したというのが後をついて回っていた。クラレンスおじさまか他の騎士たちに無断欠席をしてしまった理由を伝えるべく、仕方なくここへ来るときに着てきたワンピースを着て会場付近を目指して歩いている。
改めて考えてみて、王族参加の少人数の晩餐会って絶対に私なんかが参加してはいけないやつだと思うのだけど。コーデリア様のドレスがすぐに届いたということは、コーデリア様もこの晩餐会に参加しているはずだ。けれど、他のご令嬢やご子息たちが参加している様子はない。あまりにも正門は静かすぎるし、馬車が一台もないのはおかしい。となると、王族と王族の身内しか参加していない晩餐会なのではないかと思うのだ。なぜそんなものに誘われたのかは謎だが。
会場付近までやってきたはいいが、中の様子は全く分からない。見張りも多いし寄り付けそうもない。会が終わるのを待つなら、近くにあった庭園が良い気がする。庭園なら東屋やベンチもあるはずだし。庭園に向かうと、予想通り東屋があった。けれどどうやら先客がいる。
女性二人だろうか。何かを話し込んでいるようだ。くるりと踵を返すも、その話し声がどうしても気になって、覗き込むことを決めた。というか、割と確信を持って覗き込んだ。
「やっぱり、お母様だったのね」
東屋の中には半年ぶりに会うお母様がいた。隣にはブロンドの髪を持つ儚げな美人が腰かけている。
「え、シエナ、どうしてこんなところにいるの?」
「お母様こそ」
お母様は長らく王宮に勤めている。黒いワンピースにぴしりと真っ白なカフスが付けられている。ここ数日で王宮内で見かけたメイドたちとは明らかに制服の質が違う。半年前、お母様は「今はメイド頭をしている」と言っていたはずだけれど。
「私はここ数日王宮騎士団専属医のお手伝いをしに来ていたんです。お母様にも挨拶しようと思っていたのですが、なかなか時間がなくて……」
「そうだったのね。今も仕事中?」
「いいえ、今はその、第一王子殿下に晩餐会に誘われていたのですが、欠席することになってしまったので謝罪をお伝えできたらと思って」
説明をすると、お母様は少し顔を顰めた。私は母の返答を待つ間、隣の女性を横目でうかがっていた。淡い水色のドレスからは真っ白な細い腕が伸びている。その細さはあまり健康的な細さではないけれど、ふわふわの長い髪と長いまつ毛が物語に出てくるお姫様のようだ。
「……こちらは今私がお仕えしているマチルダ様」
私のぶしつけな視線にお母様が気が付いたらしい。マチルダと呼ばれた女性は俯いていた顔を上げるとふわりと微笑んだ。透き通るような水色の瞳が綺麗だ。
「母がお世話になっております、ナタリア・ブランシェットの娘、シエナ・ブランシェットと申します」
つい見惚れてしまって挨拶が疎かになっていた。この王宮内にいる女性が高貴な方でない方がおかしい。ましてやお母様が私たち家族に嘘をついてまでお仕えしている女性なのだ。聞きたいことは山ほどあるけれど、詮索はしない方が良いとみた。
「シエナ、晩餐会の件は私からクラレンス様にお伝えしておくわ。あなたはもう帰って休みなさい」
「でも……」
「お母様を見くびらないでちょうだい。あなた、今疲れ切った顔をしているんだから」
頭を撫でられて、抗えずにこくりと頷いた。正直、かなり疲れていた。やはりお母様には敵わない。
「私、元々今日で帰る予定で。その……忙しいのは分かってはいるのだけど、お父様も寂しがってるし、またすぐ帰ってきてくださいね」
「ええ、また近いうちに顔を出すわ。ちょうど話したいこともたくさんあったのよ」
なんだか意味深な笑顔を浮かべている。怒っているようにも見えるし、不穏な雰囲気というか。お母様は仕事中だし、話しにくいこともあるだろう。私もお母様と話していたら緊張感が一気にとけてしまっていた。このまま少し仮眠して予定通り朝一で帰ろう。
「では、マチルダ様、お母様、失礼いたします」
礼をして来た道を戻っていく。マチルダ様は終始笑みを浮かべていた。雰囲気だろうか、それともあの笑った感じがだろうか。なんだかアシル兄様に似ているな、なんて思った。