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やたら攻撃的な気が

 翌日、なぜかコーデリア様に公爵家の別邸にお呼ばれされてしまった。

 手紙にはここ数日間のお礼と、プレゼントを渡したいからだと書かれていた。プレゼントとはおそらく、ハンドクリームのことではないかと思われる。

 この手紙を読んだアシル兄様が「いつコーデリア様にお会いしたの?」と尋ねてきたので、先日会ったことを事細かに伝えた。昨日の今日ということもあってか、1人で出向くことを頑なに拒否されて一緒に公爵家へ向かうことになった次第である。


 が、玄関にはコーデリア様以外にもう1人、満面の笑みを浮かべて待っている人物がいた。


「ユリウス王子、なぜここに?」

「なぜって、ここは僕の婚約者の別邸ですよ? 別に僕がいたっておかしくはないでしょう、アシル卿?」


 なぜ火花が散っているのか全く理解できない。アシル兄様は私がちょいちょい第一王子殿下のことを話題に持ち上げるたびに不愉快そうな態度を取るのだけど、もしかしてあまり王子という存在が好きではないのだろうか。せめてファーストネームで呼ぶのは控えた方が、とはらはらと見守っていると、コーデリア様が小さく咳ばらいをする。


「殿方のことは放っておいて、わたくしたちは女の子同士おしゃべりでもしにいきましょうか?」


 優雅に微笑むけれど目が笑っていない。第一王子殿下はその言葉にあっさりと謝罪の姿勢を見せた。将来国の上に立つお2人ではあるが、案外パワーバランスはコーデリア様の方が上なのかもしれない。

 そのまま室内に通された。4人で顔をつき合わせるにはいささか近いと感じるサイズ感のテーブルに腰かける。テーブルには見たこともない高級そうなお菓子が所狭しと並んでいた。紅茶などのお茶の類は健康にも良いため、程よく知識があるのだが、ここに用意されているのはどれもこれも質がいいものばかりだろう。香りから違う。


「さて、楽しくおしゃべりでもしましょうか」


 第一王子殿下の一声で謎のお茶会がスタートしてしまった。手始めに紅茶を飲もうと思ったのだけれど、目の前で紅茶を飲むコーデリア様の所作が美しすぎて、ティーカップを取る手を引っ込めた。世間話を振ってくる第一王子殿下にアシル兄様が淡々と返事をしていく。


「シエナさんの話も聞きたいのですが」

「僕が全て答えているので十分だと思いますが」

「それでも今回の件はシエナさんがいなかったら回らなかったと思いますよ。コーデリアからもスムーズな処置と的確な指示を出していたと聞いていますし」


 コーデリア様が頷く。どうやら一緒に仕事をしていたメイドさんたちから色々と話を聞いたようだ。公爵家の敏腕メイドたちに認めてもらえるのはなんとも誇らしい。


 第一王子殿下によると、賊の一味はほとんど捕まったらしく、火薬の製造に使われていた資源や物資などもあらかた取り戻すことができたらしい。しかしながら、まだ残党数人が捕まっていないらしく、続けて追跡をしているとのことだった。


「シエナさんにまかせて正解だったと思いますよ。怪我人への適切な処置に薬剤の知識だけではなく火薬の知識まであるなんて」


 やたら含みのある笑顔が気にかかる。まさかとは思うが、私のことを試していたのだろうか。元々この出張も第一王子殿下の指示だったし、何の肩書も持ち合わせていない私が騎士団専属医を任されるなど不思議な話だとは思っていた。騎士たちが頼りなく感じたのも、怪我人への処置が変だと感じたのも、まさか全部彼の采配だというのか。


「お褒めにあずかり光栄です」

「知識は力になると僕は思うんです。持っていて不足な知識などないですからね。けれど、どれだけ知識を持っていようと発揮される場所がなければ意味もない。そう思いません?」


 そうですね、と歯切れ悪く返答する。どんな回答を求められているのかまるで分からない。


「君は医師になりたいんですよね? 王宮に入って働きたいということで間違いないですか?」

「そうですが」

「政治にご興味は? 例えば、僕とコーデリアの元で働くとか」

「……え?」


 第一王子殿下の元で働く――つまり国王と王妃の元で働くということだ。腹心になれ、ということか。いや、まさかメイドか何かの間違いだろう。少しの間、探るように第一王子殿下の表情を見つめていたけれど、彼の方が先に視線を逸らした。


「そんなに不機嫌そうな顔しないで。言ってみただけですよ」


 第一王子殿下は呆れ交じりに背もたれに寄りかかった。不機嫌な表情など私はしているつもりはなかったのだけど。どちらかというと困惑の表情を浮かべていた。


「要件はそれだけですか?」


 アシル兄様が躊躇なく尋ねた。コーデリア様が「要件は他にもありますわ」とメイドたちに何かを運んでくるように伝えた。メイドが持ってきたのは、1つは私へのプレゼントであるハンドクリームだった。もう1つは王宮の紋章が押された手紙。


「王宮で行われる舞踏会の招待状ですわ。ブランシェット子爵家皆様の分あります」


 王宮で行われるということは王宮主催の毎年行われている舞踏会のことだろう。といっても、王族に仕えているごく一部の貴族だけを招いて行われる、親睦会という方が近い。お父様は王宮騎士団長を務めていたときに一度だけ招待されたことがあり、話には聞いていた。国王や王子、宰相など錚々たる顔ぶればかりだったという。


「これを、なぜ僕たちに?」

「今回の功績を称えて。それにロアルド子爵とは僕も久しぶりに挨拶ができたらと思っています。はは、心配ないですよ。今回の舞踏会は少し趣向を変えて仮面舞踏会にするつもりですから」

「仮面舞踏会?」

「これなら君たちも緊張せずにすむでしょう? 周りの目を気にせずに楽しんでもらいたくてこういう形にしたんです」


 アシル兄様が訝し気に第一王子殿下をうかがう。にこにこしたままの第一王子殿下はアシル兄様の視線など気にする様子もない。どことなく不穏な空気感を察知しながら成り行きを見守っていた。しばらくして折れたのは兄様の方だった。


「参加します。断る権利などないでしょう?」

「分かってくれてよかったです」


 最早第一王子殿下の読めない笑顔が怖くなってきた。兄様は不機嫌なのを隠そうともせず「要件が以上でしたら失礼します」と言い放つ。許可をもらった瞬間、私の腕を引っ掴んで我が物顔で出口まで進んでいく。


「兄様、パーティーが嫌いなのは分かりますが、仮面をつけているんですし、楽しみましょうよ」

「そういう問題じゃないんだよ……」

「というか、兄様。なぜあんなに第一王子殿下に攻撃的なんです? 確かに、何を考えているか分からない方ですけれど」


 公爵家の玄関に停められている馬車に乗り込んだ。座った瞬間、アシル兄様は大きすぎるため息を吐き出した。ため息を出し切ると持っていた手紙に目線を落とした。


「露骨だよ、何を考えているかなんて透けて見える」


 手紙の封を切って兄様は枚数を数える。中には3枚の招待状が入っている。ご丁寧に、全て第一王子のサインが入れられている。手渡しされていることからも、どう見ても特別な招待状であることに間違いはない。私と、アシル兄様とお父様の分だろう。お母様はおそらく、マチルダ様のお傍にいるはずだ。マチルダ様も招待客の中にいるのだろうか。馬車に揺られながらなんだか面倒なことに巻き込まれてしまったな、と考えた。

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