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黒い仮面と白い仮面

 国王陛下、第一王子殿下がいる宮で件の仮面舞踏会は開かれている。白い仮面を装着すると、視界がなんだか見えにくくなった。私とアシル兄様とお父様が入口の衛兵に招待状を見せると、驚いたように中へ通してくれた。やはり、第一王子殿下のサインがされた招待状はレアものなのだろう。

 私は以前兄様にもらった紺のドレスを身に纏っている。一方の兄様は仮面の色に合わせたのか、白色のスーツを着ていた。お父様もシックなチャコールのスーツを身に纏っている。会場に足を踏み入れると、空気感ががらりと変化した。


「仮面舞踏会だから、もう少し砕けたものを想像していたんですが……」


 言いながらお父様を見上げる。お父様は以前この例年行われるパーティーに仮面無しで出席していた。お父様は私の視線に気が付いて「すごい方々ばかりだからなあ」と苦笑して見せた。王都のその辺りで行われているパーティーとは質が違う。厳かで、仮面をしているのに品性を欠くことなどない。

 会場に入ってきた私たちをじろじろ見てくる人はほとんどいなかった。ちらりと視線をこちらに向けはするけれど、それだけ。今夜のテーマはこの偶然の出会いを楽しむものであり、招待客が誰かなどあまり興味がないのだろう。まあ、ある程度は分かるのだろうけど。


「こんばんは。みなさん」


 不意に声がかかり、お父様とアシル兄様の背後に男性が立っていることに気が付いた。黒い仮面を被っている。会場内の招待客にフランクに話かけられる人物といえば。


「第一王子殿下、お招きいただきありがとうございます」


 最初に礼をしたのはお父様だった。私も続けてカーテシーをする。


「久しぶりに会えて嬉しいですよ、ロアルド子爵。いつも面倒をかけてすまないね」

「はっ。いえ、とんでもございません」

「シエナ嬢も楽しんでいってくださいね」


 頷くと、第一王子殿下は足早にその場を離れていく。お父様がこっそりと「王族は黒い仮面を身に着けているみたいだ」と耳打ちしてくれた。会場内には色とりどりの仮面をつけている客が多いけれど、黒だけは見当たらない。すぐそのことに気が付くお父様の洞察力はさすがとしか言えない。


「ところで、シエナ。お腹も空いているだろう? 食事を取ってくるついでに色々な方と話しておいで」

「分かりました。お父様とアシル兄様の分もお持ちしますね」


 お父様に促されてビュッフェスタイルの料理が並ぶスペースへと移動していく。歩きながら色々な方と簡単に挨拶をしたが、どれもすごい方なのだと思うと変に硬くなってしまう。


「今日は第二王子は参加なさるのだろうか」

「参加されると聞いた。第二王子はこういったご公務を欠席したことはないからな」


 不意に聞こえてきた話に耳を傾ける。気が付けばそのままその立ち話にそれとなく加わってしまっていた。

 第二王子がいる。そんな話は初めて聞いた。けれど、立ち話をしている人たちはごく自然に第二王子の話題を口にする。

 まとめると、第二王子はあのマチルダ様の子だということ。マチルダ様の出生や病弱な身体が影響して、王位継承権を放棄したこと。そういった理由で第二王子の存在は秘匿されていることが分かった。おそらく、ここに集まっている招待客は王族に近しい人たちだから、第二王子の存在を知っている。こんなことを私が知ってしまっていいのかは最早分からないけれど。王族たるもの、秘密くらいはあるはずだと妙に納得した。


 思い思いに談笑して賑わっていた広間が突然、張りつめた空気感と共にぴたりと静まった。一瞬なぜか分からなくて、思い切り動揺してしまった。広間の真ん中には自然と道が出来上がった。そこを悠然と国王陛下と王妃陛下が歩いてくる。その数歩後ろにはマチルダ様も歩いていた。

 あの夜話したマチルダ様が、まさか王宮で2番目に高貴な女性だったとは。そんな方からプレゼントを頂いてしまった。それに、お母様が仕えているのも驚きしかない。お母様は王宮に出仕して長いけれど、第二王妃の侍女を勤めるほどのキャリアがあるかどうかは微妙なところだ。お母様が私たちに黙っていたことは納得できたけれど。


 玉座にトリスタン国王陛下が腰を掛け、舞踏会の開幕を告げる。それと同時に音楽がかかり始めて、皆踊り始める。しばらく玉座の方をぼうっと見つめていた。考えても無駄なことくらい分かっているけれど、どうしても考えてしまう。マチルダ様や第二王子のことを。不穏な空気が纏っているのかと思えば、そうでもなく、国王陛下は王妃陛下のこともマチルダ様のこともどちらも気にかけている様子だ。王妃陛下との間にはすでに第一王子殿下がいたし、側室を取る必要はあまりない気もする。結局、第二王子殿下は王位継承権を放棄しているようだし。

 首をひねっていると、マチルダ様と目が合った。私を見て明らかにその目を細める。決して近い距離ではなかったけれど、「またあの場所で」と口が動いたように見えた。以前お話した東屋で話そうという意味だと捉えて頷いた。マチルダ様の表情をきちんと確認する前に、ダンスのお誘いを受けてしまい広間の中央に躍り出る羽目になった。踊りながら周囲を確認する。お父様の姿もアシル兄様の姿もぱっと見つけられない。


 曲が終わって、相手の男性に礼をしていると、なぜか男性の顔つきが変わった。怯えている? 私の背後を見上げて――


 振り返ると、黒い仮面をした男性が立っていた。第一王子殿下とは違う雰囲気の男性だ。それならば第二王子殿下に違いない。かきあげたようなブロンドの髪に、着崩しの一切ない黒い正装。先ほどの立ち話で、第二王子殿下は冷徹なお方だと聞いたことを思い出す。冷静沈着で、利益を第一に行動する方。褒めるような言葉遣いをしていたけれど、実際のところはそう思ってはいないのかもしれない。

 落ち着いてカーテシーをすると、伏せられていた視界に手が差し出されたのが映った。黒い革手袋をした骨ばった指。手を取れ、ということ? ほんの数秒の躊躇いだったけれど、第二王子殿下がきちんと言葉にしてくれた。


「僕と踊っていただけませんか」

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