第一王子付きのおじさま
アシル兄様と談笑しながら戻ると、お父様の背中が見えた。その奥には久方ぶりに見る男性の姿もある。
「クラレンスおじさま!」
ぱたぱたと駆け寄っていくとお父様と話をしていたクラレンスおじさまが顔をこちらに向けた。
「おうおう、シエナ嬢ちゃん。久しぶりだなあ、大きくなって。2年ぶりか?」
「3年ぶりですよ、おじさま。最後にお会いしたのが私が14歳のときでしたから」
クラレンスおじさまは「時の流れは速いなあ」と頭をひねる。クラレンスおじさまは今年で46歳になると思うが、物忘れは昔からだ。それでも赤褐色の短髪と整えられた髭は相変わらずダンディーで様になる。白髪のお父様と並ぶと余計に絵になる。
「アシル殿もずいぶん立派になって」
「まだまだクラレンスおじさまには敵いませんよ」
「お前の騎士団も安泰だなあ、ロアルド」
謙遜するアシル兄様の隣でお父様は少し誇らしげに頷いた。クラレンスおじさまはお父様の旧友だ。あの「救国の英雄騎士」の話でお父様が庇った騎士団長が彼だ。お父様よりも3つほど年上になるけれど、おじさまはまだ現役の騎士でもある。しかも今は第一王子付きだとか。
以前クラレンスおじさまから「救国の英雄騎士」譚の裏話やらを詳しく聞かせてもらったけれど、色々思い返していたらまたにやついているだのなんだのと揶揄われるので控えることにする。
「今日は急にどうされたのですか?」
最後に会ったのは元王宮騎士団員の何名かが自分の息子たちを連れてきたときだろうか。ロンがやってきたのもこのときだ。わざわざクラレンスおじさまも挨拶をしに来てくれたのだ。
おじさまは少し苦い顔をして「タイミング悪く訪ねて申し訳ないなあ」と私に謝る。どうやらお父様から聞いたらしい。
「今日はな、あーっと、近くまで来たからついでに騎士団の様子を見に来たってとこだ」
随分歯切れが悪い。第一王子付きが昼間から王都を離れてぶらぶらしていていいのだろうか。疑問に思ったけれど、騎士団員がわらわらと集まってきてしまったので質問はできずじまいになりそうだ。真剣を使ってのクラレンスおじさまとの手合わせが行われることになったので、慌ただしく傷薬などの準備に追われることになった。
医務室の外へ出て、手合わせを観戦しながら処置にあたる。クラレンスおじさまの一振りは風は吹くわ、小石が剛速球で飛んでくるわで規格外である。おかげで団員は身体中に生傷を作っている状態だ。凶器と化した小石のせいで立っているだけで被害を食らうほど。
吹っ飛ばされたハビーが平然と立ち上がったのを確認してから視線を元に戻すと、ちょうどジェイが3戦目の申し込みをしているところだった。
「ちょっとおじさん休憩させて。ああ、ちょうどいい、アシル殿、相手をしてやってくれ」
アシル兄様は頷いてジェイと向き合う。兄様だってクラレンスおじさまや団員たちと連戦で手合わせをして疲れているはずなのに、顔は土埃がついて汗が滴っているだけだ。とはいえ、身体は怪我をしているはずなので、後で診させてもらうけれど。
手合わせを始めた2人の様子を眺めていると、クラレンスおじさまが水を頭からかぶりながら私の方へとやってきた。当然、おじさまは怪我などないが。
「若者相手は疲れるなあ。シエナ嬢ちゃんも治療ばっかで疲れてるだろ?」
「少しは。でも王宮騎士団に手伝いに行っていたおかげで大分慣れました」
「おーおー、あの頃の経験が生きてるようで良かった良かった」
おじさまは豪快に笑う。クラレンスおじさまのこの歯を見せて笑う様子も、王宮騎士団に見習いとして通い始めたばかりの9歳頃は少し怖かった。それもそのはずで、下アングルから見ていたのだから。
昔は、お父様に憧れて私も騎士になりたいと思っていたけれど、私には少し難しかったみたいだ。訓練で豆だらけになった手は何を持っても痛くて、日に日に怪我は増えていく。そのときに、王宮騎士団専属医の存在を知った。たった数人で何百人の怪我や骨折を処置して、テキパキと動きながらも笑顔は絶やさない。騎士団員の心の拠り所でもあったそこは、私の拠り所にもなったし、目指す場所にもなった。
ちょうど、ジェイの剣が弾き飛ばされた。アシル兄様にしては妙に意地悪な太刀筋というか、なんというか。上手く言葉にはできなかったけれど、隣でクラレンスおじさまが呆れ交じりにため息をついていたので、おじさまから見てもそう見えるのだろう。
「シエナ嬢ちゃん、久しぶりに王宮騎士団に来ないか? 王宮騎士団専属医が人手不足でなあ」
「行きたいです!」
突然の嬉しい誘いに身を乗り出して頷く。王宮騎士団に赴くのは10歳以来だろうか。実に7年ぶりである。聞けば、私もお世話になっていた専属医のセレイナさんがご懐妊したとのことで休暇をもらっているのだそうだ。セレイナさんの代わりが務まるか心配だけれど、精一杯勉強して頑張らなくては。
「今日いらしたのはこのためですか?」
「それもあるが……その、アシル殿の様子を見に」
「兄様の?」
クラレンスおじさまは「成人を迎えたのに顔を見に来れなかったから」と付け加える。確かに兄様は去年18歳になったけれど。
「あと、いつも疑問に思っていたのですが、なぜ兄様のことをアシル殿と呼ぶのですか? 私のことは嬢ちゃんと呼ぶのに」
これに関しては完全に私が拗ねているだけだが。兄様に比べて私は可愛い子供のような扱いをされる。おじさまは兄様のことを同じ大人として敬っているように見えるのに。アシル兄様の名前を呼ぶとき、いつもおじさまは少しかしこまったような態度を見せるのだと伝えると、おじさまは歯切れ悪く謝りながら訓練の場へと戻ってしまった。