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婚約者VS兄様

イヴァンがちょっとざまぁされます。

 応接室に入り、イヴァンが座る向かいのソファーに兄様と並んで腰かける。お父様は私たちの前方で椅子には座らず立ってイヴァンを凝視している。


 明らかにイヴァンは私を上から下までなめまわすように見ていた。

 練色の私の髪の毛はくすんでいて、ろくな手入れをしていない。オイルをつけてごまかしているけれど、近くで見れば枝毛もあるはずだ。その髪を無造作に束ねているのがいつものスタイル。イヴァンと会うときはワンピースを着るようにしていたけれど、今日は朝から訓練場にいたためパンツスタイルのラフな格好だ。汚れてもいいようによれたシャツを着ている。


 対してイヴァンはなぜかお洒落をしていた。髪はきまっていたし、服も外出用だろう。毛玉もなく手入れされている。香水の香りがきつい。謝罪の場にこんなにお洒落をする必要があるだろうか――まさかとは思うが、デートの直前とかでお父様に連れてこられたのだろうか。

 疑惑は表情には出さず、形式的な挨拶を済ませた。正面から顔を突き合わせて会話をするのは一か月ぶりだろうか。よく考えれば会わない期間に文通やプレゼントが贈られてきたこともないな、などと色々思い出していると、目の前のイヴァンの頭が勢いよく下がった。


「シエナ、すまなかった。君に誤解をさせてしまったのはこちらの落ち度だ。女性と会話をしていたことは謝るよ。だけど決して浮気なんかじゃないんだ。お互い寂しかったからこうやってすれ違ってしまっているだけだと思うんだよ」

「……私、イヴァン様のおっしゃる通り都会のパーティも男女の交友も詳しくはないのですけれど、『誰よりも輝いている』と女性のことを表現するのも交友の一種なのでしょうか?」

「は、はは。男には女性を持ち上げる話術も必要だからね。世辞だよ、世辞」

「まあ、じゃあ会場中輝いている女性でいっぱいですね。全員が全員純粋な誉め言葉と受け取っていたら、大変なことになるでしょうに」


 よりにもよってその会話を聞いていたのか、と顔面にでかでかと書いてあるようだ。私が見た限り、イヴァンはがっつりあの色気たっぷりの女性の体を「どこもかしこも」触っていたように見えたのだけれど。言うのは少し憚られた。

 お父様は私の皮肉に少し首を傾げていたけれど、横目で見たらアシル兄様は笑いをこらえている。


「……ところで、失礼ですが、なぜアシル卿もこの場にいるのでしょうか。ブランシェット子爵がこの場にいるのは理解できますが」


 要はアシル兄様は部外者なのだから出ていけ、ということか。おそらく兄様が笑っていることに気が付いたのだろう。


「関係者ですよ。だって僕とシエナはお付き合いをしていますから」


 あっさりと言ってのけたアシル兄様にその場にいる一同、ぽかんと口を開けてしまった。

 もっとこう、匂わせていくと思っていた。もちろん、対イヴァンのみで。演技だからってお父様がいる前で言う必要性はないはずで――おっと、お父様の目が光ってる。


「はっ、一体何の冗談ですか。揶揄うのはやめてください」

「冗談ではないですよ。お付き合いしているのは本当です」


 にこやかに、いたって自然にアシル兄様は私の手と自分の手を絡ませて、イヴァンの前に突き出す。もう何も考えないようにしよう。私はだんまりと無心を決め込む。


「イヴァン殿があまりにもシエナに酷い扱いばかりするものですから。会うのは数か月に一度、婚約者らしい贈り物もなし。僕、伯爵家は婚約者に贈り物もできないほどの財政難なのだと思っていたくらいです。あまりにも可哀そうで、昔からシエナが好きだったので僕が必死に口説いたんです」

「は……? は?」

「それに飽き足らず浮気まで」

「ちが、浮気はしていない!」


 体裁も取れなくなっている。兄様はしっかり嫌味と煽りを織り交ぜているのに、それすらも拾えていない。何とも哀れである。そう思っていたが、言い返す言葉が見つかったらしく、勝ち誇ったような表情を浮かべた。


「それが本当なのであれば、浮気をしていたのはシエナの方ということになりますね!?」

「そうですね。なので、婚約を解消していただいて結構ですよ」


 謝罪を、と言いかけた言葉は兄様の言葉に被さって聞こえなくなってしまった。

 イヴァンが婚約を継続させたいのは何かしらの利益があるからなのだろう。お父様は有名人だし、王宮騎士団にも顔が利く。それでいて見下しているのは腹が立つが。まあ、婚約を解消したところであの色気むんむんのご令嬢と婚約を結びなおせるわけでもない。私のような婚約者でも留めておきたいといったところか。


「……出直します。婚約は書簡でお伝えした通りに。それまでお2人も関係性を」


 イヴァンは不自然に言葉を止めて「では」と出ていく。関係性を見直せ、と言いたかったのだろうか。それは特大ブーメランすぎて言えなかったか。言い返すこともせず帰っていった彼の背中を見る限り、今日はまっすぐ帰るのだろうなと思った。


「それで、付き合っているというのはどういうことかな?」


 お父様の目があんまり笑っていない。横でアシル兄様がとぼけたように「言葉のままです」と言い出したので、それを遮って声を上げた。


「付き合っているふりなんです!」

「ふり?」

「このまま見下されたままイヴァン様と結婚するのは嫌なんです。だから向こうから婚約解消を切り出してもらえるようにしようって話になって」


 お父様は「へえ」と思案しながらアシル兄様を穴が開くくらい見ていた。アシル兄様はそれにはあまり動じていないようだった。やがてお父様は根負けしたようにため息をつく。


「分かった。私としてもシエナに望まない結婚は強いたくないんだ。そのふりが婚約解消につながるなら許可するよ」

「え、いいんですか?」

「うん、複雑ではあるけどね。応援しているよ」


 もっと驚いたり追及されるかと身構えていたけれど、お父様はあっさりとしていた。心配しているんだかよく分からない表情を浮かべたまま、応接室を出ていく。アシル兄様と2人きりになったところで、キッと兄様を睨む。


「もう、お父様に変な誤解をされるところだったじゃないですか」

「うーん。だけどシエナも父さんも嘘をつけるようなひとじゃないからなあ。シエナだけなら僕がなんとかしてあげられるけれど、父さんまで顔に出しちゃったら庇いきれないよ」


 アシル兄様と苦笑する。お父様は絶望的に嘘が下手なので、これからお父様の前で演技をするときには気を使った方がいいかもしれない。


「さて。面倒事もひとまず片付いたし。そろそろ僕も訓練しようかな」


 アシル兄様が立ち上がる。私も医務室に戻ろう、そう思ってすぐに視界には差し出されたアシル兄様の手が映る。手を取れ、ということだろうか。顔を見上げたらどうやらそうらしい。不思議に思いながら、兄様の手を借りて立ち上がった。

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